並び立つ総会員
悠然と前を歩くレスト・ヤードと後ろから気怠げについてくるバン・ノート。
総会本部員というルグエニア学園の中でも頂点に位置する立場の二人に連れられて、ユウリは一つの校舎まで足を運んでいた。
「ここだよ」
「お」
そしてある場所で二人の足が止まる。
立ち止まった時にレストはこちらを振り返って視線を向けてきた。その視線には一体どのような意味が込められているのか。
彼の奥には一つの扉が厳格な雰囲気を醸し出しつつ、佇んでいた。
「へぇ。ここが総会本部室か」
「そう。僕らの拠点だ」
数十人と所属している総会には、実働部と本部の二つに分けられている。
本部が命令を下し、実働部が実際の運営をすることが多いらしく、つまり総会本部というのは総会の司令塔ということになるらしい。そしてその司令室がここに当たるというわけだ。
その一室を前にして、呑気に扉を見つめてしまうユウリ。
「では入ろうか」
その様子に小さく苦笑し、レストは迎え入れるために扉を開いた。
ゆっくりと開くその扉。
中から静かに光が溢れ出し、そして室内の光景が漏れ出てくる。
「――あら、おかえりなさい」
そして一つの声が聞こえた。
室内は赤い絨毯が敷き詰められており、部屋の側面には書類がギッシリと押し込められた棚がいくつも設置されてある。
全体的には暖色を基調とした、しかし無駄な装飾が為されてない、比較的落ち着いた雰囲気を思わせるものだった。
その奥で優雅に座り。
こちらに向かって微笑みながら声をかけてきた少女が、一人。
総会本部員並びに総会長、セレーナ・ルグエニアであった。
「総会長。レスト・ヤード、ただいま帰還致しました」
「チッ。帰ったぞ」
「二人ともご苦労様。そして――」
美の体現ともいうべき少女が二人の帰還に微笑みを返す。そして次に、視線がユウリへと移動した。
「お久しぶり、というべきかしら?」
「そうなりますかね」
ユウリは向けられた微笑みに対して、同じく笑みを浮かべながらそう答えた。
視線を前へと向ければ、まるで完成された美術品をみているかのような美しさが映像として脳内に飛び込んでくる。
金色のロングヘアーは窓から溢れる日の光により煌めき、エメラルドを思わせる深緑の瞳はずっと眺めていると意識が吸い込まれそうだ。
そのような人物が目の前にいる。しかしその理由が、この状況の原因がユウリにはいまいち把握できていなかった。
「それで、どうして俺はこんなところに呼ばれたんですかね?」
「その話はもう一人がここに着いてからにしましょう」
「もう一人?」
セリーナの言葉に首を傾ける。
自身の他にもあと一人ほど、この総会本部室に呼ばれているということなのだろう。
しかしそれが誰かはユウリにはわからない。
「何はともあれ、任務ご苦労様。二人とも」
「ケッ。別に大したこたァしてねえよ」
疑問の念を頭に浮かべるユウリから視線を外して、セリーナはレストとバンの二人に視線を向ける。
しかし返ってきたのはバンの睨みつけるような眼光と言葉。それを見てセリーナは苦笑した。
「さてはバン君。また暴れたわね?」
「うっせえ。俺の勝手だ」
「総会本部員という身でありながら、勝手なことをするのは止めて頂きたいんだがね……」
返答に対し、セリーナではなくレストが溜息を吐いた。
それらの会話を側から聞いているユウリ。
思ったことは先ほどのバンの行動についてだった。
話の内容から、先ほどバン・ノートから襲われたのは彼の独断によるものだということを確信する。
レストの言葉だけでは、正直全てを信じることができなかったが、総会長にすら言われているとなると彼の言葉も信憑性が増すもの。
いきなり襲われる謂れはないと思っていたが、本当になかったとは。
全く反省する色のないバンの様子に、ユウリはジト目を向けざるを得なかった。
「それで、スイ君の方は戻ってないのかな?」
「ええ。もう少しで帰って来るとは思うのだけど」
そんな様子のバンに何を言っても無駄であろうと察したのだろう。
話を変えるようにレストがセリーナに対して一つの事柄について尋ねた。
対する応えは困ったような表情と共に送られる。
セリーナ自身、その質問に対する答えを持っていないようであった。
そのことについてユウリは眉を寄せてしまう。
しかしタイミングが良いというべきか。
それに応えるかのように――。
「――失礼します」
一つの声が室内に響いた。
「噂をすればなんとやら、と」
「あら。どうやら無事に帰り着いたようね」
セリーナとレストが、声に対して共に総会本部室の入り口を見やる。
同時にユウリもまた、それに習うように視線を向けた。
室内に入って来たのは二人の人物。
一人は夜空のような淡い黒髪の少女であった。
貴族に多い碧眼の瞳を真っ直ぐとセリーナの方へと向けて、悠然と歩いてくる凛とした佇まい。
「スイ・キアルカ、ただいま戻りました」
少女はスイ・キアルカと名乗った。
そのスイの胸には、赤き獅子の刺繍が施されている。
学園総会本部員の証、それを有した彼女は総会本部員なのだろうことを、ユウリは察した。
そしてもう一人。
その背後から姿を現した人物がいた。
「――ちょっと。どうしてあんたも呼ばれてるわけ?」
聞き覚えのある声がユウリの耳に届く。
その声に思わず、目を少しだけ見開いてしまった。
セミロングの白銀の髪を揺らし、まるで宝石のような目が碧色の光を放つ。
ユウリもよく知るその人物は、フレアであった。
「そりゃこっちの台詞でもあるさ。なんでフレアがここに?」
「私はこの総会の人にわけもわからず連れて来られたのよ」
「奇っ遇。俺も全く同じ経路を辿っていたところ」
「――ハン」
言葉の最後に、バンに対してのジト目を向けることも忘れない。けれどその試みは失敗し、バン・ノートからは盛大に鼻で笑われてしまった。
「あら、スイちゃん。ここに連れてくるときに説明はしなかったのかしら?」
「またもう一度ここで説明を受けるのであれば、二度手間になるかと思いまして」
「なるほどね。まあ、戦闘行為に走らないだけマシかしら」
「ケッ。そいつァどういう意味だってんだよ」
セリーナの言葉に対してバンが反応したが、当の総会長の方はやれやれとばかりに肩を竦めた。
むしろ反応したのはスイ・キアルカの方で、キッと鋭い眼光がバンの下へと送られることとなる。
「それは一体どういうことですか? まさか、あなた」
「てめえにゃ関係ねェ話だ」
「関係ない? 同じ総会本部員の問題であるのに、ですか?」
「ああ。俺のことだ、てめえには関係ないな」
「相変わらず口数は多いですね」
「んだと?」
まさしく一種即発の状況が生まれ始めた。
原因は二人。
殺気を滾らせるバン・ノートと、鋭利な視線で敵を射抜いているスイ・キアルカである。
その様子に、もはや呆れたようにレストが首を振っており、セリーナは見慣れたように落ち着きながらティーカップに注がれた紅茶を啜っていた。
少し離れた位置にいるフレアは無関心。全く興味を示すことなく、周囲をただただ観察している。
「あのー」
そんな中で、ユウリ・グラールは。
「とりあえず、さっさとここに連れて来られた理由を教えてもらえません? 早く飯が食べたいんですけど」
空気も読まず、自分の都合をぶち込んだ。
★
「――あなたは?」
「ユウリ・グラール。誰かから名前くらいは聞いてない?」
「ああ、あなたが」
ユウリの言葉に反応したのか、スイが先ほどバンに送ったような鋭い視線を、今度はユウリへと向けてきた。
しかしユウリもそれで気後れするほど繊細ではない。
むしろ図太いとも言える方で、悠然とした態度を取っていた。
「ここにはそれ相応の意味がなければ呼び出されません。それをただの食事ごときで……」
「その意味を何も聞かされてないじゃん? それに食事を舐めちゃあいけない。何せ人は衣食住がなければ生きていけないんだからさ」
あっけらかんとそう言った。
言った瞬間、スイの表情が明らかに剣呑なものへと変わったことをユウリは悟る。
眉を寄せられ、軽蔑すらされているように感じる嫌悪の視線だ。
それが向けられたからといって、ユウリにとってはどうというわけでもないのだが。
「――確かにそうね。まだ詳しい事情も聞かされてないのだし」
そのユウリの言葉に頷きを返したのは、他でもない総会長のセリーナであった。
「会長!」
「落ち着いて、スイちゃん。この二人からしてみればわけも分からずここに連れて来られているのよ? そう言われても仕方のないこと」
「しかし……」
セリーナの言葉に、しかし納得のいかないという様子をスイは見せる。
だが自身の組織のトップに対するそれ以上の言葉をスイは持ち合わせてなかったようで、そのまま押し黙ってしまった。
それを見たセリーナは一つ頷く。
「じゃあここに連れて来られた理由を話させてもらおうかしら」
「よろしく」
「できればさっさと終わって欲しいわね」
言葉と同時。
ユウリとフレアも自然と、セリーナの方に耳を傾けた。
「まずここに連れて来られた原因が何かはわかるかしら?」
「先日起こった"暴れ牛"の事件、かな」
「ご名答」
ユウリの答えに対して、満足そうな笑みが返される。
「"赤闘牛"のズティング。"五本指"のニール。それぞれ捕縛された彼らはこの学園都市内でも知らぬ者はいないだろう人材ね。それらを捕縛したのは、あなた達二人だと聞いているわ」
「間違ってはないね」
「別に大したことはしてないつもりだけど」
ユウリとフレアが、しれっとそう答える。それがどういった意味を持つのか、まるで知らないとばかりに。
いや、事実知らないのだろう。だからこそこの場に連れて来られた理由を彼らは察することができない。
「あなた達は大したことをしてないと言ってるけれどね。学園都市からしてみれば、かなりの大事件なのよ?」
「下手をすれば、王都でも騒がれるかもしれない」と。
彼女はそのように視線を細める。
「へぇ。そうなんだ」
「よく考えてみればわかるわ。国の柱となるべき"剣皇"、その子息が"暴れ牛"なんていう大きな盗賊団を手引きした。あまり外部の人には知らされて欲しくない情報ね」
言葉に、そういえばとユウリは記憶を手繰り寄せる。
"暴れ牛"を捕縛する際に、エミリーもまた同じようなことを口にしていた。その際に、口止めのため学園側から何かしらの指示があるだろうとも。
(それがこれか)
一人、納得する。
「つまり、外部に真実を話さないよう注意するためにここまで連れてきたと?」
「半分正解。なかなか察しがいいみたいね」
ふわりとセリーナは微笑んだが、対してユウリは首を傾げた。
「半分?」
「ええ。あなた達に注意するべきことは、真実を口止めすることだけではないの」
ユウリの頭に疑問が浮かぶ。
エミリーの言葉から理由を推測したが、どうやら自分達がこの場に呼び出された理由はそれだけでに留まらないらしい。
隣のフレアに一瞥をくれると、彼女もまた不審そうな表情を浮かべていた。
その二人の反応を汲み取ったのだろう。
セリーナが言葉を続ける。
「じゃあ少し話を変えるわね。このルグエニア学園において、現在二つの勢力が存在していることは知ってるかしら?」
「二つの勢力?」
「私は知らないわね」
ユウリとフレア。
二人して首を傾げる。
それに対して、言葉を引き継いだのはレスト・ヤードであった。
「いいかい二人とも。二つの勢力というのは、学園総会側と反学園総会側の二つのことを指すんだよ」
人差し指を立てられ、説明される。
「ルグエニア学園において、運営を任せられている組織がこの学園総会。学園総会側というのはもちろん、僕らを主体とした学園総会を支持する層のことなんだ」
「ふぅん。なら、学園総会を支持していない層が反学園総会側ってこと?」
「惜しい、というべきかな。支持しないだけなら良かったんだが……」
「支持する、しないの問題ではありません。私達学園総会に取って代わり、自分達がその地位に納まろうとするのが反学園総会側です」
歯切れの悪いレストの代わりに、スイがそう言った。
「なるほど。つまり学園総会という地位をかけて、二つの勢力が争ってると」
「そうなるわね」
セリーナが頷く。
その言葉に、ユウリは眉をピクリと動かした。
「このルグエニア学園も一枚岩じゃないってことか。でもそれが、俺達とどう関係があるんすかね?」
「反学園総会を名乗る彼らは、自分達の同志を探しているの。それも学園でそれなりに知名度のある、つまり発言権を持つだろう生徒なんかは、特にね」
「――ああ、なるほど」
ここまで言われて、ユウリはなんとなく理解した。
「ユウリ、どういうこと?」
「反学園総会だっけか。要は、そいつらは優秀な人材を味方につけることに必死らしいってこと。危険度B−級の"赤闘牛"ズティング、学園最強と言われてる"五本指"ニール・ワード。その二人を倒した俺らも目をつけられる可能性があるってことじゃないかねーっと」
「ふふ。簡単に言うと、そういうことなるかしら」
「ふぅん」
そこまで聞いて、フレアも事態を把握した。
二人がこの場に連れて来られた理由は、一つは事件の詳細をあまり外部に漏らさないように注意するため。
もう一つは、ユウリ達に反学園総会という組織の存在を知らしめるため。
「反学園総会――革命会は、目的のためなら手段を選ばないこともあるわ。私達学園総会も目を光らせるけど、十分注意して欲しいの。フレアさんの方は、特にね」
「私?」
セリーナの言に、フレアは訝しげな表情で反応を示した。
「それはどういう――」
「言うより見せた方が早いかしら。これを見てみて」
フレアの言葉が終わるより先に、セリーナから一枚の紙が差し出された。
報告書、と銘打たれた一枚の紙切れ。しかし異様な雰囲気を醸し出す総会一同の様子に、フレアもその内容を覗く。
「……は?」
純粋な驚愕。
呆気に取られたような声に、しばしユウリも気になった。
チラリと紙の中身を覗いたところ――ユウリもまた目を丸くしてしまう。
報告書の中身は、この学園にて最強を名乗ることを許された"五本指"についてが記載されていた。
その真ん中の方に記されている一文。そこに二人の視線が集中する。
「"五本指"序列第三位が、フレア?」
「ええ。一騎打ちでニール・ワードを下したことから、教師側がそう判断したみたいね」
"五本指"という単語はこの学園へと入学して、度々耳にすることになるものだ。
全生徒の焦がれる地位。羨望の的。大陸内でもトップクラスの学び舎、ルグエニア学園において最強を名乗ることが許される、そういった称号なのだ。
「この学園ではどの生徒も総会や"五本指"という地位を欲している。なぜならそれらを手にすることができれば、将来のルグエニア王国を担う存在への切符を手にすることになるからだ」
つまりこのルグエニア学園というのは王国の縮図のようなものだよ、と。
レストは自らの眼鏡をクイッと上げて、そう締めくくった。
「だからこそ、フレアさん。あなたは特に気をつけるべきなの。単刀直入に言えば、格好の餌になるから」
「なるほどな」
これまでの話を聞いて、ユウリは納得がいったとばかりに肩を竦めた。
単純な話。
序列第三位となったフレアを反学園総会とやらが狙わない理由がないらしい。
だからこそ彼女をこの場に連れてきた。
ユウリに関しても同様で、彼らに対して気をつけた方がいいとのこと。
「忠告どうもです」
「いえいえ。もしもまた何か困ったことがあればこの本部室まで来なさい。誰かしらがいると思うから」
「了解。じゃ、そろそろ俺達はここらで戻っても大丈夫ですか?」
「そうね。私達からの話もこれで大体終わりよ」
「なら戻ります。腹も減ったことなんで」
「……あんたは本当にブレないわね」
呆れたような視線を向けてくるフレアだが、ユウリとしても気にすることはない。
腹が減ったというのは本当のことで、それを正直に話したことに何を悪びれる必要があるのか。
そういった思考回路を持つユウリには何を言っても無駄であった。
「ええ。ここまで付き合ってもらってありがとう。また何かあればぜひ私達を頼ってくださいな」
「その時が来ればそうさせてもらいます。ただ、先輩に借りを作るとあとあと面倒な気がするんだけど」
「あらあら。そんなことはないはずよ」
「どうだか」
疑うような目を向ける。
この王女兼総会長様は、何か腹の奥底に黒いものを隠し持っていそうなのだ。
つまりは腹黒。ユウリの長年の勘が彼女に対してそのような評価を下していた。
「――無駄話するなら置いていくわよ」
「あ、フレア。俺も行く行く」
背後ではすでにフレアが退室の準備を済ませていたらしく、そのような声が耳に届いた。ユウリとてこの場に長く留まりたいと考えているわけではなく、すぐさま踵を返して彼女の背中を追っていく。
「じゃ、失礼しました」
最後に一言だけ、そう呟いて。
ユウリはフレアと共にその場を去っていった。
その背中を眺めるのは、総会一同。
彼らの瞳に自らがどう映っているのか、ユウリはそれを考えようとはしなかった。




