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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
34/106

立ち塞がる刺客

 ルグエニア学園はあらゆる魔導技術の最先端の設備が用意されている。

 その中には生徒が万が一怪我などを負った場合などに備えた、治療室も含まれる。


 どのような怪我、病魔、呪術の類を受けたとしても対処できるように、大陸に存在する薬品のほとんどがその場所に集められているのだ。


 ルグエニア学園はこの治療室という存在があるからこそ、魔術という一つ間違えれば危険な兵器になってしまう技術を安全に行使できる環境にある。


「――だから良かったわね。大事なくて」

「良かったじゃないっての。あの先生、教師の癖して本気で来やがるんすよ?」

「それも生徒へと愛じゃないかしら」

「断じて認めない」


 不貞腐れたようにユウリはそう言い切った。


 ここは治療室。

 この部屋の主であるマリア・フォックスの管轄の下で、ユウリは手当を受けていた。

 あちらこちらに伺える生傷の数々。原因は、と聞かれればユウリはすぐさま答えるだろう。


 あの鬼教師の所業だと。


「ふぅん。でも珍しくて、しかも光栄なことなのよ? あの"風塵"の手解きを一生徒が受けるなんて」

「"風塵"……?」

「ズーグ教師の傭兵時代の二つ名よ。傭兵時代では敵なしなんて言われたA級傭兵だったわ」

「A級傭兵。道理で、ね」


 ユウリは苦虫を噛み潰したような表情になる。


 "風塵"と言われてまさかとは思ったが、やはり傭兵の中でも最高位に位置するA級の傭兵であった。


 傭兵の中でも最高の位と称されるライセンスA級を取得した者には、敬意を表すための二つ名が傭兵ギルドから直々に贈られる。

 ゆえに"風塵"という異名が出てきた瞬間からその可能性が脳裏にチラついたが、どうやら当たってしまったようだ。


「当時はA級傭兵の中でもかなり上位にいたらしくって、一時期はS級傭兵にも上がるんじゃないかって噂されたほどなのよ」

「S級……ッ!?」


 しかし次に出てきた言葉には流石のユウリにも予想できないものであった。


 一般的には最高位に位置付けられるA級傭兵は、人間という枠組みから片足ほどはみ出した存在であるとされる。

 だが枠組みから片足だけでなく全身を外へと投げ打った者達も、極々希少ながらいないことはない。


 大陸中を探しても片手の数ほどしかいない、生涯に一人と会えるかどうかという天賦の才能の持ち主。そんな幻の傭兵を、S級傭兵とギルド側は認定している。


「A級傭兵の中でも更に特異な強さを誇る者達。神話に出てくるような魔獣をも打倒しうる存在。そのS級傭兵に彼はなるかも(・・・・)しれなかった」

「なるかも、か」

「その前に傭兵を引退したみたいね。理由は知らないけど」


 マリアの言葉にユウリはふぅ、と息を吐く。


「ならあの結果も当たり前かぁ。A級傭兵のしかも上位になら勝てるはずもない」

「でも本気で臨んでもらったんでしょう? すごいじゃない」

「本気って言っても、全力じゃあなかったはず。実際手も足も出なかったし」


 ユウリは思い出す。

 ズーグは確かに本気で臨んでいたのだろう。

 しかし己の中で何かしらの制約は取り決めていたはずだ。

 例えば自分から向かっていくことはしない、など。


 というのも、ズーグは模擬戦が開始された時点から一度たりともその場を動くことをしなかったからだ。

 あの場所で、終始ユウリの猛攻を受け切ってからの反撃に転じて見せた。

 成り行きはともかくとして、あの洗練された動きは確かに自分の遥か格上を物語る何かが感じられた。


「しっかしそんな教師が俺らの担任ねぇ」

「意外かしら?」

「意外ってほどでもないけど。"剣王"の息子にアーミア家のご令嬢。おまけに"加護持ち"と来たもんだ。そりゃ大物を寄越すのも無理のないことだと思う」


 どこか納得のいったような顔でユウリは言った。

 考えてみれば少しばかり異常なのかもしれない。これだけの大物が、一つのクラスに集まるなどと。

 もしかすると学園側は問題となり得る人物達を一纏めにしておきたかったのだろうか。

「偉いところに置かれたもんだ」と、ユウリはあっけらかんにそう思った。

 自分がその一人であるという自覚を欠片も持ち合わせることなく。


「ていうか、マリア先生って色々詳しいっすね」

「私だって教師だもの。このくらいは知ってて当然でしょ?」

「そんなもんかねぇ」


 最近の教師は様々な事情に詳しいのだと、感嘆するような視線を向けるばかりであった。



 ★


 キィッと。

 軋むような扉の音が室内へと響く。


「――授業はどうじゃった?」

「滞りなく終わりました。怪我人もいなかったかと」

「若干一名、治療室へと連れて行かれた者もおるらしいがのぅ?」

「――」


 クックと笑う白髪の老人は、このルグエニア学園にて最高の権限を有するメイラス・フォードだ。

 第一学年の獅子組を担当するズーグの姿を確認した後、からかうような笑みを浮かべている。


「噂には聞いとるよ。直々に手合わせをしたのだとか」

「そのような噂が……」

「当たり前じゃろう。"風塵"が一生徒の相手をするなどかなり稀じゃからのぅ」


 面白い者を見るような視線。

 それに当てられた獅子組の担任教師は、一つ息を吐く。


「あのまま彼を放置することはできません。担任教師としては当然の処置かと」

「しかし他の者はそう受け取るかはわからん。"風塵"ズーグは欠陥魔術師にご執心との噂も立つ恐れがある」

「あれは欠陥魔術師なんて柄じゃない」


 ズーグは先ほどの模擬戦を思い、彼についての風評を否定する。

 制限こそ己に貸していたが、しかし生徒相手に本気で挑んだのはいつぶりだろうか。


「危うく一撃もらうところでした」

「なるほど。流石はB級傭兵、ズーグもしばし手こずったか」

「手こずったというほどではありませんでしたが。しかし油断ができる相手でもなかった」


 ズーグは思ったことを素直に言葉にした。

 彼の体術という一点に関しては、正直驚嘆に値するレベルの習熟度である。それこそあと少し、何かを掴むことができればそれこそA級傭兵並みの域に達することができるだろう。

 惜しむらくはあれで魔術が使えないことか。


「"魔波動"と呼ばれる武術。フォーゼ殿から教わったというだけあり、奇想天外な技ですね。初見であれば対処に追われることになりましょう」

「ふむ。君にそこまで言わせるか。わしも実際に見てみたかったのぅ」


 愉快な笑みを浮かべる老人。その姿は孫の将来を楽しむかのようなものであった。


「他にも気になることはあったかの。それこそ、他の者などは?」

「レオン・ワードの成長が他の生徒と比べて抜きん出ています。今ならば、危険度C級の魔獣ともまともに戦えるかと」

「ふむふむ。他には?」

「あとは流石と言うべきか、"加護持ち"のフレアです。他の追随を一切許さない、圧倒的な実力を保有してます」


 自らの評価を学園長へと報告していく。

 第一学年の獅子組はそれこそ優秀な生徒が揃っているが、中でも抜きん出ているのはその二人だろうか。

 何より、"加護持ち"である銀の少女の力は目覚ましいものである。

 あれがあと数年成長したならば、自分の領域に届くのではと思わされる。


「"加護持ち"、か」

「やはり壮絶な力を持っているようです。セリーナ王女しかり、シド・リレウスしかり」

「――今年は学年毎に"加護持ち"が存在する、神加護の年と呼ばれておるからのぅ」


 長い白髭に手を添えて、メイラスはポツリと呟いた。


「全く。悪目立ちしなければいいが」

「悪目立ち、とは?」

「――ふむ。ズーグ君にはまだ情報が回っとらんのか。"再生者"のことじゃよ」


 "再生者"。

 その単語が出てきた瞬間、ズーグは固まった。


「奴らが、動くと?」

「可能性の話を逸脱せんがの。しかし、かのテロリストは戦力を探しておると聞く。兵器の調達も行っていると。成熟した"加護持ち"より、生徒を狙った方が幾分も楽と思うのは必然的ではなかろうか」

「……確かに。最近では西の都市アルディーラの近隣にて目撃されたとの情報もあります」


 ここでいう"再生者"というのは、国家犯罪組織の名前である。


 今のルグエニア王国に反旗を覆すテロリスト。

 ルグエニア王国に関わる者ならば知らない者はいないほどの認知度を誇るその組織は、国という大きな括りの中でも脅威と認識されていた。


「まったく。数日後にはあの都市で魔導学論展も行われるというのに」

「それを踏まえると奴らの存在には手を焼かされますな」


 二人の間に沈黙が降り立つ。

 どうも話が学園のものから脱線し始めていた。


「そういえば、あの件はどのようになっていますか?」

「あの件とは?」

「学園長もご存知の通り、学園総会と例の集団の対立関係のことです」

「ああ。学園総会と反乱組織のことじゃな」

「ええ」


 沈黙を苦としたのか、ズーグは話題を学園のものへと戻した。


 ズーグが口にしたように、水面下のものでこそあるが、現在の学園の中には学園総会に対する問題が浮上している。

 というのも内部の対立の動きが静かに、しかし確実に進みつつあるからだ。


「どうやら、どちらもすでに動き始めているとのことです」

「……今年一年は慌ただしいものになりそうじゃな」


 学園総会。

 生徒に自主性を重んじさせ、独自で動けるようにという意味で生徒に学園の権限のほぼ全てを譲渡する形で設けられたその組織は、学園生徒から見ると執着の的となる。


 なぜならば、ルグエニア学園に通う生徒は未来の王国を担う若者達。その中でトップに君臨することはすなわち、未来でのトップを約束されたようなものだからだ。


「"五本指"と候補者の問題もある。他の者にも言っておるが、どうか気にかけてやって欲しい」

「わかっています」


 学園長の、半ば懇願するような申し出。

 それに快くとは言わないが、しかしそれこそ義務であると言わんばかりに力強く頷いてみせる。


 生徒の自主性を尊重することが現在のルグエニア学園の方針である。とはいえど、ズーグはその全ての責任を放り投げるようなことは断じてするつもりはなかった。



 ★


「ユウリ君、大丈夫かなぁ」

「知らないわ。案外ケロっとしてるんじゃない?」


 授業の終わりを促す鐘の音が鳴り響く。

 その音を耳で捉えつつ、レオン、ステラ、そしてフレアの三人は治療室までの道をゆっくりとした足取りで歩いていた。


「確かに。奴ならそれこそ扉の前で悪戯心に駆られて罠でも仕掛けていそうだ」

「どうしよう。その姿が想像できちゃうんだけど」


 レオンの言葉にステラが苦笑を返した。

 あのユウリ・グラールのことである。そのくらいの行為を予想してもおかしくはなかった。


「まあ流石のあいつも、ズーグ教師とまともにやり合ったんだ。少しは応えているだろう」

「遠くから見てもわかるほど、ズーグ先生は強かったもんね。レオンなら勝てたかなぁ?」

「馬鹿を言うな。ユウリに勝てないのなら、僕の場合でも結果は変わらんだろう」


「まあ、君の場合はわからないが」と。

 レオンは流し目でフレアの姿を映した。


「さあて、ね。私はそこまで興味がなかったから見てなかったわ」

「でもしっかりとお見舞いには行こうとする辺り、なんだかんだで優しいよね、フレアさんは」

「……余計なお世話よ」


 ステラの言葉を聞いて気分を害したとばかりに、フレアは苦い顔を浮かべる。

 しかしレオンとステラはある程度、このフレアという少女の気難しい性格を理解し始めていた。


 この銀の少女は単純に、素直ではないのだ。

 ゆえに言動とは裏腹に、こうしてユウリの見舞いへと赴くために治療室へと足取りを続けている。


「――」


 ふと。

 何を感じたのか、フレアの足が止まった。


「フレアさん?」


 その様子にステラは不安げに瞳を揺らした。

 もしかするとからかい過ぎて、不貞腐れてこのまま寮へと帰ってしまうんじゃないかと、それなりに本気で危惧した。

 しかし理由はどうやら違ったらしい。


「誰だ」


 レオンもまた、警戒するように視線を向ける。


 その先には一人の生徒が佇んでいた。


 夜空のような淡い黒髪がサラサラと風に揺れ、碧眼の瞳が三人の姿をその目に映す。

 学園の生徒らしく、しっかりと着こなした制服に乱れは一切ない。そしてその胸には赤い獅子の刺繍が目に付いた。


「――あなたがフレアという生徒ですか?」

「そういうあなたは?」


 静かな視線に対して、対するフレアは警戒を含ませた視線で返す。

 その態度に何を感じたのか、少しだけ微笑みを返して、少女は言葉を発した。


「私の名はスイ・キアルカ。できればあなたには総会本部室までの同行をお願いしたいのですが――」



 ★


「――えっと。あんた誰?」


 先ほどまで居座っていた治療室を、「また来るぜ!」と意気揚々に出て行ったユウリ。

 もちろん返ってきた言葉は「積極的に治療室に来ては駄目だろう」というもので、呆れた視線もおまけされた。


 そのような歓迎されない約束を果たして治療室を退出した――次の瞬間だった。


 敵意の視線。

 凶暴な闘争本能。

 まるで猛獣にでも出会ったかのような、威圧感を受けたのは。


「――ハッ!」


 ユウリの目の前に立つのは赤髪の少年だった。

 鋭い目付きに、凶悪な笑みを張り付けて。

 端正な顔は獲物を見つけたとばかりに歪んでいる。


「お前ェがユウリ・グラールか?」

「そうだけど。あんたは?」


 先ほどと同じ質問。それを口にした瞬間、やらかしたとユウリは思った。

 この場から早急に立ち去り、この少年から逃げるべきだったと。二度と関わらないようにするべきだったと。

 彼の笑みを見て、ユウリはそう思った。


「――そうだなぁ。俺の名はバン・ノート」


 言葉と共に一歩、前へと出る。

 その時にユウリは目にした。胸に施された赤い獅子の刺繍を。


「学園総会の人間だ。面ァ貸してもらおうじゃねぇか」


 獰猛な笑みが。視線が。

 ギラギラとしたそれらが、ユウリを射抜いた。




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