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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
32/106

修行の風景

 風が騒めく。

 草木を揺らして、ざわざわと音を響かせていく。


「――シッ!」

「――っと」


 その雑音の中で別種の音が周囲へと奏でられるのを、その場に立ち会う銀の少女――フレアは聞いていた。


 キンッと甲高い音が木霊し、剣が風を切る音が耳に届く。


「よくも飽きずに毎日ああしていられるわよね」

「なんだかんだで二人は努力家みたいだし。案外苦には思ってないんじゃないかな」

「レオンの方はともかく、ユウリが努力家とはあんまり思えないんだけど。さっきだってすごく怠そうにしてたし」


 多少の呆れを含ませながら、そう言ったフレアに対して、隣に座っていたステラが笑った。

 その後二人は前方にて風のように動く二つの影を目で追っていく。


 一つはユウリ・グラール。

 もう一つはレオン・ワード。


 二人は今しがたから模擬戦を行っている最中である。


「腕を上げてんなぁ、レオン」

「僕の剣撃、その全てを避けられながらだと説得力がないぞ!」


 屈んだ瞬間、剣閃が頭上を素早く走り去るのをユウリは感じた。

 レオンに連れられて、半ば強引に開始された模擬戦闘であるが、会った当初に授業の一環として行われた模擬戦と比べるとレオンの腕が上達しているのがわかる。


 剣閃が速く、鋭く。

 動きに無駄がなくなり、合理的に。

 それこそ無傷での勝利が難しくなるほどの、目覚ましい成長を遂げていた。


「ただ、接近戦はまだ――俺の方が上だ」

「ぐッ……!」


 風よりも速く、弾丸のように前方へと打ち出される正面蹴り。

 寸前のところで防ぎこそするレオンであったが、勢いを殺しきることはできずに後ろへと吹き飛ばされる。


「……ならば」


 しかしレオンの目は死んではいなかった。

 吹き飛ばされる段階で上手く体勢を立て直し、地面へと着地する。

 同時に魔術式を構築しつつ、腕に魔力を溜めて魔術の発動準備を整えていた。


「これでどうだッ」


 振られた腕から発動したのは、拳大の炎球。

 世間一般では《炎球(ファイアボール)》と名付けられているその魔術が、一直線にユウリへと飛来していく。


「魔波動の盾、《シールド》」


 当たればひとたまりもない、業火の炎。

 特に魔力抵抗力の高い魔術師ならば脅威にこそ感じないのだろうが、魔力抵抗力が一切ないユウリにとっては、まともに受ければ致命傷にすらなりかねない。


 しかしユウリはその業火の炎球を真正面から受け止めるという選択肢を取った。

 右腕の手のひらを突き出し、そこから内なる魔力を放出する。


 大気に出ることによって魔素と結合する、その前に高速で純魔力を放出することで純魔力を外へと発言する魔力技、魔波動。

 その武術は波のように連続で放つことによって魔術すらも干渉し、受け止められる機能を持つ。


 魔力抵抗力の低いユウリを幾多も救ってきたこの技は、この模擬戦においても活躍の場が与えられていた。


「受け止める、か」

「そ。終いだ」


 【収束】の魔術式の効果が切れて、魔術を形成する魔力が大気中の魔素と結合する。

 その結果は霧散を意味し、《炎球(ファイアボール)》は霧が晴れるように掻き消えていった。


 同時に。


 ドッと衝撃が鈍く響く。

 ユウリが全力でレオンのもとへと駆けて行った、その結果だ。

 疾風のように走るユウリの動きを、レオンは冷静に見やる。しかし残像すら見える彼の動きの全てを追えるはずもなく。

 レオンは一瞬の内に懐への侵入を許してしまった。


「――わかってたさ」


 直後、レオンは笑った。

 口元を吊り上げて、悪戯が成功した子供のように。

 一方のユウリは眉をピクリと動かす。

 背中に伝うのは自らに告げる警告じみた、嫌な予感であった。


「君がそう来ることは、わかっていた」

「――ッ」


 瞬間的にユウリは感じ取った。

 レオンが構築する魔術式の、その気配を。

 体内にある魔力を、外へと押し出す準備をすぐさま始める。

 間に合うか、間に合わないか。

 その瀬戸際の状況にて、ユウリは落ち着いた様子でレオンを見やる。


 己の感覚に従い、タイミングを見計らって。


「《爆風(ブラスト)》」

「魔波動の壁、《バースト》」


 魔力を互いに解放した。

 タイミングはほぼ同時。側から見ていたフレアとステラにはどちらが先であったかがわからなかった。


 両者が同時に、弾け飛ぶように吹き飛ばされる。


「……ッア!」

「……うおッ」


 弾け飛びながらの、更なる追撃。

 レオンの左手から迸る電撃が一閃、ユウリへと向かっていった。


 《爆風(ブラスト)》の魔術を放った瞬間に次の魔術を発動するために魔術式を構築していたのだろう。

 ここまで素早く魔術を連続で発動されたのは、傭兵として活動していた時以来か。

 ユウリは油断こそしていなかったものの、驚愕せざるを得なかった。


 しかし対処できないほどではない。

 純魔力を放出した右腕を水平に薙ぐことによってこれを弾いた。


「なッ!?」


 今度はレオンが目を大きく見開く番となる。

 迸る電光を弾き、レオンの右側へと大きく回り込むユウリ。

 驚愕こそすれど、すぐさま次の迎撃の準備へと入ろうとするレオン。


 どちらも対応として間違ってはないだろう。

 もしも互いの勝敗を分けるものがあったとするならば、それは手札の差である。


「魔波動の弾――《ショット》」

「……ッ!」


 迎撃の体勢が整う前に、不可視の一撃がレオンへと届いた。

 純魔力を弾丸として撃ち出すユウリの技。

 さしものレオンも、威力こそ低けれども見えぬ一撃の前には防ぐ手立てがない。


 レオンの体勢が大きく揺らいだ。

 瞬間、凄まじい勢いで地面を踏み込む。


 三歩。

 ユウリがレオンのもとへと到達するまでに地面を踏み抜いた、その数である。

 魔波動の《ショット》を受けて仰け反ったレオンは体勢を立て直そうとして――しかし気付けば地面へと伸されていた。


「――」


 何をされた、と。

 おぼろげな意識の中でレオンはなんとなしにそのようなことを考えた。

 頭がガンガンと痛みを発し、視界はボヤけながらも揺れているこの状態は、どのような経過を経てそうなったのか。


 実に単純な話である。

 ユウリの弾丸を思わせるような右の拳撃がレオンの頭を打ち抜いたのだ。

 軽い脳震盪を起こしたレオンはそれによって地面へと伏す結果となった。


 これにて模擬戦は終了。

 勝者はユウリ・グラール。レオンは彼によって下された。


「お疲れさん」


 倒れたレオンに対して、差し伸べられる一つの手。

 先ほど模擬戦の相手を務めていたユウリのものである。

 レオンはそれをしばし見つめた後、躊躇いを見せながらもその手を握った。


「まさか《爆風(ブラスト)》を、あんな至近距離から使ってくるなんて思わなかった」

「……それも防がれてしまったがな」


 素直に感嘆するユウリの態度に、しかし当の剣王が子息はバツの悪そうな表情を見せる。


 《爆風(ブラスト)》は中級魔術であり、大陸有数のルグエニア学園といえども今の時期に扱える一年生は極稀だ。

 レオンとてこの魔術を元から扱えるわけではなく、ここ数日に猛特訓を経て初めて実戦で投入した次第である。


 今日こそはユウリの鼻を明かしてやろうと隠れて決意していただけに、初見で対応されると非常に面白味がないと鼻を鳴らした。


「いやいや。結構ギリギリで、しかも咄嗟に魔波動を発動できたからな。運が良かった」

「謙遜はいい。運も実力の内というしな。何より、君の場合は全てが運というわけではないだろう」


 レオンはそっぽを向きながらも、しかし敗北したことに対する憤慨の気持ちは湧いては来なかった。それはユウリが幼少から傭兵として様々な依頼を受けていたことを聞かされていることが大きいだろう。


 つまり自分とユウリでは踏んでいる場数が違い過ぎるのだ。それを一朝一夕で埋めようとは思わない。埋められるとも思わない。


 もちろん悔しいと思う。その感情は自らの胸の中に確かに存在していた。

 だからこそ魔術を習得し、剣術の練度を上げる。

 使えるものは使い、伸ばせるものは伸ばす。


 当初こそ目標であった兄のニールや父親であるレオナールを意識していたが、今は目の前のユウリ・グラールに追いつく。それが現在の目標だ。


「レオン、お疲れ様。今から治療するね」


 気だるげに立ち上がるレオンの下に、晴れ渡る空の色と同じような蒼い容貌のステラが駆け寄ってくる。


 彼女は代々治癒魔術師を輩出しているアーミア家の末裔であり、ゆえに習得している治癒魔術のレベルはかなりのもの。


 彼女が魔術式を構築し、暖かな魔力がレオンへと伝う。

 見ている側からどんどん体が楽になっていくのを感じた。


「ふぅん。治癒魔術って、案外初めて見るかも」


 その様子に少しばかり珍しく、興味ありげな視線を向けてくる少女が一人。


 銀の"加護持ち"、フレア。

 普段は何に対しても淡白な反応しか返さない彼女であるが、しかし治癒魔術に関しては例外なのかじぃっと食い入るように見つめていた。


「へぇ。フレアは治癒魔術を見るのは初めてなのか」

「ええ。必要なかったもの」

「なぬ」


 確かに"加護持ち"ほどの戦闘力を持っていたならば、滅多に傷を負うことなどないだろう。

 フレアの実力は"暴れ牛"と一悶着あった時にしっかりと目に収めたが、治癒魔術師を必要としなかったという言葉にも一応の納得はできる。


 そんなやりとりをしている最中もレオンへの治癒は進んでいき、やがて外見だけ見るのならば傷一つない状態へと戻った。


「助かった」

「治癒が早いな。本当ならもっとかかるんじゃなかったっけか」

「小さい頃から治癒魔術を使ってきているからね。慣れ、かな?」


 レオンの傷がすぐに治ったということもあり、ユウリはその治癒魔術師の家系であるという少女の手際に少しばかりの驚きを見せた。


 ルグエニア王国のアーミア家の存在をここ最近で認知したユウリであるが、直接自分の目で見ると感嘆の声を上げてしまう。


「それにこうして毎日訓練してるから、私もずっと治癒魔術を使わないといけないんだよ。わかってる?」

「わかってるわかってる。ステラには感謝してるさ」


「おかげで手加減せずにお互い模擬戦できるし」とあっけらかんに言い放つ。そんな彼の呑気な態度にステラは一つ、溜息を吐いた。


「まあ大体怪我をするのはレオンの方が多いけどね。ねぇレオン?」

「うぐっ」

「私的にはもう少し考えて戦って欲しいと思うのですよ。はい」

「……悪かったな」


 ステラの流し目にレオンはそっぽを向く。

 彼とて好きで怪我を負っているわけではないが、頼んでいる身でそのようなことは言えず、ただ閉口するのみであった。


 レオンとユウリの模擬戦は、最近の彼らの習慣となっている。具体的にいつからというなら、"暴れ牛"に襲われたあの事件からだ。


 それ以降、放課後の空き時間などに毎日このような実践形式の訓練を行うようになった。

 大体、というよりほぼ全てがユウリをレオンが拉致する形で始まるのだが。


 おかげと言うべきか、レオンの実力は着々と伸び、少しずつだがユウリへと近づいている。それはレオン自身も感じ取り、さらには他の三人もまた彼の実力がどんどんと上がっていくのを察していた。


 ただ、それによって被害を被っているのがステラである。治癒魔術師ということで毎日訓練後の治癒をお願いされているのだから、彼女も溜息の一つや二つはついてしまうことは仕方のないことかもしれない。


「……ただ、その、なんだ。ステラがいて助かった」

「――ぁ」


 しかし、レオンがそのような言葉をかければ彼女の様子も一変する。

 照れ臭いのか目を逸らして言を吐く彼の様子に、ステラもまた頬を染めて視線を俯かせた。


「やっ。別に、いつものことだし……」

「いつもの、か」

「それに! やっぱりレオンには私が付いてないと不安? というか、心配? とにかく、駄目だしね!」


 捲し立てるように言葉を続ける蒼い少女。それを傍目に見ていたユウリはニヤリと笑みを浮かべ、フレアはぶっきらぼうな表情で視線を送っていた。


「やぁー、仲がよろしいこって」

「そういうのは他所でやってくれる?」

「まあまあフレアさんや。夫婦仲良くやることは大事だよ」

「ちょっとユウリ君! 誰が夫婦なのかな!?」


 ユウリとフレアの言葉と態度にステラは慌てた様子で食ってかかる。

 外野の方では「何の話をしているんだ?」とまるで状況を理解していないポカンとした剣士の姿が目に入るが、ユウリは気にしない。


「まあこれから色々あると思うけど、頑張れよ」


 グッと親指を立てるユウリ。

「ぐぬぬ」とからかわれたことに対する憤りを噛みしめるステラ。

 未だに把握できていないレオンと自分は関係ないというスタンスを貫くことを決めたフレア。


 青空の下で、今日もまた平穏な会話が繰り広げられる。





 しかしその平穏も、長くは続かなかった。




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