そして剣皇子息は一歩を踏み出す
「お手柄だったな!」
"暴れ牛"頭領、"赤闘牛"のズティング。そしてその一味。加えてルグエニア学園"五本指"のニール・ワード。
倒れ伏すそれらは現場へと急行した傭兵ギルドの者達に運ばれている。
――あれから森の異常を察したズーグの指示のもと、傭兵達がすぐさま集まり始めた。
もっとも、すでにユウリ達が軒並み盗賊団を殲滅していたため、彼らのやるべきことはそう多くはなかった。
倒れた盗賊団の一人一人を捕縛。
そのまま騎士に引き渡すまで身柄を確保するだけである。
次から次へとお縄についていくお尋ね者達。
事件解決を窺わせるその光景に気分を良くしながら、エミリーはユウリの背中をバシバシと叩いていた。
「しっかし本当に"暴れ牛"がこの近くにいるたぁ驚いたぜ」
「そうっすね」
「しかも、手引きしたのがあのワード家の長男ときた。どんな大事件だ、こりゃあ」
「うん、そうっすね。あとちょっと痛いからそろそろ叩くのやめてくれません?」
A級傭兵たるエミリーの手から放たれる打撃は、決して気安く受けていいものではない。
それを背中の衝撃からしみじみ感じつつ、ひょいっとエミリーの手から逃れるように距離を置いた。
「なんだ、連れねえな」
「だって痛いですから。それよりこれからあいつらは?」
顎で指しながら、エミリーに尋ねる。
あいつらというのは"暴れ牛"とニール。その後に続く言葉は、どうなるのか。
傭兵ギルドに所属する者達に運ばれている彼らは今後どうなるのかを、ユウリは彼女に尋ねていた。
「順当にいけば、"暴れ牛"の奴らは王都の西側にあるギガルディ収容所にぶち込まれるだろうな。ニールについては学園総会の方で何かしらの処遇が取り決められるはずだ」
エミリーの言葉に、しかしユウリも驚くことはない。
"暴れ牛"ほどの知名度を持った盗賊団なら、そこらの収容所では役不足である。ゆえにルグエニア王国内でも最大の監獄とされるギガルディ収容所に収容されるのは妥当なところだ。
ニールについても同様で、彼は"暴れ牛"という危険な集団を手引きしたとはいえ学生の身である。
ルグエニア学園生の不祥事については学園総会の方で処遇が取り決められるのもまたおかしなところはない。
だが。
「――ま、ニール・ワードについては重罪とはいえ今の所は手引きしたってだけだ。謹慎処分は言い渡されるだろうが、重い刑を食らうことはないかもな」
続けられたエミリーの言に、ユウリはピクリと反応した。
「重い刑を受けないってのは?」
「これは可能性の話なんだけどよ。国を守る剣となるべき"南の剣皇"、その子息が盗賊団を手引きしたなんて国民に知られりゃ不味いだろ」
「確かに」
エミリーの答えにユウリは思わず頷いてしまう。
ユウリは詳しく知らないのだが、"南の剣皇"レオナール・ワードというのはルグエニア王国にとっての大いなる剣と称されている。
剣士として最も高みへと登ったとされる剣王の座に就いた、二人の内の一人なのだ。
その子息の一人が、大陸でも最大規模を誇る学園都市ロレントに盗賊団なる輩を引き連れたとされればあまりに聞こえが悪い。
「おそらく秘密裏に真実は処分されるだろうな。近々お前のところにも総会の連中が来るはずだ」
「なぬ。なんで俺のところに」
「事件の真相を知る一人だからだ。無闇に情報が渡らないように口止めくらいはされるだろうよ」
少しばかりからかうようにエミリーは舌を出す。そんなことをしていると、背後から「エミリーさん!」っと声がした。
覗くとそこには赤みがかった茶髪の少女が立っている。
軽装ではあるが、剣を腰に差していることからギルドの傭兵なのだろう。
「支部長がすぐに来て欲しいと、エミリーさんを呼んでますよ!」
「おうそうか。んじゃユウリ、また会おうや」
傭兵の少女に連れられてエミリーが去っていく。
それを眺めながら、ユウリもまた別の方向へと歩き出した。
数人の傭兵ギルド員とすれ違いながら、密かに探していた人物達が目に入る。
レオン・ワードとステラ・アーミア。
そしてこの事件において最も功績者であろう、フレアである。
「よ。気分はいかが?」
「授業も延期になるし、疲れたしで最悪よ。むしろどうしてあんたはそんなに笑っていられるわけ?」
悠々とその場に現れたユウリに対して、半ば呆れたようにフレアは溜息を吐いた。
そこから少しばかり距離を置いて、木にもたれかかって座っているのはレオン。その隣で彼に治癒魔術を施しているのがステラだ。
「レオンの方は?」
「……良いように見えるのか?」
「さあて、ね」
彼の様子を盗み見れば、あちこちに傷を負っているのが目に見える。
実の兄であるニールから付けられた切り傷。しかしむしろ、心に負わされた裂傷の方が大きそうだ。
「――笑えば良い」
ポツリと、レオンは呟く。
「兄の暴挙を薄々気付きながら、一人では止めることすら叶わない僕はただの弱者だ。側から見ればさぞ滑稽なことだろう」
「レオン……」
傷の治療を行いながらも、ステラはレオンの言葉に耳を貸していた。
だが、そこから吐き出す言葉を持っているわけでもなく、ただ黙り込むのみ。
「友を救うこともできず、ただ地に這い蹲るだけ。僕は強くなりたかったが、強くなれなかった」
「――強く」
「ああそうさ。強くなりたかった。しかし現実はどうだ……ッ!」
鈍い音がした。
壁を殴りつける、鈍い音が。
「魔力測定で明らかな最低値を出した君に負け、正義を貫こうともしない兄に負け、友を救うことも叶わずただ倒れ伏すだけしかできなかった。死んだ母上に顔向けができない……」
項垂れるように頭を落とす。
その言葉には彼の長年の悩みすら、詰まっていたように思えた。
ステラから聞かされたレオン・ワードとニール・ワードの過去。その呪いのような罪悪感に苛まれながら、彼がもがいていた姿が目に浮かぶ。
「ちょっとあんたね、いい加減に――」
彼の心の叫びを聞いて、何を思ったのだろうか。
フレアがその目に静かなる炎を灯して、何かを口にしようとした。
その途中で。
「ふぅーん。くだんね」
「――」
ユウリは頭をポリポリと掻きながら、全く興味がありませんとばかりの態度でそう言い放った。
「くだらない……だと?」
「ああ。俺はそう思う」
「――言葉を選べよ、ユウリ・グラール。事と次第によってはお前を斬る」
「へぇ、斬れるのか。その体で? ただでさえ俺にすら敵わないのに?」
「ぐッ」
レオンは言葉に詰まった。
今の状態でユウリ・グラールと模擬戦を、仮にしたとしよう。
五秒保つかわからない。
それほどにコンディションの差が開いている。
何より、元の実力差もある。
――元の実力差……。
「――どうしてお前は、強くあれる」
「強く?」
「魔力総量は最低値。魔力抵抗力に関しては無いも同然。この魔導社会で生きていくには、例えるなら羽を捥がれた小鳥だ。それがどうして……」
レオンは不思議でならなかった。
才能でいえば、目の前の少年はこの世界の誰よりも劣っているといえる存在である。
事実、ユウリはそれだけのハンデを負っている。
しかし自分は目の前の少年には勝てない。
強い。強いのだ。この少年は。
「俺は別に強くないよ。でも――それでも」
問いに対して、ニッと。
少年は笑った。
「確かに魔力総量は最低値だよ。だったら魔力に頼らない武術で補えばいい。俺の微量の魔力でも使える武術を」
「――」
「確かに魔力抵抗力は無いも同然、というより無いね。だったらそれを補えるように立ち回ればいい。そういった訓練はできないこともない」
「――」
「人間誰もが、何もかも持ってるわけじゃない。当たり前のものですら、持ってない人はいるんだ。でもそれを悲観しても始まらない」
「お前は……」
「俺はそうやって生きてきた。無いなら代わりを探す。探してなければ作ればいい。そうやって――生きてきた」
目を瞑る。
思い出すのは過去の情景。
ある時は飢えて。ある時は病に冒され。ある時は迫害されて。
死に物狂いで生きてきた。
「守れないなら強くなればいい。強くなろうとして駄目なら他の方法を探せばいい。だからレオン。お前は魔術を学んだんだろ」
「それは」
「剣で駄目なら魔術で。魔術でも駄目なら他を探せばいい。そしてもしもお前の中でまだ駄目じゃあないと叫ぶものがあるなら、まだ進んでみればいい」
ユウリはこれまで、幾多の壁と対峙してきた。
普通の人なら簡単に登れるような壁でも、どうしようもないほどの欠陥を持つユウリにとっては天高くそびえ立つようにさえ感じられる。
けれど越えてきた。
登れないなら回り道をした。
回り道ができないなら穴を掘った。
そうしてユウリは――生きてきた。
「だから」
視線をレオンへと向ける。
彼の心にある諦めの感情。それは過去に自分が持っていたものである。
何をしても駄目で、全てが上手くはいかず。
このまま死ぬしかないのではないかと、そう思えたあの時。
差し伸べられた手のひら。
与えられた簡素でいて、しかし忘れることのできぬ温もり。
降って湧いたように現れた自分の居場所。
あの時の光景は決して忘れない。
ユウリに降り注いだ、たった一筋の光なのだから。
だから。
「欠陥魔術師の俺ですらここまで進めたんだ」
あの時の自分とレオンを重ねて。
今度は自分が差し伸べられる存在へと、追い続けるあの背中に追いつけるようにと。そうなるように。
「――レオン。お前でも進めるさ」
言った。
目の前の彼へと。前に進めるように。
その言葉は、光は。
果たして目の前の彼に届いたのだろうか。
「――ユウリ・グラール」
叩きつけた拳が、握られた拳が。
ゆっくりと解ける。
「……いや、ユウリ」
視線はユウリと交わり、瞳の奥には静かに灯火が宿る。
「今までの非礼を詫びたい。そして許されるなら――」
ゆっくりと立ち上がる。
動きは緩慢。立ち上がることに少しの時間を要した。
しかしそれでいいとユウリは思う。
ゆっくりとでも、進めることができるのなら。
「――君を、友と呼んでもいいだろうか」
ユウリ・グラールはレオン・ワードを。
レオン・ワードはユウリ・グラールを。
もしかしたら、この時に初めて本当の意味で、互いは互いの存在を認め合ったのかもしれない。




