蒼炎の力
ユウリは戦場を眺めて、表情を引き攣らせた。
「半端ないな、こりゃ」
目に付くのは、絶妙に加減された焼き具合の"暴れ牛"一同。
周囲一帯には焼き焦げた跡が至る所に残っており、フレアと戦った者の全てが例外なく地に伏している。
どれだけ激しい戦いを繰り広げていたのだろうか。
否。
当の本人であるフレアは無傷で、悠然と佇んでいる。
戦闘ではなく、殲滅が行われていた可能性の方が高かった。
「……まさかこの短時間で」
「あの程度じゃ相手にもならないわよ。少し私を舐めすぎたみたいね」
なんとなしに。
退屈そうに。
胡乱げな表情でそう言い放つフレア。まるで自分にまとわりつく鬱陶しい虫を払った後のような気怠げな様子であった。
「――ははっ」
それを見たニールは、笑った。
「――それでこそ。"加護持ち"」
団員が全員倒されたことに動揺はない。その程度のことは自分でもできる。
ただ単に予想よりも早かったそれだけのこと。
ニールはその言葉を、口にこそ出さなかったが態度に出しつつ剣を一振り。
「ならば。ぜひお手合わせ願おうか」
「なるべく早く終わらせるわよ。私もさっさと帰りたいから」
「早く、か。僕を倒せるとでも?」
「倒す、ね。違うわ」
白銀色の髪を靡かせる。
森の木々の中でも開けた場所のこの地に日光が降り立ち、彼女の髪が光を反射していっそう輝きを帯びた。
揺らめきながら強く燃ゆる、蒼炎。
「――寄ってくる虫を、跳ね除けるだけよ」
「面白いッ!!」
剣を構え、走る。
蒼炎を照らし、迎え撃つ。
"五本指"と"加護持ち"。
両者がそれぞれ、ぶつかり合った。
★
「――今ァ、どんな状況だ」
「ん?」
ユウリはチラリと横に視線を向ける。
声を発したのは先ほどユウリと戦闘し、敗北を喫した者。
ズティングであった。
「もう話せるのか」
「傷の治りは昔から早い方だ……ッ」
「へぇ。まっ、さすがに動けるほどでもないらしいけど」
「ちっ」
忌々しげに舌打ちするズティング。
先ほどの敗北を思い出したのだろう、非常に苦々しい顔をしている。
しかしすぐにそれも元に戻る。
それどころか、獰猛な笑みすら浮かべた。
「確かに俺は負けた。しかし最終的に勝つのは俺達"暴れ牛"だ」
「ほぅ」
「何せこっちにはニール・ワードが付いているのだからなぁ」
どこまでも自分達の勝利を信じて疑わない者の目。
この男からそのような言葉が聞けたのは、少し意外であった。
それはつまり、この危険な男がそれだけニール・ワードの力を買っているということになる。
「どうしてそこまで言い切れる?」
「単純に――奴が強いというだけの話だ」
言葉を、"赤闘牛"は吐く。
「ふぅん。あんたみたいな奴が言うほどってことは、かなり強いってこと?」
「強い。俺ですらあいつには歯が立たなかったからな」
「――嘘、じゃーないのな」
「ハッ、なぜ嘘をつかねばならねえ。全て本当のことだ」
ズティングの言葉に、ユウリは喉を鳴らした。
彼の言葉が正しければ、ニール・ワードは学生という身でありながらB級傭兵以上の実力を身につけていることとなる。
B級傭兵ほどの実力を持てば、正規騎士は疎か、王宮騎士団の実力者にも勝る力を有していると言えるほど。
つまりニールはすでにそれほどの力を所持している。
これが"南の剣王"の子息。
これが"五本指"。
確かにズティングが自信を露わにするのも、頷けはする。
しかし。
「――どうやら、すでに決着がつきそうだな」
「おいおい。嬢ちゃんを瞬殺か。傍目からしてあの"加護持ち"も中々強そうだったが、流石はニール――」
「いや」
ユウリの頬を冷や汗が伝う。
目の前の現状、その光景に何を思ったのか。
呆れたようは笑みが溢れた。
「――ありえねえ」
息を荒くしつつも、ズティングは目を見開く。
それも、これでもかというほど。
しかし無理からぬことであった。
「――ふぅん。"五本指"って言われるだけのことはあるわね」
悠然と佇むフレア。
「……ぅぁ」
崩れ落ちるニール。
「ま、思ったより楽しめたわ」
燃ゆる蒼炎を纏いながら、フレアは神々しく微笑を浮かべていた。
★
レオンは目の前の光景を、到底信じることができなかった。
「兄上……」
どれだけ手を伸ばしても届かない高みへと登る兄。そのニールをもってしても、傷一つつけることが叶わない白銀の少女。
噂は聞いていた。
知識では知っていた。
"加護持ち"という特異な人種。その力を。
だが力の一端を見せつけられただけで、レオンは呆気にとられてしまう。
いや、呆気にとられるどころのものではない。
開いた口が塞がらないとはこのことか。
あのニールが歯牙にも欠けない。それほどの力をフレアは有していた。
「……ぅぅっ」
剣を杖代わりにして、ニールはボロボロになりながらも立ち上がる。
自慢の剣はフレアの蒼炎によりところどころが煤だらけ。
また、ボロボロなのは体だけではない。
彼の心に掲げられる剣もまた、折れかけの状態だ。
それでも立ち上がろうとするニール・ワード。その姿に、レオンはなぜそこまでしようとするのか、理解ができなかった。
「……その蒼炎、魔力を焼くのか」
「ご明察。よく気づいたわね」
「僕の付与魔術が焼き尽くされたんだ。気付くさ」
舌打ち混じりにニールは眼前の敵を睨みつける。
「"加護持ち"。その力は十分理解していたつもりだったが……」
視線を細めて眉を寄せながら、ニールは忌々しげな表情を浮かべることしかできない。
この世界に生まれ落ちた瞬間から、膨大な魔力と強靭な魔力抵抗力を持つ超常の存在。それが加護持ちと呼ばれるもの達だ。
しかし彼ら、彼女らの特徴はそれだけではない。
「君の手の甲に刻まれている魔術式。それが君の蒼炎のもとか」
「まっ、見ればわかるわよね」
ニールが視線を移す先は、フレアの右の手。そこに刻まれてある紋章のような魔術式を見て、自然と顔を顰めてしまう。
「厄介なものだよ。体に魔術式が刻まれているなんて」
加護持ちの特徴として真っ先に挙げられるものは、体の一部分に魔術式が刻まれているというもの。
フレアの場合は先ほどから顕現している蒼炎が、その魔術式から発動される魔術である。
「生まれた時から固有の魔術を持ち、それを自在に操ることができる。常人が手も足も出ないわけだ」
通常、魔術というのは発動後に魔術式を付与することはできない。
それは例えどんな存在だろうと――例え加護持ちだろうと同じだ。
ゆえに発動してしまった魔術を操作することは、普通ならば不可能とされる。
が、"加護持ち"はその常識を打ち破る。
「――ッ」
フレアの掌から、蒼炎が放射される。
それをいち早く反応して右に跳躍し、避ける。
しかし。
「これが面倒だ……ッ」
蒼炎は軌道を変えて、襲いかかる。
魔術の発動後に魔術に干渉することはできないはずなのに。
加護持ちは、己の刻まれた魔術式から発動できる術に限り、自在に操ることができる。
「――ふッ!」
息を漏らしながら、ニールは追ってくる炎もまた何とか躱した。
ギリギリだった。
地面を転がるようにしてフレアとの距離を取る。そのまま彼は敵を見据えた。
「――」
これが"加護持ち"の加護持ちたる理由。
魔力に愛され、固有魔術を自在に扱う。
それを易々と行える彼女に、ニールは憎々しげな視線を差し向けた。
しかしその瞳には確かに、敵わないという諦念の感情が含まれていた。
「ふぅん。で、まだやるの?」
「――当たり前だ」
「あっそ」
言葉と共に襲いかかる、蒼炎の放流。
フレアの突き出された右腕より生じる激流のような炎は、ニールを飲み込まんとする。
それを咄嗟に横っ跳びに躱し、しかし迸る炎の欠片が周囲を埋め尽くすがゆえに完全に躱しきることは不可能な状態であった。
「今度こそ、斬る!」
決死の覚悟を表へと出しながら、ニールは自らの剣を横薙ぎに一閃。
レオンの魔術を真っ二つに裂いた、あの一振りだ。
だが、それは蒼炎には効かない。
「やはり……ッ」
剣は炎に飲み込まれ、瞬時の判断によりニールは飛び退くが剣を持つ右腕の、その甲が焼かれる。
苦悶に満ちた表情を隠す余裕もない彼はすぐさま転がるように蒼き炎から距離を取ろうとし――。
「――詰みね」
周囲を炎で覆われた。
右も左も。前も後ろも。
ニールを囲うようにして蠢く業火の蒼炎。
全てを燃やし尽くすその炎に囲まれた瞬間、ニールは自分の敗北を悟った。
「思ったよりも粘ったじゃない。流石はあの男の子息ってとこね」
「――」
どこまでも高みからの目線で。
ニールなど自分にとっての障害にすらならないとばかりに。
銀の少女、フレアは冷たき視線でニールを射抜いた。
それが戦闘終了の合図。
「――ここまで、か」
焼けた右手が限界に近かったのだろう。
剣を取り落とし、甲高い金属音が木霊する。
ガクリと頭を落とし、膝をつき、動く気力すら失ったようにニールはおとなしくなった。
学園都市内に、噂として騒がれていた謎のローブの集団。
後に"暴れ牛"の仕業という真実が、これまた噂として流れ出るのはまた違うはなしである。
これにて"暴れ牛"という盗賊団は完全に解散することとなった。
「――ふぅん。こうなったの」
現場を眺めるのは一つの影。
森の影から、まるで風景に溶け込むようにして周囲を覗き込んでいる。
誰もがこの影の存在に気付かぬまま、事態は終息していった。




