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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
一章 学園入学編 後編
23/106

開戦の狼煙

「レオン! どうしてここに……」


 突然現れたレオンの姿に、ステラが驚き声を上げる。

 が、レオンの視線は彼女には向かない。

 一瞥した後、そのまま実の兄の方へと移した。


「ふふ。ステラちゃんの言葉を借りるようで悪いけど、どうして君がここにいるのかな?」


 ニールもまた、彼がこの場に来たことに多少の驚きを示していた。その兄の言葉に、レオンは口を開く。


「……こちらの方に白い煙が見えた。課外授業中にそのような合図が送られることは聞いていませんので、何らかの異常が発生した可能性があると思ってここまで来ました」

「なるほど。だけど、それでは()がこの場に来た理由にはならないよ」

「――兄上がいる。そう推測していたからです」


 言葉に、ニールはきょとんとした表情を見せた。


「まるで、僕が問題を起こすと予め予想していたように聞こえるね」

「最近の兄上の様子がおかしかった。特に夜な夜な、学園の外へと赴いていたことは気がかりだったので」

「へぇ」


 どこか意外そうに目を丸くした。

 ニールとしては、誰にも気取られず密かに行動していたと自負している。しかし長年共に暮らしていた血族の目は誤魔化せなかったらしい。


「だから僕がフレアちゃんに近付こうとした時も、あんな態度を取ったわけか」


 思い出すのは一週間も前の話。

 ニールと相対したレオンが突然魔術を放ってきた、あの場の光景である。


 少しでもフレアの情報を引き出そうと彼女に近づいたニールに凄まじい敵意の視線を送っていたが、レオンが兄の動きをいち早く察していたなら説明はつく。


「まあでも。君一人が気付いたところでどうということもない。現にこうして目的はほぼ達しているのだから」

「――ッ」


 レオンは唇を噛み締めた。

 周りを見渡せば、下卑な笑みを浮かべた犯罪者達が囲っている。

 ステラも、フレアも。自分ですら逃げ場などここには存在しない。


「兄上! どうしてそこまで強さの結果にこだわる!」


 先の話を薄っすら聞いていたレオンが、声を張り上げた。

 実の弟ですら、今のニールの思考は読めない。何かしらの狂気染みたものを感じる。


 それを受けて、彼は――。


「――君がよくそんなことを言えるね。弱いという結果が何を生み出すのか、君は身を持って体験しているだろうに」

「――ッ!」

「母上が死に、それでも弱さから目を逸らして来た君を、僕は未だに恨むことしかできない」


 憎悪の視線。

 並々ならぬ感情を含む眼光が、レオンへと突き刺さった。


 ニールが自分を恨んでいることは知っていた。数年前に起こった事件により、母親を失った時からずっと。


「――それでも」


 額からは冷や汗が流れ出る。

 だが、レオンは退かない。

 腰に掛けられた剣を抜き去り、その切っ先をニールへと差し向けた。


「それでも兄上はステラを――僕の友を巻き込んだ。それを許すことはできない……ッ!」


 この場の状況を一望する。

 もしも"加護持ち"であるフレアを無事に捕縛したとして、その隣にいるステラはどうなるのか。

 良くて奴隷として売られ、最悪殺される。


 レオンとステラは幼少の頃からの付き合いだ。それはまた、ニールも同じはず。なのにこの仕打ちを行う彼に、レオンは強い憤りを隠せなった。


「許せないのはこちらも同じだ。あの時、母上の側にいるのが君ではなく僕であれば……」


 暗い感情を灯して、ニールもまた己の剣の切っ先をレオンへと向ける。


「ズティングさん。この不肖の弟は僕が相手をする。なので、あなた方は"加護持ち"をお願いします」

「やぁーっと話が終わったか。長いんだよ、兄弟にしても」


 ニヤリと笑い、ズティングは薄黒い赤髪を揺らして地面を踏んだ。


「てなわけだ。嬢ちゃんの相手は俺達がするが、異論はねえな?」

「どうせ言っても意味がない癖に」

「違いねぇ」


 ズティングとその周りに集まる"暴れ牛"の連中が武器を取り出した。

 ある者はフレアを見て舌舐めずりをし、ある者は血走った目で武器を握る。


「お頭ァ! 殺さなきゃ何してもいいんすよねぇ!?」

「できれば傷モノにもしたくねぇが、流石に"加護持ち"が相手だ。そこらへんは目を瞑ってやんよ」

「クカカッ。なら嬢ちゃん、覚悟するこったな!」


 総勢三十名が、フレアへと狙いを定める。

 背にステラを庇ったフレアは眉を寄せて、溜息を一つ。


「面倒な事態になったわね……」


 後ろで震えるステラを盗み見る。

 顔面を蒼白とさせ、腰を抜かした彼女はおそらく動けない。そのような足手まといを庇いながら、盗賊団を丸々相手にしなければならないことを考えると、疲れた表情すら浮かんでしまう。


「ほぅ。随分と余裕そうだな」


 どこか冷静さを欠かさない彼女の様子に、ズティングは声をかけた。

 絶望的な状況を前にして、目の前の白銀の少女の目は死んでいない。そのことが気になったからである。


 対してフレアは、視線を彼らに向ける。


「当たり前でしょ」


 ボゥッと。

 フレアの拳に炎が灯った。

 紅蓮のように赤い炎――ではなく。

 空のように蒼く澄んだ、蒼炎だった。


「あんた達程度、すぐ地面に転がしてあげる」

「言ってくれるぜ」


 冷たい視線が重なり合う。

 "加護持ち"のフレアと、"赤闘牛"と恐れられるズティング。その二人の殺気が迸っては交錯する。


 そして。


「野郎共! 俺に続けや!」


 ズティングが走った。

 まるで凶暴な牛が突進してくるかのような迫力と共に、フレアへと迫る。それに続くように後ろの盗賊達も動きを開始する。


「――」


 押し寄せる光景を眺め見ながら、フレアは魔力を込めた。

 衝突までおよそ数秒ほど。今から始まるであろう戦闘に身構えて、腰を落とした。


 ちょうど、その時のことだろう。


「――あ?」


 ――黒い疾風が駆けた。


 森の中から現れては、あっという間にズティングの元へと駆け寄る何者か。

 肉薄したその瞬間まで、当のズティングは呆けた顔で眺め見るばかりだった。


「――が……ッ!?」


 ――着弾、とも言うべきか。


 ズティングの顔面に、拳が突き刺さる。

 勢いよく振り抜かれたその拳撃には、さしもの"赤闘牛"とて踏ん張りが効かずに逢えなく転倒した。


「やぁー。面白いことになってんな」


 フレアと盗賊団。その間に降臨したのは一人の少年だった。

 黒を基調とした制服に、漆をぶち撒けたような漆黒色の髪と瞳。

 普段は気の抜けた様子を見せている彼だが、今は油断なく周囲に警戒を飛ばしている。


「俺も混ぜてもらおうかねっと」


 ユウリ・グラール。

 どこか飄々とした様子を崩すことなく、彼がこの場に到着した。



 ★


「頭ァ!?」

「誰だテメェは!」


 地面に倒れるズティングと、突如現れた謎の少年の存在に、困惑と怒号の声が飛ぶ。

 しかしそれらを前にして、ユウリはなお不敵に笑うのみである。


「ユウリ……ッ。なんであんたがここに」

「相方のレオンがどっかに消えたからさ。追いかけてたら、まーここに辿り着いたってとこ」


 巨漢を殴り倒した手をぷらぷらと揺らす。

 体格差では頭一つも二つも違うズティングを、見事に地面へと伸した。その事実にフレアは眉を寄せ、ステラは呆気に取られるばかりだ。


「ユウリ・グラール。なぜここに来た……!」

「だからレオンを追いかけて来たんだってば。急に走り出すから驚いた」


 レオンの鬼気迫る言葉にも、ユウリは呑気に笑う。そのまま、辺りを見渡した。


 レオンは剣を抜き、同じく構えているニールと睨み合っている状態だ。

 フレアは先ほど見た通り、数十にも登る盗賊団とたった一人で対峙していたのだから恐れ入る。


「ユウリ君。君も来たのか」

「ニール先輩こそ、ここにいるんすね」


 レオンへと構えながら、しかしニールの視線がチラリとユウリに向いた。

 同じくしてユウリもまた彼に視線をやる。


「こいつらを手引きしたの、先輩?」

「さて。どう思う?」

「まっ、こんだけ状況証拠が揃ってたらそれ以外考えられないっすわ」


 尋ねる前から予想はしていた。

 どうしてニールがこの場所にいるのか。

 どうして"暴れ牛"のもとにいるのか。

 どうしてレオンと剣を向き合っているのか。


 少し考えればわかることだ。


「しっかしこんな大それたことするなんて、意外と先輩って大胆なんすね」

「意外?」

「もう少し冷静に状況がわかると思ってたってこと。盗賊団なんて手引きしたら、もうすぐ学園都市から傭兵や教師がわんさか来るはずだ」


 時期に傭兵や教師がこの場に飛んで来る。その言葉に盗賊達が僅かにどよめいた。


 いくら森の中で隠密に行動していたとしても、流石に長時間察知されないことはない。

 今に見張り役の総会実働部から何らかの異常を伝えられたズーグが動き始めるはずだ。


 否。

 もう動いてる可能性もある。


「こんなことしたってすぐに捕まるだけなのに。そんなこともわからない先輩とは思わなかったんだけどな?」

「……。すぐに君らの口を封じれば済む話さ」

「そう簡単に行けば、ね」


 手のひらに拳を打ち付け、乾いた音を鳴らす。

 視線は真っ直ぐ、(たむろ)する敵へと向ける。


「――クク。ガキ、やってくれやがったな」


 むくりと。

 大柄な巨躯がのっそりと起き上がった。

 鼻から血を流しながら、瞳をギラギラと輝かせる"赤闘牛"。


「やっぱ、あれで終わりとはいかないか」

「当たり前だ。んなモンで終わるようじゃ、ここまでのし上がってねぇよ」


 視線を細めるユウリの眼前で、起き上がったズティングが地面に大剣を叩きつける。

 鈍い音が響き、地面が割れた。その様子に小さな悲鳴をステラが上げる。


「テメェら、"加護持ち"の相手は任せてやる! だがこのガキは俺のモンだ。絶っ対に手ェ出すんじゃねーぞッ!」


 "赤闘牛"が吼えた。その威圧感はすさまじく、味方であるはずの部下の連中すら身を竦ませた。


「ふぅん。じゃ、あんたの相手は俺ってわけね」


 が、ユウリは真っ直ぐと正面を見据えるだけ。その姿を目にしたフレアは息を一つ、漏らす。


「――じゃ、あんた達の相手は私がするわ。いつでもかかってきなさい」

「んだと、このガキ」

「"加護持ち"だからってこの人数、どうにかなると思うなよ!」


 蒼炎を発現させ、挑発する。

 その仕草にいきり勃つ集団が、彼女の方へじりじりと近寄っていった。


 それを見届けるのは、ニールとレオンの二人。


「あちらは任せるとしよう。レオン、君も覚悟を固めたかな?」

「それはこちらの言葉です」


 睨みつけ、剣を持つ手に力が入る。

 そのまま二人は同時に駆け出し――。


「では弟よ、参る」

「行くぞ、兄上ッ!」


 剣戟が音を奏で。


「少しは楽しませろよ、小僧!」

「楽しませるどころかびっくりさせてやるさ、おっさん」


 両者が衝突し合い。


「殲滅するわ」


 白銀の少女が火を噴く。


 ニールとレオン。

 ズティングとユウリ。

 "暴れ牛"とフレア。

 三者の開戦の狼煙が、森の中に響いていった。


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