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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
一章 学園入学編 後編
21/106

魔波動

「なんだ。あれは」


 森の入り口で、空へと登っていく一筋の白い煙を目にするズーグは、不審な者を見る目をしながらポツリと呟く。


 異常事態が発生した場合は救援信号を上げるように、学園総会の者には指示している。

 が、あのような煙が登ることは想定していない。


「嫌な胸騒ぎがするな」


 煙の下はちょうど、総会実働部員が見回りしている区域から離れている。それもまたズーグが気になる要因だ。


「――ふむ」


 異常事態、と言えるのかどうか。

 それを把握していないズーグはしかし、己の直感のもとで動くことを決めた。


(念には念を、か)


 懐から魔導機器を取り出す。

 色付きの煙を空へと打ち上げる、連絡用のものだ。


 指示の内容は「煙の下に生徒が近付かないように」というものと、「非常事態により傭兵を呼ぶ」というものの二つ。


 黄色の煙と赤の煙が螺旋の形を描いて上昇していく。それを少しの間、見守ったズーグは。


「――あとは私も動くとするか」


 指の骨をポキリと鳴らして、重い息を吐いた。



 ★


 森の中で対峙する二人。

 先に動いたのはユウリだった。


「先手必勝ってな」


 鋭く踏み込み、ローブの男へと肉薄する。

 男との距離はすぐさま埋まり、懐へと侵入を果たした瞬間、真っ直ぐと中段突きを撃ち込んだ。


「……うおッ!」


 しかし躱される。

 ギリギリで身を逸らされ、ユウリの拳は男を撃ち抜くことなく虚空を通り過ぎた。


「相変わらず、速ぇなガキ!」


 返す刀で横薙ぎの斬撃が迫る。

 ナイフの鋭い切っ先が眼前へと接近する光景に、ユウリは眉を寄せながら首を傾けやり過ごす。


 ナイフはユウリの首筋に届くことなく通過。


「――」


 それを見届ける前に。

 足首を捻って強く地面を踏み込んだ。


 サイドステップに緩急を付け、男の視線を翻弄する。フェイントを織り交ぜ、側面へと身を移した。


「な――」


 俊敏なユウリの動きに、ローブの男は付いてこれなかったらしい。

 目を見張り、見失ったかのように視線を右往左往させている。


 ガラ空きの隙を、ユウリは逃さない。


「おじさん。こっちだっての」

「――グ、……ッ!?」


 意識を刈り取るための全力の一撃を、跳躍からの回し蹴りの形にして襲撃者へと見舞った。

 咄嗟の判断だったのだろう。側頭部から横一閃に襲うユウリの蹴撃に対し、男は自らの腕を軌道上に置いた。


 鈍い衝撃が伝う。


 襲撃者は吹き飛び、地面を転がる。ユウリの回し蹴りによる一撃が想定外の威力を誇っていたため、受け切れなかったためだ。


「――畜生がッ。ガキの蹴りの威力じゃねぇぞ……!」


 地面を転がっていく最中、男は体勢をなんとか立て直した。次いで、ユウリへと身を踊らせる。


 両手に逆手で握られたナイフによる斬撃が二閃ほど、漆黒の少年へと襲いかかった。


「遅いよ」


 が、どちらも弾かれる。


 右から来る斬撃は右の手で。

 左から来る斬撃は左の手で。

 斬撃の軌道の中に素手を滑り込ませて、いとも容易く弾き返す。そのユウリの動きに、男の目がギョッと見開かれた。


「なん、だ。こりゃ――」

「だから遅いって」


 唖然と硬直する男に、ユウリは容赦なく踏み込んだ。


 接近、からの正拳突き。

 弾丸のように唸ったユウリの一撃が、男の腹部へと突き刺さる。

「ガ……ァ」と呻き声を上げた男は、そのまま地面へと叩きつけられた。


「殺気が見え見え。どこにナイフが来るかもわかるから、そんなんじゃ当たらないよ」


 プラプラと手を揺らしながら、ユウリはまるで準備運動が終わりましたとでも言いたげな顔で男を見ている。


 対する襲撃者の方は腹部を抑えながら、ゆっくりと立ち上がった。その際に目元まで隠していたフードが外れ、男の顔が露わになる。


 ユウリの予想通り、男は自分と比べて十や二十ほど歳を重ねていると思われる容姿だった。

 灰色の髪はボサボサに伸ばされ、栗色の瞳はギラギラと殺気を溢している。頬には大きな切り傷の跡が目立ち、一層凄みを増していた。


「――」


 だが、一番に目に飛び込んできたのはそのどれでもない。

 男の額に闘牛の紋様が刻まれている。

 ちまたを騒がせている盗賊団、"暴れ牛(オックス)"のメンバーの証である。


「お前ぇ、どこを見て――ッ」


 視線を受けて、男は自分の顔を覆っていたフードが外れていることに気付いた。

 刺青を見られたことに眉を寄せて、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「じゃ、この森には"暴れ牛"がいるってことか。面倒なことになってんな」


 視線を細める。

 彼らの狙いこそわからないが、大体の推測は立てることができた。そしてもしも推測が正しいとするならば、急いでレオンの跡を追わなければならない。


「チィ。そこまで知られたなら、生かしておけねぇな」

「よく言う。さっきから殺す気満々だったくせに」

「一層殺意が増したってことだよ。原型すら残らないように刻んでやるから――覚悟しろォッ!」


 叫ぶと同時に、男は両のナイフを交差させて切っ先を走らせる。

 クロスの軌跡を描いたその二撃に、しかしユウリはまたも素手で対応して見せた。

 掌でナイフを弾き、男の体勢を崩す。


「クソが!」

「っと」


 ユウリが拳撃を加える前に、男はバックステップで距離を取った。


「テメェ、前もそうだがどうして素手でナイフを弾きたいやがる!?」


 先の交錯。

 それを経て、男は驚愕に目を剥いた。


 男のナイフはいつもユウリの素手に防がれる。当たり前ではあるが、本来ナイフに対して素手で対応しようものなら、手の肉が裂かれるはずだ。

 けれどユウリの振るう手は、ナイフに傷一つつくことなく干渉する。


 理由のわからない男にとっては、悪夢と言っても差し支えない。


「は? 何言ってんの。素手で防いでるわけないじゃん」

「――なん、だと?」

「まっ、種明かしをしてもいいんだけどさ。簡単に言えば、あんたのナイフが素手に当たる瞬間に手から魔力を発してるってだけだよ」


 こんな風に、と。

 ユウリは己の掌から、一瞬だけ半透明な魔力を発した。しかしすぐに霧散する。


 答え合わせをすると、ユウリは得物と素手が衝突する瞬間に魔力の塊を放出することによって刃物を弾いていた。

 つまり、正確に言えば素手で触れているわけではなく、魔力の塊でナイフを押し返していたということになる。


 これはナイフや剣のような刃物だけに限った話ではない。魔術にもまた、魔力をぶつけることで干渉が可能になる。


 しかしユウリの口から答えを告げられてもなお、男は納得できなかった。


「バカな……ッ! 【収束】の魔術式無しで、ただの純魔力を放出してやがんのか!?」


 驚くことも無理のない話である。


 魔力というのは、基本的には体外に出てしまった瞬間に霧散する。これは大気中の魔素と魔力が結合してしまい、魔力が魔素へと変換されてしまうためだ。


 だからこそ魔術師というものは、魔術を発現する際に必ず【収束】の魔術式を魔術に込める。でなければ、霧散して魔術自体が発動しない。


 が、今のユウリの言葉と今しがた行ったことはその現象と矛盾している。大気中に出た瞬間霧散する魔力が、霧散することなく男のナイフを弾いていることになるのだから。


「そんなことをすれば、普通なら魔力は霧散するはず……。何をしやがった」

「いやいや。ちゃんと霧散してるって」

「嘘つくんじゃねえ! 現に俺のナイフが弾かれて――」

「ただ。俺の魔力を放出する速度が、魔力が魔素と結合する速度を上回っているだけだ」


 人差し指を立てて、男の言葉に被せる。


「――」


 ユウリの言葉に瞠目するより他に反応できない男が、あんぐりと口を開けた。


 ユウリの言葉が正しいならば。

 彼は魔力が霧散するよりも早く、魔力を外へと放出しているという。


 普通ならばありえないことだ。もしもそのような事が出来るのならば、今の魔術体系はガラッと変わっていても何ら不思議ではない。


「俺はこの純魔力を使った武術、"魔波動"を使える。おじさんのナイフを弾いたのは、この恩恵かな」

「……んなもの、なぜ使える?」

「自慢の師匠から伝授されたもので」


 何でもないように言ったが、実はこの魔波動という魔力を驚異的な速度で体外へと放出する武術は、ユウリとその師、フォーゼの二人しか扱うことはできないものだ。


 あらゆる武術に精通しているフォーゼですら、十年以上の歳月をかけて編み出した武術。しかし、ユウリは己の特異な体質により、これを容易に習得するに至った。


「まっ、爺さん以外なら俺くらいしか扱うことはできないけどね。欠陥品である俺くらいにしか」


 その理由は単純。

 魔力門が存在しない。この一言に尽きる。


 魔力門とは魔力を出し入れする際に、その量を調節する働きを持つ器官だ。これが無いことにより、ユウリはいくら魔力を消費しても魔力が増えることがない。


 だが、逆を言えば放出する際の障害が全く無いとも言える。放出量を調節する魔力門が無いため、魔力を自由に放出できる。阻害するものがないため、速度もまた早い。


 これらの理由から、ユウリはこの"魔波動"の扱いに非常に長けている。それこそ、編み出した己の師よりもだ。


「チッ。言ってる内容は理解できるが納得はできねぇよ、こん畜生がッ」

「まっ、普通はそうだよな。単純に俺の素手は得物に干渉できるって覚えてくれればそれでいいよ」

「ハッ。そしてついでに言えば、打撃の際もその純魔力を放出することで威力をカサ増ししてるんだろ? 通りでガキの拳の痛みじゃねぇってわけだ」


 撃ち抜かれた腹部を抑えて、男はユウリを睨みつけた。


 純魔力を敵への打撃の際にも使用することで、その威力を向上させている。魔力保持量が少ないユウリはどう足掻いたところで、《身体強化》のレベルは並の領域を逸脱しない。

 だからこそ"魔波動"により、その質を上げている。


 それを見抜かれたユウリは頭を掻いて、苦笑した。


「クク。随分と余裕こいて俺に情報を与え過ぎたんじゃねぇか? テメェのその不可思議な武術さえ知ってりゃ、やりようなんて幾らでもあるんだぜ?」

「――」

「それにどんな魔術師だろうと、それこそ"加護持ち"でもなけりゃ、こうも頻繁に純魔力を放出し続けることはできねぇ。魔力がすぐに枯渇するはずだからな。時間が経てば経つほど有利なのは俺だぞ」


 冷静に現状を分析し始めた襲撃者の男は、ここで自分に利があることを悟った。


 言葉通り、ユウリが何やら摩訶不思議な力を持っていると念頭に置いておけば、先よりは立ち回りやすくなる。

 さらに言うなら挙動の一つ一つに《身体強化》だけではなく、魔波動による魔力の放出を行えばすぐにでも魔力は尽きるはず。


 言うならば、常に魔術を発動し続けているような状態だ。

 "加護持ち"や圧倒的な魔力を持つ大魔術師でもない限り、数分も保てば優秀な方だろう。


「問題ない。次で仕留めるから」


 けれどユウリは余裕を崩さない。

 自分と相手との実力を見極めて、状況を見極めて。それでいて問題ないと言い切った。


「――ガキが」


 頬傷のある男の視線がスゥっと細まった。

 鋭い殺意が飛ぶ。しかしユウリは臆することなく敵の殺意を受け止めた。


「"暴れ牛"の副団長に就いて以来、ここまでコケにされたのは初めてだ」

「へぇ。あんた、副団長なのか」


 告げられた内容に、僅かに驚く。

 しかし納得もした。


 男の実力は王宮騎士団の騎士に勝るとも劣らない。むしろこれだけの男がごろごろといたなら、それこそ厄介極まりないものだ。


「その俺を、仕留めると?」

「まーね」

「ハッ! なら仕留めてみるんだな!」


 殺意の眼光を持ってしても僅かな動揺すら誘えなかった。その事実に苛立ちを覚えた"暴れ牛"の男が、勢いよくユウリへと飛びかかる。


 が、ユウリは冷静に観察していた。

 男が肉薄する、その前に――。


「魔波動の弾、《ショット》」

「がぁ……ッ!?」


 ユウリの拳が何もない空間の中で真っ直ぐと打ち出された。

 男との距離は拳が届くほど縮まってはいない。その五歩ほど手前である。

 普通ならユウリの拳は何も捉えることなく空を切るはずだった。


 けれど。

 男の腹部に衝撃が走る。


「なん、だ。これは」


 致命傷には程遠い、ダメージと言えるほどのものではない衝撃である。しかし男の体勢は大いに崩れた。


「三つの手札の一つ、《ショット》。威力は低いけど隙を作るには十分だろ?」


 ニッと笑う。


 ユウリの扱う"魔波動"には三つの技がある。その内の一つが、この不可視の一撃。

 高速で放った半透明の純魔力は、速度と相まって敵に視認することを許さない。

 威力こそ低いものの、不意を打ち隙を作るには的確な技である。


「クソ、が……ッ」


 憎悪すら感じさせる表情を浮かべた男に踏み込み、ユウリは一気に距離を詰めた。

 すでに身を弓なりに引き、拳を撃ち出す準備は整えている。そしてそれを目にする男は、体勢を立て直すことすらままならない。


 ただ、ユウリの唸りを上げた拳撃を眺めることしかできないでいた。


 ――直撃。


 振り抜いた拳の軌跡をなぞり、鮮血が尾を引きながら宙を舞う。

 顔面へと強打を受けたローブの襲撃者は、白目を剥いて意識を飛ばす。


 男は仰向けに倒れて、大の字に転がった。


「――ふぅ」


 残心の構えを解き、ユウリはそれを見届ける。


 男の口ぶりからは、"暴れ牛"が何らかの目的を持ってこの場所に訪れていることが伺える。そしてそれは、この先に進めばわかるはず。


「しゃーないっか。面倒だけど、行きますかねぇ」


 溜息を一つ。

 同時に、頭を掻きながら足を進める。


 ユウリはそのまま森の深部へと駆け出した。




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