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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
一章 学園入学編 後編
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課外授業

 課外授業を行う獅子組の生徒は、案内のもと学園都市の南西側に広がる森の手前に集められていた。


 生徒全員が列に並び、視線は前に立つ担任教師へと向けている。


「これより課外授業を始める」


 全員がこの場にいることを確認したズーグは、そう宣言した。


「今回の課外授業は、規定数のアテナの花を採取しこの場所まで帰還してくることを目的とする。もちろん制限時間もあるため、迅速な行動を期待する」


 制限時間――正確に言うと、日が落ちるまで――に一定数のアテナの花を用意して帰還する。これが課外授業の課題である。


 もしも一定数のアテナの花を見つけきらなかった場合や、時間までに帰って来ることが叶わなかった場合は不合格と見なされ、後に補講を受けさせられる。


 が、優秀な成績を収めることができたなら、総合成績にも大きく加算される。ゆえに生徒は真剣な眼差しをズーグへと送っていた。


「無論、森の中には危険な生物も存在する。皆の知る通り、魔獣だ」

「――」

「もちろんのことだが、学園総会の生徒やこの都市の傭兵が事前に魔獣を駆逐してくれている。特に危険度の比較的高い魔獣を優先してだ。しかし、全ての魔獣がいなくなったわけではない。気を緩まないよう心掛けて欲しい」


 内容に、ふとユウリは一週間ほど前に出会ったエミリーとの会話を思い出す。

 彼女はその時、学園側から依頼を受けて森の中の魔獣を仕留めていたと口にした。


 おそらく彼女だけではない、相当数の傭兵が学園の課外授業のために働かされていただろう。そのことを思い、ユウリは心の中で静かにお疲れ様と合掌した。


「それでは二人一組を作り、順番に森の中へと入っていくように」


 言われた言葉に生徒達が声を揃えて「はい!」と返事を返した。

 次いで、各々が班員のもとへと動いていく。


「――ちぃ」

「やぁー、よろしく」


 ユウリもまたレオン・ワードのもとへと赴いた。もっとも、歓迎されているとはとても言い難い間柄ではあったが。


 剣呑な視線で睨みつけてくるレオンに、ユウリは思わず苦笑い。

 けれど、このまま何もせずにおとなしくしておくことは叶わないことである。


「――次、ユウリ・グラールとレオン・ワード。二人は森へと入るように」


 教師であるズーグから指示の声を受けた。


「じゃ、入りますかね」

「――」


 伸びをするユウリと、沈黙のまま眉を寄せるレオンの二者は正反対の様子を見せている。

 チラリと隣を盗み見たユウリは、この二人で班を組んで本当に大丈夫なのかと疑問すら湧いて出てきた。


 ともあれ、ここまで来てしまったのならば文句を言っても始まらない。


「――入るか」


 レオンもまたそれを悟ったのだろう。

 どちらからともなく、彼ら二人は森の中へと足を踏み入れていった。



 ★


「思ったよりも道が整理されてるなぁ。獣道が少ない」


 道を歩きながら、ユウリは意外そうに目を丸くする。


 前回ユウリが入った森は、今歩いている場所から少し離れたところにある。その場所と比べると、この森はとても歩きやすい。


「……この森は毎年の一年生が課外授業に使うからな。定期的に魔獣は狩られ、道は最低限の人の手を加えられている」


 しばし驚いていると、背後から声が返ってきた。


「へぇ。よく知ってるな」


 彼がユウリの声に反応を示したことにもまた意外だと目を丸くする。てっきり、無視を決め込まれると思っていたからだ。


「貴族であれば自然と耳に入ってくる話だ。君には関係のないことだろうけどな」


 眉を顰めた表情は変わらない。しかし言葉を交わす気は少しはあるようだ。

 レオンの言葉に「ふぅん」と相槌を打つ。


「――お、アテナの花発見!」


 斜め後ろを歩くレオンから視線を外し、前を向いた。すると、幾つかの桃色の草を発見した。


 しめたものだと、ユウリは笑みを浮かべて目的のものを摘み取っていく。

 手際よく、一つ一つを丁寧に懐の中へと収める。その仕草を見たレオンが、ふと口を開いた。


「手慣れているな。こういったことは慣れているのか?」

「そりゃーね。傭兵だし」

「な……。君は傭兵なのか?」


 答えに、レオンは実に驚いたとばかりの顔をした。


 学生の身分でありながら、傭兵のライセンスを持っている者は少ない。なぜなら学園に行くほどの金銭があるのならば、傭兵などに身を置く必要がないためである。

 だが、ユウリはその傭兵という。


「どうして」

「生活するため」


 返ってきたのは簡素な答えだった。


「俺は特殊な体質をしているらしくってさ。詳しい説明は省くけど、魔力総量が増えない体なんだ」

「魔力が、増えない?」

「そそ。あとは魔力抵抗力もゼロ。笑っちゃうくらいの欠陥品だ。そんな俺が傭兵以外の職に就くことは、まー無理だった」

「――」


 レオンは絶句した。


 魔力総量が生まれながらに増えない。

 魔力抵抗力の値がゼロである。これらの事柄が何を意味するのか、理解できないはずがなかった。


 魔導社会と謳われている今のアルベルト大陸では様々なところで魔力が必要となる。

 旅をする上では飲み水を確保するために。火を起こすために。

 魔力は必要不可欠とすら言える。


 けれど、ユウリの魔力総量はそんな生活魔術を発動することすらできない。

 生活魔術の魔術式が刻まれた魔導機器すら起動することも叶わない。


 今しがたの言葉通り、そのような欠陥品を誰が雇いたがるだろうか。

 ユウリが傭兵の道を選んだことは至極当然の流れである。


「だから、君は――」


 脳裏に過ぎったのは、魔力測定の時。

 ユウリの魔力総量と魔力抵抗力を見て、レオンは彼が努力不足だと断じた。

 魔力総量も魔力抵抗力も、やはり努力次第では増える。ユウリが最低値を叩き出したのは、怠惰な性格が原因だと思い込んでいた。


 しかしこの話を聞けば、考えは覆される。

 怠惰なんてとんでもない。彼は自らが生きるために危険な道を歩いていたのだから。


「辛くはないのか?」


 もしも立場が逆であったならば、自分はどうしていたであろうか。

 おそらく人生を嘆き、外界を拒絶していた可能性すらある。


 なのにユウリ・グラールという男は気にした様子を一向に見せない。

 だからこそ、気になったことを口にした。


「別に。生きてるし、美味い飯も食べられる。これ以上望むことなんてないよ」

「――」


 生きている。

 食べ物を口にできる。

 それ以上のことは望まないと言ったユウリに、レオンはまたもや閉口を余儀なくされた。


 そのようなことを、レオンは考えたことがあるだろうか。今あるものを鑑みて、当たり前のことに感謝するということをユウリの言葉から連想した。


「うしっ。確か状態の良さも成績の加算点に含まれるんだっけ。ならこんくらい丁寧にやっとけば大丈夫かな」


 アテナの花の採取作業を終えたユウリが、一仕事終わったとばかりに額を腕で拭った。

 レオンと言葉を交わしながらも、着々と採取を進めていた結果である。


「さて、規定数まであとどれくらいだったか」


 確認しようと、事前に渡されていた課外授業の内容が記載された紙をユウリは取り出した。

 採取したアテナの花の数を規定数から引いて、残りの必要採取量を確認するためである。


 その姿を傍目で見守りながら、レオンは先の言葉を繰り返すように頭の中に思い浮かべる。ゆえに、というわけでもないが遠くを見るような目を空へと向けた。


 ――だからこそ、異変に気付けたのだろう。


「あれは――」


 レオンの目に映るのは、天へと登っていく一筋の煙であった。

 あれが何を指し示すのか。

 レオンには一つ、心当たりがあった。


「――っと。あれは?」


 レオンの視線に気付いたユウリもまた、空に上がっていく白煙を覗いた。


 あれはなんだと疑問に思い、首を傾げる。

 課外授業の内容がいくつか説明されたが、白煙が上がるなどとは一言も聞いていない。

 異常事態が起これば、打ち上がるのは赤い煙だとされていたはずだ。


「まさか」

「え?」


 ポツリと呟いたレオンの声に、ユウリは彼へと視線を向ける。

 しかしそれも一瞬のこと。


「――チッ。悪いが僕は先に行くッ!」

「は? って、ちょ、レオン!」


 すぐにレオンは走り出し、森の深くへと潜り込んでしまった。


 突然の行動に流石のユウリも呆気に取られる。数秒ほど動きを硬直させて、しかし状況についてすぐさま思考を働かせ始めた。


(どうなってるんだか。とりあえず、レオンを追うか)


 何やら嫌な予感というものを感じ取ったユウリは、森の深部へと姿を消していったレオンを追いかけることを決意する。

 胸の中で起こるざわめきが、彼を終えと告げていた。ゆえにユウリは走り出そうと動き出す。


 ――直後のこと。


「――っと!」


 バックステップで背後へと跳躍。

 少し遅れて、ユウリが踏み込もうとした地面にナイフが数本刺さった。


「随分と危ない真似をしてくる人がいるな。で、どちらさん?」

「おいおい、俺のことを忘れたとは言わせねーぞ」


 木々の上から落下するように滑り落ちて来たのは、灰色のローブを身に纏った怪しげな男だった。

 フードを目元まで深く被り、晒されているのは口元のみ。その両手にはナイフが逆手に握られ、鋭い眼光をユウリへと飛ばしている。


「いや、どちらさん?」

「このガキはいちいちカンに触る……ッ。前に森の中であったろうがよ!」

「――ああ、あの時の」


 正直なところ、全身をローブで覆われているため姿を見ただけでは思い出せなかった。

 ルーノの依頼に出向いた時、確かにユウリはこの男と邂逅を果たした。


「で。その襲撃者がどうしてこんなところにいんの?」


 あの時も今と同じ形で、突然の奇襲を受けたことを思い出す。ゆえに警戒を解くことはしない。

 いつ攻め手を受けても対応できるように、重心を落とした。


「ちょいと仕事があってな。悪いがここから先は通すことはできねぇよ」


 ユウリの問いに、はぐらかすような口調で男は答えた。

 わかったことはおとなしくここから先を通してくれそうにはないということと、何やらこのローブの襲撃者には目的のようなものがあると予想できる。その程度のことだ。


「というわけだ。お前さんにはおとなしく死んでもらうぜ?」


 晒された口元が吊り上がる。

 彼の視線まではわからなかったが、ユウリに殺気を含めた眼光を飛ばしていることだろう。安易に予想できた。


「――」


 男の立ち振る舞いを見据えながら、ユウリは思考する。


 先のレオンの表情を鑑みて、あまり悠長にこの場で立ち尽くすことは愚策と考えられる。男がこの場で立ち塞がっていることも含めれば、この先には何か(・・)がある。


「――しゃーないか」


 息を吐き、自らの手のひらに拳を打った。

 パンッと乾いた音が響く。


「お。殺される覚悟はできたか」

(ちげ)ーっての。さっさとあんたを仕留めることに決めたんだ」

「んだと?」


 剣呑な空気が生まれる。

 男がユウリに尖った殺意を向けた証拠だ。

 しかし、当のユウリは澄ました表情のままである。


「いいさ、見せてやる。俺の"魔波動"を」


 そして好戦的な笑みを浮かべて、拳を強く握った。




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