二人一組の相手
「――と、いうことがあった」
「……それは、なんというか」
時刻は放課後へと突入。
授業が終わって帰路に着こうとしていたユウリは、ばったりステラと出会った。出会ったといっても同じ教室なので、大層なことというわけでもないが。
そこで彼女と話したのは昼間のレオンとニールの、確執めいた何かがあると思わせられる対話場面について。
互いがそれぞれに思うところがあったからこそ、あのような剣呑な雰囲気になったのだとユウリは見ていた。
「そっか。だからさっきレオンが帰る時に落ち込んだ表情を……」
思い出すような仕草で声を落とすステラ。今日もまた彼女はレオンと会話することができずに一日を終えようとしていた。
それはレオンはすぐさま教室から姿を消すからだ。ちなみにフレアも同様である。
彼らは授業が終わり次第、いち早く教室から退散する筆頭なのだ。
最近ではそれも恒例の光景となっている。
「噂によると、ここ数日は夜中にふらっとどこかに出かけてるらしいし……」
「へぇ。そんな噂が」
「レオンによく似た人が外を出歩いてるらしい話を耳にしたの」
言葉に目を丸くする。
深夜に学園外に出ることは門限の規則がある以上、難しいと思うのだが。
やはり貴族の、しかも名のある身分であると色々な融通も利くらしい。
少しの呆れを含んだ息を一つ漏らしていたところ。
ステラの視線が自分に向いていることにユウリは気付いた。
「その、二人の様子はどうだった?」
「うーん、兄弟喧嘩にしては殺伐としてたかな。あの二人の過去に何があったのか気になるくらい」
「――」
やれやれとばかりに肩を竦める。
あの二人に何があったのかを知らないユウリからすれば、あそこまで殺意に近い視線を向けられることに多少の違和感があった。
「――あの二人の母君、アイリーンさんが亡くなったことから全てが始まったの」
ポツリと。
ユウリの言葉に呼応する形で、ステラは言葉を紡いだ。
「母親が亡くなった、ね」
「……レオンがまだ小さな子供だった時、馬車で移動している最中に盗賊に襲われたみたいなの。それで――」
護衛と共に殺害された。
運良く生き残ったのはレオンただ一人。
結果は残酷なものだった。
「それからニールさんは変わった。アイリーンさんの側にいたレオンの力不足を責めて、自分は力を求めるようになったよ」
「――」
「同時にレオンも変わった。自分の力不足を悔いていたから、強くあろうと努力してた」
レオンが魔術にも手を出し始めたのはその時期からだそうだ。
ステラの言によると、レオンは側にいながら母親を守れなかったことをとても後悔しているらしい。
しかし話を聞けば、当時の彼は十にも届かないような幼少の時。誰も彼を責めることはできないだろう。
だがニールは違った。
当時から剣の才に溢れた彼は自分が側にいたなら守れたとレオンを責めたらしい。そこから、彼ら兄弟の溝は次第に深まっていった。
「多分、レオンが今落ち込んでいるのは、自分の力を悔いているんじゃないかな。だから――」
「なるほどね」
彼は努力したのだろう。己の力不足を後悔しなくていいように。
そこに現れてしまったのがユウリ・グラールであった。
才能も努力もないと、魔力測定で決定付けられた。しかしいざ模擬戦になるとそんなユウリにすら彼は敗北してしまった。
レオンが気落ちするのも仕方のないことなのかもしれない。
(しっかし、まだ引っかかるんだよなぁ)
ステラの話を聞いてワード家の兄弟の確執は頭に入った。それでも気になる部分がなくなったわけではない。
――あまりにも、レオンがニールに対して敵意を抱いていたからだ。
言葉で語るでもなく、魔術を発動したレオン。
ニールの言葉を聞くこともせず、レオンは兄の行動を強く拒絶して遮った。
今の話を聞いたとしても――それでも過剰な行動ではなかったかと首を捻ってしまう。
「……そういえば、レオンは何か言ってた?」
昼間の出来事を思い出している中でステラから弱々しい声色での質問が飛んできた。
何か、とは。
それはおそらくレオンが彼女自身について何か言っていたかということだろう。
「ああ。ステラのことを心配してたよ」
「……そっか」
その言葉を聞いて。
どこか寂しくも、しかし少しだけ嬉しそうに頬を緩める姿がユウリの目に入ってきた。
★
「来週、前々から言っていた課外授業を行う」
次の日の朝のこと。
獅子組の教室の席に座る生徒の前で、ズーグはそう宣言した。
「細かい日程も昨日の職員会議で話し合った結果、私の担当する諸君らは課外授業を一番最初に行うことが決定した。そのため、来週までにはしっかりと準備をしておくように」
「装備や荷物、それと心構えのな」と。
担任教師の彼はクラスの生徒全員をゆっくりと見渡した。
「念のために、課外授業というものについての詳しい説明をしておこう。簡単に言うと、この授業は学園の生徒が初めて学外に出る、いわゆる意識付けのようなものだ」
課外授業という言葉自体は、この獅子組でなくとも第一学年の生徒の全てが耳にしているものである。が、実際にその内容を十全に把握している者は少ない。
ゆえに、ズーグは説明を始めた。
「安全が保障されている学内とは違い、外は何が起こるかわからん。その中に一年生の生徒を放り込むことによって、学外の危険性や森の中を進む上での知識を身につけさせる。こうしたことを学ばせることが目的だ」
言葉の通り、基本的にルグエニア学園内で危険度の高い授業などは行われない。例えあったとしても教師が近くで立ち会う模擬戦など。
しかし課外授業の場合は違う。学外で、なおかつ近くに教師はいない。
学内とは比べると何が起こるか予想できない森の中を、生徒は自分達の足だけで進むことになる。
「今回の課外授業の課題は、魔素を多く含むアテナの花の採取だ。二人一組の班を組んでもらい、目的のモノを採って来てもらう」
ズーグの二人一組という単語に、獅子組の生徒達がわかりやすく反応した。
ざわざわと声が鳴る。皆、誰と班を共にしようかを考えている様子だった。
「まあ、簡単に二人一組と言えばそうなることはわかっていた。なので、諸君らには申し訳ないがこちらで勝手に班を決めさせてもらった」
が、次の内容にその声も止んでいった。
教師の方で決められるのならば、自分達がどれだけ騒ごうと結果は変わらない。そう悟ったからである。
「各班のメンバーは後ろに貼ってある紙に記載しておいた。後でしっかりと確認しておくように。私からは以上だ」
一通りの説明が終わったことにより、「それでは次の授業の準備を始めるように」と口にした担当教師は獅子組の教室から早々に立ち去っていった。
本日の最初の授業はこの教室で行われる座学である。そのため時間に余裕のある生徒一同は、ズーグが出ていった瞬間からすぐさま後ろに貼られてある用紙の方へと歩いていった。
全員、誰と班を組むことになるのかを確認するためだ。
「げぇ、お前とかよ」「それはこっちの台詞だ!」「ふっ。僕と同じペアになれたんだ。光栄に思うのだな」「は、はい。ありがとうございます……」「流石はズーグ先生。ワタクシ達のことをしっかりペアにしてくださったのね」「そうみたいですね! よかったです……」
課外授業の組み合わせを知った生徒達が、次第に騒がしくなっていく。その中で、もちろんユウリも自分と班を共にする生徒は誰なのかを確認しようと、皆の集まりの方へと足を進めた。
「ちょいと通してくんない?」
「――」
「あ、どうも」
ユウリが声をかけると、避けられた。
あっという間に道が開ける。
レオン・ワードとの模擬戦を終えた直後から、基本ユウリは他の生徒から怪しげな者を見る目で見られているためだ。
が、ユウリは手慣れた様子で気にすることなく会釈する。そして班が記載されている紙へと目を通した。
「さぁーて。俺の班は誰かな――あ」
思わず間の抜けた声を上げた。
ユウリの名前は第十一班の場所に記されている。その隣には、見知った名前もまたあった。
「――ッ」
その人物も、どうやら今この場に辿り着いたようだ。
紙を見て、目を丸くし、そしてこれ以上ないほどの不機嫌な表情へと変わる。
「やぁー、縁が絶えませんな。よろしく――レオン」
課外授業の班員となったレオンへと声をかけた。
ユウリの名の隣には、レオン・ワードと大きく刻まれている。どうやら彼がユウリと班を共にする、ある意味で選ばれた生徒だった。
「また、君なのか。どうしてこうも僕の懐にやすやすと入ってくるのか……」
当のレオンの方は不機嫌な表情であり、また疲れたような顔でもあった。
今にも重い溜息を吐きそうである。
「まあまあ。仲良くやろうって。せっかく班員になったんだし」
「悪いが僕から君へと親交を深めようとする意思はない。ズーグ教師の采配だから従うが、余計なことだけはしてくれるなよ」
ギロリと睨まれた。
その視線や彼の様子には何やら余裕がないようにも伺える。
前回ニールと出くわした時もそうだった。
いきなり魔術を彼へと飛ばして、剣を向けた。
確かに彼は他人に対して当たりが厳しいように感じるが、理由もなく危害を加えようとするほどのものであっただろうか。
「なぁ。よくわからんけど、何かあったのか?」
「――ッ」
彼の態度に幾つかの引っかかりを覚えたユウリは、そう疑問を口にした。
すると。レオンの顔付きが変わった。
不機嫌なものから、とても苦々しいものへと。その変わりようが劇的なものであったため、さらにユウリは首を捻ることになる。
「……君には関係ない。僕はもう席に着く」
「あ――」
言葉を重ねようとして、しかし失敗する。
再度質問を飛ばそうとしたユウリであったが、その前に立ち去られてしまった。
「――」
レオンは逃げるようにして自身の席へと着席した。その様子を眺めるユウリの目が、自然と細まる。
(ちょいと課外授業中にでも様子見しておくか)
違和感がどうしても拭えない。
だからこそ、彼の様子に注意しておこうと心に留めた。
「そういえば、他の班ってどんな感じなんだろ」
課外授業において気にするべきことが一つ増えたと、息を漏らした後。
ふと周りの班がどのようなものになったのかを一望した。
それぞれの班に目を向けていくと、なにやら事前に関わりがあった者同士で班を組まされている者が多い。
どうやら教師もその辺りを考えながら班を組まさ組ませたのだろう。
「――ん?」
が、一つの班に目が止まった。
班員二人を目にして、ユウリは次第に苦笑いの表情へと変えていく。
「あ、はは。その、よろしくお願いします……」
「――ふん」
ステラとフレアの二人だ。
思えば彼女らはルームメイトでもある。だからこそ教師がこの組み合わせを選んだことも、無理のない話であった。
これは大変そうだと、ユウリは彼女ら二人にエールを送る。けれど自身も決して他人のことを言える立場にないことは自覚していなかった。
こうして課外授業の班が決定されて、時間が過ぎていく。
気付けば一週間という日数が経過し、あっという間に当日となっていた。




