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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
一章 学園入学編 後編
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女傑の警告

 突然の"岩断ち"の登場に、ローブの男とユウリの動きがピタリと止まった。


「――お。誰かと思ったら、この前のガキじゃねえか」

「エミリーさん、どうしてここに?」

「依頼途中でドンパチやってるような騒ぎがあったからな。様子見がてらにここに来たってわけよ」


「かははっ」と呑気に笑うA級傭兵。

 何も知らない者が見れば、この殺伐とした空気の中で何を呑気なと思うかもしれない。


 しかし彼女からしてみれば、ローブの襲撃者など脅威とも感じれないほど圧倒的な実力差がある。それほどの隔絶した差を他者との間に開かせているのが、A級傭兵という称号を持つ者だ。


「んで、そこの怪しい奴は何者だ?」

「さあ。急に襲って来たんでなんとも言えないっすね」

「なるほど。どちらにせよ理由もなく襲って来たんなら、とっ捕まえて理由を吐かせてみるか」


 よっこいせ、とばかりに大剣を構える。

 彼女の身の丈よりも巨大な大剣が、しかしエミリーの手によって軽々と持ち上げられた。


 ユウリは「うわーぁ」と呑気な口調で驚嘆し、ローブの男は彼女の威圧感に晒されてか、一歩下がる。


「――あんたはA級傭兵、"岩断ち"のエミリーか?」

「おうそうだ。だとしたらどうするんだよ」

「仕留めればそれなりの名声が得られる。あんたとここで一戦してみるのも一興だな」

「――くはっ」


 男の言葉に、エミリーが耐えきれないと吹き出した。

 その様子に男の口も止まる。


「あははは。そうかそうか。俺を仕留めるか」

「何がおかしい」

「いや、そんな言葉を言われたのは久々だなぁと。何より――」


 一歩、エミリーは踏み出す。

 ドンッと音がなりそうな、重くのしかかるような一歩だ。


「――あんた程度で、俺がやれるのか?」


 好戦的な笑み。

 来るなら来いと。歓迎してやると。その笑みが言っている。

 まるで獰猛な獣のようなその姿に、ユウリは引き攣った笑みを浮かべた。


 それはどうやら敵も同じらしい。


「……こりゃ、逃げるしかねえか」


 先ほどまでの好戦的な態度はどこへやら。

 自分が捕食される立場にあると気付いた男は、さらにもう一歩下がる。

 それは戦闘体勢から、逃げの体勢へと移行したことを意味していた。


「ん、なんだ。来ないのか?」

「用事を思い出したんだよ。そういうわけだ、ここで退かせてもらう」

「おうおう。俺の付き合いを断わるたぁ、いい度胸じゃねえか」


 チンピラの口調で、しかしとてつもない威圧感を放ちながら詰め寄るエミリー。


「――あばよ」


 本格的にこの場の危険性を察したのだろう。

 エミリーの威圧的な雰囲気を受け取った男は、脱兎の如くその場を駆け去った。


 一気に周囲へと拡散する白煙と共に。


「うおっ。なんだこりゃ!」

「煙幕……っ」


 一瞬にして辺りを覆う煙にユウリとエミリーの二人の姿が覆われた。


 ユウリは眉を顰めると共に息を止める。

 この煙が毒ガスである可能性を捨てきれなかったためだ。

 エミリーもそれがわかっているのだろう、すぐさま懐から一枚の布を取り出して口元に当てているのが先ほど見えた。


 それから沈黙の数秒が当たりを覆う。


 煙は案外すぐに晴れていき、しかし気付いた時にはローブの人物の姿は周囲には欠片も存在していなかった。


「こりゃ……」

「逃げられたっすね」


 もはやあのローブの男の気配はどこにも存在しない。

 今から追いかけたところで、追いつけるかは甚だ疑問である。


「ちぃ。煙幕なんてもん持ってやがるたぁな」

「もう少し警戒しておけばよかったですね」

「油断しての失態だな。かーっ。A級傭兵の名が泣くぜ」


 額を覆ってエミリーは自分の失態を嘆いた。


 彼女自身、煙幕の存在を気にしていれば逃がすようなことはなかっただろう。もっともそれは厳しかっただろうが。

 まさか敵がそのような魔導機器を持ち歩いていることを想像する方が変わっている。あの魔導機器一つでどれだけの値を張るかを考えれば、それも仕方がない。


「まああんなもん使うってことだ。そこらのチンピラってわけじゃあないらしい。お前も奴と戦闘したんだっけか?」

「そうっすね」

「感想は?」

「それなりに腕が立つようで。おそらく危険度C+級は堅いんじゃないかと」

「俺も見ただけだが、そのくらいか」


「よっと」と大剣を軽々動かして背にあるホルダーに仕舞う。


 ユウリの感想としては、先ほどのフードの男の実力はそこらのゴロツキの遥か上を行くものであった。

 危険度で表すなら、C+級。ルグエニア王国が誇る王国騎士団の正規騎士と同レベルの実力者だろう。


「灰色のローブ。あの噂の奴らか」

「噂の奴ら?」

「ああ。そういやお前、確かユウリ・グラールだったか?」

「おっと。もしかして俺って有名人?」


 突然名を呼ばれて、目を丸くする。

 しかしエミリーはそんなユウリに呆れた顔を見せた。


「前に名乗っただろうが」

「あ、そうでしたわ」

「とりあえず今から暇なら面貸せ。暇でなくても面を貸してもらうが」

「いやそれ強制。俺に選択権がないよな?」


 まさかの言葉にユウリは苦笑した。

 しかしエミリーには構うものでもなかったようである。


「ほれ、キリキリ動くぞ」

「うへぇ。面倒だな……」

「なんか言ったか?」

「いえ何も」


 ギロッと睨まれたので、愛想笑いで誤魔化した。


「つーわけで、ほら。周囲も暗くなってきたから、これを使え」


 言われて上を向くと、確かに夕日が完全に落ちていく空模様が見える。


「これは門限に遅れるな」と。

 息を一つ吐いていたところ、エミリーから何やらあるものを投げ渡された。


「これは、魔導ランプ?」

「ああ。携帯用の奴がちょうど二つあったからな。貸してやるよ」


 受け取り、視線を手元に落とす。投げ渡されたものは、小型カンテラの形をした魔導機器であった。


 それなりに値が張る代物だが、彼女ほどの傭兵ともなれば持っていても何ら不思議ではない。

 夜の森は足元が見え辛いため、これがあるとないのとでは足の進みもまるで違う。ゆえにエミリーはユウリにそれを渡したのだろう。


 しかしユウリは。


「やぁー、いらないっす」


 それを返した。


「なんだ。お前も持ってるのか」


 その仕草に目を丸くしながら、ユウリから返された魔導ランプを受け取る。

 学生の身分であるユウリがその魔導機器を持っていないと踏んだようで、返されたことに意外そうな顔をしていた。


 しかし、ユウリが彼女に魔導ランプを返却した理由は彼女の思っているものとは全く違う。


「いや、持ってるんじゃなくて。使えないんだ」

「使えない?」

「そそ。俺、魔力総量が低すぎて魔導機器を起動させられないんす」


 悲しきかな。

 魔力総量が増えることのないユウリは、簡単な生活魔術すら使えない。

 それは魔導機器を起動するために必要な魔力量にも足りないものである。


「は?」


 言葉を聞いて、エミリーは唖然としていた。

 無理もない。魔導ランプすら起動できない魔力量を持つ人間など、聞いたことがないのだから。


「――」

「――やぁー、エミリーさん?」


 冷たい風が吹き抜ける。

 エミリーが再起動するまでの時間、二人の間には何やら気まずい空気が降り立っていた。



 ★


「――ったく。魔導ランプすら起動できない奴なんて聞いたことがねぇぞ」

「それはあんまり言わないで欲しい」


 どっかりと腰を下ろしたエミリーに、ユウリは苦笑することしかできない。

 しかし彼女の反応も最もなものだろう。

 ユウリだって、自分以外で魔導ランプを起動できない者など生まれたての幼子くらいしか知り得ない。


「まあいい。本題に入るぞ」


 そんなユウリの様子に、しかしエミリーはあまり気にすることなく言葉を続けた。


「前にも忠告したと思うが。最近、この学園都市の近くで怪しげなローブの奴らが目撃されているって話は知っているか?」

「一応」


 エミリーに連行されたユウリは、彼女と共に一つの酒場へと足を運んでいる。


 時間はすでに夕方を過ぎて、夜に差し掛かっている。

 もはや学園の門限を過ぎているのだが、そこはルーノに人肌脱いでもらうよう泣きつくことにした。

 元を辿ればルーノの依頼を受けたことによりこのような状態になっているのだから、彼に助けてもらわなければ割に合わない。


「さっきのローブの男は、多分その噂と同じローブを着ていた」

「ということは、さっきの奴が噂の元凶ってこと?」

「元凶かは知らんが、何かしらの関わりはあるだろうよ」


 いきなり襲いかかってきた襲撃者。

 そのような奴がこの学園都市ロレントの周辺に身を隠している可能性があるとのこと。

 ゾッとする話である。


「俺達傭兵もそのことについて、少しばかり調べていてな。そしたら、そのローブの集団がとんでもない奴らの可能性が出てきた」

「とんでもない奴ら?」

「――盗賊団、"暴れ牛(オックス)"だ」


 "暴れ牛"。

 その単語を聞いて、ユウリの視線は鋭さを増した。


「"暴れ牛"。前に聞いたことがあるような」

「危険度B−に認定されているお尋ね者、ズティングが率いる凶悪な盗賊団。討伐にはA級傭兵が当てられるほどの面倒な奴らだ」

「そんな奴らがどうしてここに」

「さぁてな」


 ユウリの疑問に対して、エミリーは肩を竦める。彼女にしてみれば、どうしてこの近くにそのような盗賊団が(たむろ)しているのかなど興味がないのだろう。


「でも、それってまだ噂の段階なんすよね?」

「ああ。まだ真実味があるわけじゃあない」

「ならまだ"暴れ牛"と決まったわけじゃないってことか」

「まあな。ただ、さっきの襲撃のことを考えると身構えておくに越したことはないかもしれねぇ」


 そこで彼女はジョッキに注がれた麦酒を一気に飲み込んだ。

 ゴクゴクと盛大な音を鳴らし、「ぷはーっ」と気持ちよさそうに息を吐く。


「かーッ! 仕事終わりの酒は格別だ! ほれ、ユウリ。お前も飲め」

「学生に酒を進めるのはいけないと思うんだけど」

「細けえことは気にしなくていいんだよ」


 グイグイと進めてくるエミリーにユウリは苦笑した。

 飲酒には厳密な法律こそないが、ルグエニア学園の校則にはしっかりと飲酒についての規則がある。もしも学園生徒の身でありながら飲酒をすれば、相応の罰が待っているのだ。


「まあ飲むけど」

「それでいい」


 しかし傭兵業をこなしていれば、酒の一杯や二杯は付き合いで飲まなければならなくなる。

 それを知っているユウリは、与えられたジョッキの酒をすぐさまゴクリと飲み干した。

 未だ未成熟な身体でありながら、実は滅法酒に強いユウリ。あまり見た目で舐めないでもらいたいと、視線でエミリーへと告げる。


「いい飲みっぷりじゃねえか」

「どうも」


 渡されたジョッキを返しつつ、眉を寄せながら口元の麦酒を拭う。

 飲めるは飲めるが、実はあまり酒が好きではないユウリであった。


「それで、俺をここに連れて来た理由は?」

「なんとなくだ」


 明け透けもなくそう言い切ったエミリー。

 さすがのユウリも目が点になった。


「嘘だ」

「ですよねー」


 さすがにエミリーの冗談であったらしい。


「とはいえ、別に大したことじゃねぇよ。警告と注意喚起ってところだ」

「注意喚起?」


 麦酒を煽るエミリーに、ユウリは首を傾げる。


「ああ。確か学園の一年共は、近い内に課外授業ってやつがあるはずだ。当然お前も知ってるだろ?」

「……なにそれ」

「お前、仮にも学園生だろうが。知らないのか?」

「やぁー、いつも授業は寝てるからな」


 呑気な笑みで頭を掻く。

 対面に座るエミリーはどこか呆れた視線を飛ばした。


「……まあいいか。その課外授業ってのがこの学園都市ロレントの近隣の森で行われる。もちろん学園側も危険のないよう努めるとは思うが、気にしておいた方がいいかもだぜ」


 真剣な表情で告げられた言葉に、ユウリもまたコトンとグラスを置く。


 学園都市の周辺には盗賊団が潜んでいる可能性があり、同時に近々学園の授業で課外授業なるものがあると教えられた。

 注意喚起とエミリーは言ったが、つまりユウリ側でも目を光らせておくようにと忠告していることに他ならない。


「じゃ、エミリーさんがさっきまで森の中にいたのも?」

「おうよ。学園側からの依頼だな。比較的危険度の高い魔獣を狩ってたところだ」


「学生が円滑に課外授業に臨めるようによ」と。エミリーはさして興味もなさげにグラスに口を付けた。


「――ま、つーわけだ。お前ぇも気をつけとけ」

「……了解っす」


 神妙な顔で頷く。

 "岩断ち"と名高いエミリーからの助言である。無視するにはあまりにも大きな話であった。

 出来る限りの注意はしておこうと、彼女の言葉を脳内に留めておくことにする。


「さて。俺はそろそろ帰るとするか。お前はどうすんだ?」

「俺も帰りますかねー。というか、帰らないとやばい」


 窓の外を見ると、すでに夕日は完全に落ちている。代わりに天高くから学園都市を見下ろしているのは、優しげな光を発する月だ。

 このままいつまでも時間を潰していれば、それこそユウリは学園側からどのような説教をされるかわかったものではない。


「そうか。もしもまた何かあれば、俺を頼れ。いいな?」


 エミリーは残っていた酒を全て飲み干す。そのまま立ち上がった。


「――わかりました。その時は頼らせてもらいます」


 申し出に、おとなしく頷く。

 そのユウリの姿に、「おうっ!」と彼女は快活な笑みを見せた。


 二人はそれからもう一言二言だけ言葉を交わして、それぞれの帰る場所へと帰還していった。

 ユウリは学園の寮室へと。

 エミリーは借りている宿の一室へと。


 彼らの姿は夜の街へと溶け込んでいった。


 ちなみに、ユウリの卓越した隠密行動の技術により門限を過ぎて寮室へと帰ったことは見つからなかった。そのため、ルーノに泣きつくことはなかった。



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