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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
一章 学園入学編 後編
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ローブの襲撃者

 木々が生い茂る中で、黒い外套を身につけた一人の少年が歩を進めている。

 先日、ルーノから依頼を与えられたユウリ・グラールであった。


「そろそろか」


 全身を漆をぶちまけたような漆黒色で覆うユウリは、夕刻を過ぎようとしている茜色の空を見上げる。

 このまま長居をしていれば、間違いなく夜に差し掛かってしまうだろう。


「思ったよりも遅くなったな。それにしてもルーノさんの人使いの荒さはどうにかならないのか」


 今回の依頼内容も薬草を取って来て欲しいというものだった。

 傭兵ギルドを通さずの直接の依頼であったため、規約に縛られることはない。だが、傭兵ギルドというものは依頼を成功させた数により信用を得られるため、ギルドを通さないこの依頼を受けることは少しばかり損をした気分になる。


 しかしあの偏屈研究者のおかげでルグエニア学園に通うことができていることを考えれば、その文句を喉から通すことはできなかった。


「さーて。早めに帰らないとな」


 ルグエニア学園の寮には門限というものが存在する。なので、あまり遅くまで森の中に滞在することは避けるべきだろう。

 ユウリは程よく疲れた足を引きずり、学園都市へと向かった。


「――」


 そして、足を止める。


「――なんだ?」


 ポツリと呟いた。

 また、辺りを見渡す。


 肌で感じる空気が突然、変化した。

 最初こそ気のせいかと思ったが、脳内の奥深くから何らかの警告が発せられるような気がしてならない。

 まるで殺気のようなものを浴びているような気が――。


「――っと!」


 咄嗟にユウリは屈み込む。同時に、風を切る音が耳に届いた。


 頭上。先ほどまでユウリの胴体があった部分に何かが通過する。

 乾いた音と共に地面に刺さるその物体。それに視線を向けると、なるほど。


 ギラッと光る、銀色のナイフが雄々しく突き刺さっていた。


「……いきなり、何者っすかね」


 ナイフが飛んできた方向はおよそ把握できた。

 次なる攻め手に対応できるようにバックステップを図り、距離を取る。

 ユウリの睨みつけるような視線の先。そこには全身を灰色で覆ったローブの人物が立っていた。


「今のを避けるか。予想外だ」

「そりゃあれだけ殺気を撒き散らせば、ねぇ」

「へぇ。ただのガキだと思っていたが――」


 樹木の枝の上に、器用に足を付けていた男。しかしふっと足を踏み外したかのように、静かに地面へと降りていく。


「――まあ、死んどけ」

「――っ!」


 地面へと着地した瞬間、即座にユウリへと接近してきた。

 突然の襲撃に眉を寄せる。が、ユウリはローブの人物の動きに反応した。


 相対する敵の両手には二対のナイフが見える。

 右手と左手から振るわれた斬撃が、ほぼ同タイミングでユウリへと迫った。


「おっと!」


 それを体を捻って躱しつつ、さらに距離を取ろうと背後へ跳躍。しかし敵も簡単には距離を稼がせてはくれないらしい。


「いいねぇ。いいねぇ。退屈しなさそうだ」

「あんたの方は良くないな」

「ぬっ!?」


 距離を詰めてユウリへと襲いかかってくるローブの人物であったが、ユウリとて何年も傭兵の依頼を積んできた猛者である。

 素早い動きをしっかりと目で追い、迫るナイフをスルリと躱す。


 躱したその先には隙のある敵の姿が。


 一歩踏み込み、弓なりに腕を引いて。

 まるで弾丸のように右拳を直進させた。


「グガッ……!」


 呻く声と共にローブの人物は吹き飛ぶ。


 とても目の前の少年が繰り出したとは思えないような、重い一撃。これを受けたローブの人物は思わず瞠目した。


「――チィ」


 宙を舞うローブ姿の襲撃者は、拳が襲った腹部に手を当てながらも空中で咄嗟に回転しつつ地面へと着地。その後、心底驚いたとばかりの様子でユウリの方へと視線を向けた。


「速いな。ガキ」

「そっちは遅くはないけど、結構隙があるな」


 手足をブラブラと。

 準備運動を終えたかのような口調と態度で襲撃者と接する。

 そんなユウリの姿にローブの人物は、研ぎ澄まされたような鋭い殺気と怒気を飛ばした。


「ふはっ、調子に乗ってると痛い目みるぜ?」

「実際に痛い目見てるのはおっさんの方だけどね」

「おっさ……ッ!」

「声からして相応に歳食ったおっさんってとこかな。傭兵崩れか何か?」


 軽薄そうに、しかし観察をするようにユウリは目の前の男を覗く。


 なぜ突然襲われたのか。その理由はわからない。

 しかし襲ってくるのならば黙って殺される道理はないと、全力で抗う所存だ。


 ユウリは敵を殴りつけた己の拳を握る。

 牽制の意味でもありはしたが、相応の威力を込めた一撃だった。

 それをまともに受けて、しかし一撃で倒れる様子はない。ということは、敵もそれなりの身体強化を会得していることになる。


 少なくとも一般人ではなく、何かしらの戦闘職に就いている者だろうと予測した。


「――ふはっ」

「んむ。何かおかしなことでもあった?」

「そりゃおかしいだろうさ。ここまでガキにコケにされたのは初めてだ」


 くははっ、と。

 顔に手を当てて笑う、ローブの男。

 灰色に染まる襲撃者の笑い声が、一頻り森の中を響いた。


 そして。


「殺す」


 明確な、ユウリだけに向けられた鋭敏な殺意。肌に突き刺さるようなそれが、ユウリを襲った。


 しかしユウリは動じない。この程度の殺気は、それこそ傭兵として活動している間に何度も受けた経験があるからだ。


 とはいえ。


(――やぁー。これは奥の手を使うことになるかもな)


 敵を冷静に観察した結果、簡単に通してくれるような相手でもないことは確かであった。それなりの覚悟を決めなければ、足をすくわれる。その程度には実力が拮抗した相手であると。


 握った右の拳から、甲高い音が木霊し始める。これはユウリの戦闘準備が整った合図だ。

 敵もいつでも襲いかかれるようにと、両の手のナイフを逆手持ちにして構えている。


 一触即発。

 互いの間に、吹き抜けるように風が舞う。

 その風が木々を静かに揺らし、そして枝から葉が一枚零れ落ちる。


 葉が地面に着いた瞬間には、ユウリはローブの人物の懐へと入っていた。


「ちぃ!」

「――」


 舌打ち混じりに対応するローブの男。

 敵の動きを漏らさないと、これでもかというほど見つめるユウリ。

 片方のナイフを躱し、もう片方のナイフは()で弾く。


「なに……!?」


 まさか獲物を拳で弾かれるなど、素手で弾かれるなどとは思わなかったのだろう。

 二度目の驚愕にフードの下から瞳を揺らす襲撃者。

 それを一瞥するでもなく、ユウリは遠心力を利用した回し蹴りを叩き込んだ。


「ぐぅ……!」


 入った。

 ユウリはそう確信したが、敵もどうやら簡単に終わらしてはくれなかったようだ。

 交差した腕で回し蹴りをガード。後にその足先を掴んだ。


「――ラァッ!」

「うおっ」


 これにはユウリも多少なり驚く。

 足先を掴まれて、引っ張られれば体勢を崩すのは必至。

 構えが解けて、地面へと転がってしまった。

 つまり大きな隙を見せてしまったことに他ならない。

 隙を見せたらどうなるか、考えるまでもない。


「死ぃねぇぇえ!!」


 砂漠の中でオアシスを見つけたかのような勢い。

 難敵であるユウリのその隙を、千載一遇の機会(チャンス)と考えた男は、獲物に飛びかかる獣の様子で迫った。


 それを受けてユウリは。


「――仕方なし、か」


 溜息でも吐きそうな表情で、体勢を崩しながらも迎撃の体勢を整える。


 最小限の被害で、最高のカウンターを叩き込む。そのような腹づもりで臨んだ、交錯の一瞬。


「――ッ!」


 ――結果的に、その一瞬が来ることはなかった。


 強烈な衝撃が両者の間に、地面を伝って訪れたためである。


 割れる地面。

 それを眺めて、唖然と立ち惚けを喰らう襲撃者と、「ヒュー」と口笛を漏らすユウリ。

 二人は同時に、その発生源へと目をやった。


 地割れが起こるその先。

 そこには、一人の女傑が立っていた。


「――おいおい。森が騒ぐから何かと思って来てみりゃ、面白そうな現場に遭遇しちまったぜ」


 驚くほどの軽装。

 革を鞣した防具と肩当を身につけただけの、簡素な防具。

 地面へと手を添えて、もう片方の手には巨大な大剣の柄が握られている。


 色素の薄い灰色の髪。その下に控える、凛々しく光る茶の眼光が煌めく。


 "岩断ち"のエミリー。

 A級傭兵として名を馳せる彼女が、ここに君臨した。




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