不穏な気配
青空広がる空の下。
「やぁー、今日もいい天気だな」
「――」
「こんな日にはどこかの草むらで昼寝でもしたい気分になる」
「――」
「そこんとこ、フレアはどう思うよ?」
「じゃ、あんた一人で勝手に昼寝してくれば?」
バッサリと言い切る銀髪の少女、フレア。
いつものようにツーンと些か冷たい態度をとる彼女に、ユウリは「手厳しい」と苦笑しながら食事の手を進める。
二人はここ数日、毎回のように通っている第一食堂でまたもやバッタリと出会ってしまった。
そこからは想像するのも容易いだろう。流れるような動作でユウリは彼女の座る席へと着席していった。
「あんたも本当、諦めないわよね」
「諦めないって?」
「私と関わろうとすることよ。ここまで拒絶されたら、普通はすぐにでも離れると思うんだけど」
「そこは器の大きさが常人とは違うってことで」
「器の大きさというよりは図太さね」
呆れ気味な溜息を吐かれる。
もはや彼女の方がどこか諦めたような表情をしているのは気のせいだろうか。きっと気のせいだろう。
「そこまで図太く私に付きまとう意味がわからないわ……」
「前から言ってるじゃん。飯の恩」
「んな理由で付きまとわれるこっちの身にもなりなさいよ」
ジト目を向けられつつも、ユウリは気にしない。
彼は普段こそあらゆる生活の場面ではルーズさを見せるが、こと食事の施しを受けたとなればその恩は必ず返すという心構えを貫く。
食に対する意地もここまで行くと清々しくなってくるが、しかしフレアからすると堪ったものではなかった。
なまじ、まだユウリの言葉を完全に信用しているわけではないので、なおさら。
「――おや。また会ったね」
「……ん?」
視線を気にすることなく皿の上にある料理を食していたところ。
背後からの声に、ユウリはふとそちらの方を向いた。
どこかで聞き覚えのある声だと思っていたが、背後に立つ金色の髪を見て目をパチクリとさせる。
同時、フレアもまた彼の存在に気付いた。
「あなたは確か、ニール・ワード」
「これはこれはフレア君。君に名前を覚えてもらえてなによりだ」
「あっそ」
温和な笑みを浮かべて、ニールはごく自然な動きでユウリ達の近くの席へと座った。
最初こそ金色の髪と瞳を携えていることから、なにかと縁のある同級生のレオンと見間違えそうになる。
だが、よくよく見ると顔の造形はやはり少しだけ違うこともわかる。
最も、似ていることは確かであったが。
「それであなたの方は何の用なの?」
「いやいや。特に用なんてないさ」
「変な先輩ね」
「変な先輩とは初めて言われたよ」
「はははっ」と愉快そうに笑うニール。
仮にも貴族が平民の立場にあるフレアの辛辣な言葉を軽く流せることに、ユウリはとてつもない違和感を覚えてしまう。
偏見と言えばそれまでだが、貴族というのは自らの立場を軽んじることを良しとしない。
よく言えば自らの立場に誇りを持っており、悪く言えば他者、特に平民を見下す癖がある。またそういった姿を今までユウリは何度も見てきた。
記憶にあるような貴族像。しかし彼らと比較すると、ニールからはそのような印象をあまり感じられない。
珍しい貴族もいたものだと、ユウリは頬杖を突きつつニールを眺めていた。
ふと。
ニール・ワードの後ろ。
そちらに視線を向けた時にユウリは気付く。
ニールと同色の、金色の髪を揺らしながらこちらに近付いてくる人物。その隣には空のように蒼い髪をした少女もいる。
レオン・ワード。
先日、ユウリとの模擬戦にて学園の医務室に送られた少年だ。
よくよく見ると動きがぎこちない。未だ模擬戦の時の傷が完全には癒えていないのだろう。それでも一日で歩けるまでに回復したのは大したものだと言える。
「――ッ」
どうやら向こうもユウリ達の存在に気付いたようだ。
また、その近くにはもう一人。
一年生ではない、彼と似通った容姿をしているは生徒の姿があることにも、また気付いたことだろう。
「――おや? レオンじゃあないか」
「……兄上」
レオンが近づいて来る姿を一瞥したニールが、彼に対してそう声をかけた。
対するレオンの方は、非常に歯切れを悪くしたような表情を浮かべる。
兄上。
その言葉で二人が兄弟だということを察し、そして納得もする。
髪や瞳の色もそうだが、顔の造形も似ている。むしろこれで全くの赤の他人であれば驚くほどだ。
「ステラちゃんも元気そうだね」
「ニールさん」
「相変わらず弟の後ろを付いてきているのか。あまり君もレオンに振り回されないようにね」
「……私は」
ステラの方はそこで言葉を切った。
何かを言おうとして、しかしそれを飲み込むかのように。そしてその表情は、彼の前だと居心地が悪いと言外に語っているようでもある。
「ふぅん。兄弟、ね。仲はあんまり良くないみたいだけど」
ポツリとフレアが呟く。
それはユウリが今しがたに感じていたことでもあった。
先ほどの会話から二人は血の繋がりのある関係なのだろうことがわかる。
けれど、それにしては何とも居心地の悪い雰囲気を醸し出していた。
「兄上は、なぜここに?」
チラリと視線がこちらに向く。
彼の言わんとしていることはユウリもおおかた察することができた。
どうして自分とフレアのもとに、ニールがいるのかということ。それを彼は問うたのだ。
疑問と警戒を含んだ視線を送られたニール。
しかし表情を崩すことはしない。むしろ微笑すら返した。
呆れを含ませた、出来の悪い弟を嗜めるような笑みである。
「決まってるじゃないか。ワード家の名を背負うべく、最低限の交流関係を築いてるだけだよ」
「最低限の交流、ですか。しかしそれがどうして彼女と関わることに」
「もちろん立場の話だね。打算的な話になってしまうが、"剣皇"の名声を手にするワード家が加護持ちの動向を気にするのは当然のことと思うけれど」
「動向を気にして、それでどうするのですか」
「決まってるさ。彼女の思想、実力、そしてこの学園にどのような影響を与えかねないかを測るんだ。綺麗事だけでは守れないものもある」
「特に、強大な力の前ではね」と。
ニールは念を押すようにフレアに対して視線を送った。
それはレオンに対しての言葉でもあったが、同様にそれを聞くフレアにも知らせるためのものでもある。彼女もそれを察したのか「ふんっ」と鼻を鳴らした。
少しだけ不機嫌な表情を表に出す彼女の姿に、再びニールは笑みを見せる。
しかし次の瞬間。
鋭い視線がレオンへと飛んだ。
「レオン。君は確かに正しい道を行こうとする姿勢が強く、そしてそれは多くの者に賞賛されるだろう。でもそれだけじゃこの世界は渡ってはいけない」
「……」
「"力なくして守れるものはなし"。父上にも良く言われているだろうに。何より、君はそれを痛感しているはずだ」
「それは――」
「ま、今はいいさ」
ニールはレオンが言葉を吐き終わる前に、これ以上言うことはないとばかりに席を立つ。
「もう行くんっすか、先輩」
「ああ、ユウリ君。僕も何かと忙しい身だからね」
席を立った彼は、最後に笑みだけを見せて踵を返した。
立ち去る際にフレアに対して、「じゃあ」と声をかけることも忘れずに。
「ああ、それと」
「……」
「レオン。君も鍛錬を怠らないように」
「……っ」
弟の側を横切る時に、小言を幾つか。
その後レオンの横を通り過ぎ、そしてニール・ワードは姿を消していった。
取り残されたのは何かを耐えるような表情をしているレオンと、それを気にするかのようにチラチラと視線を向けるステラ。
それを眺めるユウリとフレアの四人である。
「前も思ったけどさ」
「……なによ?」
「あの先輩、立ち振る舞いに隙がねぇーなっと思ってさ。いつでも剣を抜けるような、そんな体勢だった気がする」
「それについては同感ね。少し見ただけでも、この学園の中でさえ頭一つ抜けてると思うわ」
視線を鋭くしてフレアはそう言った。
ユウリとて傭兵として長らく仕事をしてきた身だ。それこそ命の危険を感じる経験をしたことも一度や二度ではない。
いくら大陸最大の規模を誇るとされる王立ルグエニア学園といえど、そこらの学生よりは遥かに優れた観察眼をユウリは持っている。
その観察眼で分析した結果、あのニール・ワードと名乗る生徒はこの学園の中でも飛び抜けた実力者であることを理解した。
大陸中の、それこそ何人もの優秀な生徒が在籍する中。しかしそれでも彼は他の追随を許さないほどの圧倒的存在感を放っている。
「――まあ、それはそうだろうな」
二人の言葉が耳に入ったのだろう。
レオンは目線を落として、その言葉にポツリと呟くように返答する。
「学園の中でも最上位に位置する"五本指"。その中でも兄上は序列三位に名を連ねる――最強の魔剣士なのだから」
どこか諦念を感じさせる声色でそう言った後、レオンもまた踵を返していく。
「あ、レオン!」
「ステラ。悪いが、今は一人にしてくれ」
「あ――」
どこか暗い感情を灯したような顔と声。
それを受けたステラは彼を追いかけることができなかった。
ユウリとフレアが見守るその中で、レオンもまた姿を消していく。
後に残った三人の間には、何やら冷たい空気が流れ込んで来るように感じられた。
★
ここは学園のとある一室。
「――セリーナ総会長。来週から行われる課外授業の準備をあらかた終えて来ました」
自らチャームポイントと自負する眼鏡をクイッと上げ、言葉を告げるのは一人の男子生徒だった。
その生徒の名は、レスト・ヤードという。
学園総会において、副総会長の座に就任している生徒である。
その彼の言葉を受けて、対面に座る少女が顔を上げた。
「あら、思ったより早かったわね。他の子達は?」
「それはわかりませんね。僕は自分の仕事を完遂させて、ここに戻って来ているので」
「そう。じゃあ傭兵ギルドの方にも手配は済んだようね」
鈴の音のような声が室内に響く。
心地よい声音を発したのは、セリーナ・ルグエニア。
学園総会、会長という肩書きを背負う王族の一人である。
輝く太陽のような眩しさを思わせる金色の髪と、エメラルドを埋め込んでいるかのような、鮮やかな深緑の瞳を持った少女。
ルグエニア学園の制服の左胸部には、他生徒とは格の違いを示すかのように赤い刺繍が施されている。
それはこの学園の生徒の中で頂点に君臨する者である証だ。
「まあ少し、気になる話も耳に挟みましたが……」
「例の盗賊団のこと?」
「ええ。"暴れ牛"、だったか。東の方で暴れまわっていた奴らがこの街の近くに潜んでいるという話を傭兵ギルドで聞きましたよ」
レストは肩を竦めた。
これから一年生に訪れる初めての試練の期間にそのような噂話を聞かされたことで、やれやれと首を回している。
「と言っても、例年通りに総会実働部員を動かすつもりです。凶悪な盗賊団といっても、発見さえできればあとは本職の傭兵や教師に任せればいいはず。心配することはないと思いますがね」
言いつつ、セリーナの手元に資料の束を差し出した。彼女はそれを受け取り、目を通す。
渡された書類は課外授業の企画書だ。
実質、一年生にとっては初めての学外授業となるもの。
運営する立場にある学園総会の方でも、細心の注意を払う必要はある。
万が一、といったことが起こらないように。
「――概ね大丈夫そうね」
目を通して、ぽつりと言った。
資料を再度手に取ったレストは一礼。
「では別の仕事があるので」と一言だけ添えて、再び室内から姿を消していった。
扉が閉まり、彼の姿が完全に消え去る光景をセリーナはただ見守る。
「――」
課外授業。
毎年のように行われる恒例の授業で、学外での活動を取り扱うもの。
もちろん学外ということで、危険を最小限にするためにも様々な仕事を学園総会が行っている。
先のレストや他の会員達もそのために奮闘していた。
しかしセリーナはなぜか胸騒ぎを覚える。
その理由はわからないが、胸の中に何かが詰まったような感覚が拭えなかった。
「今年も、何事もなければいいのだけれどね」
息を漏らす。
その言葉には、少しだけ不安の色が含まれていた。
★
「失礼します」
キィッと軋むような音を立てて扉が開く。
学園長メイラス・フォードの佇む一室、すなわち学園長室の扉を開いたのは、第一学年獅子組を担当する担任教師のズーグであった。
「ふむ。よく来てくれたのぅ」
「学園長の言葉となれば、無碍にできるはずもありますまい」
「君のその真面目なところはわしも気に入っておるよ」
「お茶を入れよう」と柔かな笑顔で迎えられた。が、流石に学園の長であるこの老人に対してそのような配慮をさせるのも気が引けたのか、ズーグは首を横に振ってその申し出をやんわりと断る。
「それよりも、私をここに呼んだ理由はなんでしょうか」
「大方予想はついておるじゃろうに」
「ええ、まあ」
視線はメイラスを向いたまま。
ズーグは静かな口調で言葉を続けた。
「おそらく他クラスと比べても色の濃い、我が獅子組の様子についてかと」
「そんなところじゃ」
メイラスは笑みを浮かべて頷いた。
「今年の第一学年は生きの良い者が多いのぅ」
「アーミア家の治癒魔術師に、"南の剣王"の息子。更には"加護持ち"までいる始末。非常に荒れることが予想されますな」
「すまないとは思っておる。君のところに全てを押し付ける形でそれらの生徒達を獅子組に押し込んだのだから」
言い終わり、メイラスは机の上に置かれた紅茶を口に運ぶ。
仄かに香る、甘味のある味が広がっていった。
学園の運営に追われる学園長の、数少ない至福のひと時とも言える。
「――それは」
「しかし、君にしか任せられないとも言える。特に"加護持ち"という強大な存在を前にできる者は、教師と言えどもあまりに少ない」
「だから私に白羽の矢が立ったと」
ズーグの言葉に目の前の老人は静かに頷いてみせる。
同時に問題となっている獅子組の担任教師は「はぁ」と溜息を一つ吐いた。
愚痴の一つでも溢したくなるような案件であるが、しかしズーグとてこの処置が正当なものであることを心得ている。
特に"加護持ち"を相手にできる者は少ない。その一人であるズーグが選ばれることは、私情さえ挟まなければ理解のできる決断であった。
「ただ、今はその案件についてはいいでしょう」
「ふむ。その案件について、とは?」
「学園長の耳にも届いているはずですよ。ユウリ・グラールという生徒についての情報が」
「ああ。魔力総量、魔力抵抗力共に最低値を叩き出した生徒のことかの」
言葉に思い当たる節があった。
学園長室に籠もりっぱなしの生活をしているとはいえ、学園の情報はしっかりとこの場に届いてくる。その中には学園の歴史上、これ以上ないくらいの断トツとも言える最底辺の少年の話も含まれていた。
「彼についての情報を私は知りません。彼は一体何者なのでしょうか?」
「何者というのはどういうことかね」
「模擬戦において、レオン・ワードを単独にて打ち負かしました。最低値の彼がそのような芸当を行ったのです。気にならないはずがない」
今でも覚えている。
並々ならぬ体術の冴え。
瞬時に剣術、更には魔術にさえ対応する状況判断能力。
そして扱う摩訶不思議な力。
戦闘能力についても気にはなるが、何より剣撃や魔術をも素手で対応して見せたあの不可思議な戦闘法がズーグには気になった。何より、あの武術を見たことがあるからこそ余計に。
「ルーノ・カイエル博士が推薦したとのことですが」
「ふむ、そうじゃな。ちなみにズーグ君は彼の下へと足を運んだのかな?」
「いえ。接点があまりないもので」
というより、ルーノ・カイエルと接点のある教師など学園長を除けば片手で数えられる程度の人間しかいない。
無論、研究者であるルーノと教師のズーグの間にも密接な間柄など形成しようがない。なまじ相手は人間に対する興味の薄い、かの有名なルーノ・カイエル博士である。それも仕方のないものだと言えた。
「ならば近いうちに彼を訪れるといい」
「学園長の口からは語られないと?」
「端的に言うとそうなる。まぁ、ルーノ君ならば色々と教えてくれるじゃろう」
紅茶をもう一度、口に含ませる。
「ただ」
味わうように口の中で転がし、それを飲み込んだ。
そして言葉を綴る。
「ワシから言えることは一つ。ユウリ・グラールという生徒は君の恩人と深い関わりがある」
「――恩人」
「そうじゃ。できれば彼の面倒も見てやってくれ」
含みのあるメイラスの言葉に、ズーグは疑問を浮かべた。が、彼が言うのならば何かしらの意味があるのだろう。
ズーグは神妙な表情で、その首を縦へと振った。
★
レオンは歩く。
己が正しいと決めた道を、ただ、歩く。
その何歩も先には、とある大きな背中が。そして彼はそれを追うように、足を進める。
「……」
しかしその人間の更に向こう側には別の人間の背がある。
走る。走るが、追いつかない。
「……ッ」
走る途中に、障害と遭遇した。
黒髪黒目の、まるで田舎から来たような印象を持たせる少年。名はユウリ・グラールと言ったか。
「……くそっ」
レオンは負けた。
完膚なきまでに負けた。
どうして自分はこうまでして弱いのか。
努力した。
鍛錬も怠っていない。
気持ちだって強く持っているはずだ。
ならばなぜ負けたのか。
――それはお前が弱いからだ。
「……畜生」
思い出す当時の記憶。
自分の無力さを呪い、強くあろうと決めたあの日。
しかし結果はこの様だ。守りたいものすら守れる力もない。
「力が」
両手を握る。
「力が、欲しい」
レオンは呟く。
「――求めるの、力を」
その声は背後から突如として聞こえた。
★
「――ッ」
「……どうしたのよ」
突然動きを止めたユウリに対して、少しばかり気になったのか。フレアが疑問を投げかけてきた。
「いや、なんでもないよ」
「ふぅん?」
返事を返すと、彼女は興味を失ったように食事を再開する。
それを眺めながら。しかしユウリは意識の片隅で別のことについてを考えていた。
――なんだ、今のは。
背筋がゾッとするような感覚。
冷たいものが体を通り抜けるような、言葉にし難い何か。
突如としてユウリを襲ったのは、そのようなものだった。
「――」
周囲へと視線を向ける。
しかし見渡しても何も変わった光景は見られない。
――気のせい、なのだろうか。
「ご馳走様」
見るとフレアは食事を終えたようだ。
ちなみにユウリは早々に胃の中に詰め込んでいる。それなのになぜ残っているのかと言われれば、もちろんフレア待ちだ。彼女からしてみればいい迷惑である。
ちなみに先ほどまでここにいたステラは今はいない。
慌てたようにレオンを追っていったためだ。
ゆえにこのテーブルを支配するのはいつもの通り、ユウリとフレアの二人だけ。
「そいや、後半の授業ってなんだっけ?」
「魔術学と数式。しっかり把握しときなさいよ」
「やぁー、忘れっぽいんだよな。俺」
「覚える気もない癖に」
ツーンと冷たくあしらわれる。
しかし図星だったために「やぁー」と頭を掻きながら誤魔化すように笑った。
二人の距離感は変わらない。
埋めようとするユウリと、埋めさせないフレア。
周囲の雑音も、雰囲気も、そして取り巻く状況も変わらない。
否、変わらないように見えて、しかし着実な変化をもたらしていることに、ユウリ達はまだ気付かない。
一章 学園入学編 前編 ―完―




