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嫌いと言ってはいけません

こんにちは。読んでくれてありがとうございます。

「いくわ!」


 気合いと共に一つ目の扉を開けた。小さな部屋を二つ過ぎ、その向こうにヴィオラム様の寝室がある。

 ソッと扉を開けた。少し開けた隙間からは何も見えない。灯りがついている。身体を滑り込ませると、寝台があった。そこに真っ黒の長い髪を認めて、息を飲んだ。

 やはり……と思う気持ちと、酷いと思う気持ちが同時に押し寄せてくる。涙が零れそうになるのを唇を噛みしめて我慢した。


「……律……様」


 彼女は一人だった。服は着たまま、山のような本に埋もれて眠っていた。


「本が好きなのかしら」


 起こさないようにヴィオラム様を探した。次に目に入ったのは大きな身体を縮めてソファの上で仰向けになっているヴィオラム様だった。顔の上に手首をのせて、私が本を読みすぎたときによくする体勢で眠っているようだった。


「二人とも本が……好き?」


 好きだからといってこんなに沢山読む必要があるのだろうか。ヴィオラム様のソファの側にも本が堆く積まれている。胸の上にのせてある本を読んで眠ってしまったのだろうか。

 いや、おかしい。寝台の向こう側にあるソファには見知った頭も見える。あれはエリック? そして一番向こうには昼間お会いしたときのドレスのまま机に向かうリスティの姿があった。


「どうして……?」


 不思議な取り合わせに私は声を震わせた。


「ティナ! 陛下、内緒にするっていいながら部屋の扉を閉め忘れるなんて――」


 エリックの悲鳴のような声にリスティは振り向き、聖女様とヴィオラム様は飛び起きた。


「どうして……? 内緒?」

「アルティナ! 何故!」


 一瞬で私の前にやってきたヴィオラム様は咎めるような目で私を見た。

 この扉は確かに王妃でない私が使っていいものではないのだろう。けれどそれを言うならあの部屋を私に使わせること自体が間違っている。


「何故……? それはこちらの台詞です!」


 背後で「だよね……」と異口同音に聞こえた。今はとりあえず無視だ。ヴィオラム様もそう決めたようだ。


「アルティナ。部屋で大人しくしておくように言ったはずだ」

「私は子供ではありません! そのような言葉は失礼です」

「アルティナ……」


 言い返したことに驚いているヴィオラム様に私は訊ねなければならない。


「私はどうしてあの部屋に軟禁されなければならないのですか。ここですることがないのなら、私は家に帰ります!」

「駄目だ――」


 私は頭を振ったヴィオラム様の目を見て叫んだ。


「ヴィオラム様のわかやずや!」

「君こそ、私の言葉に反抗ばかりして――」


 ヴィオラム様の瞳の苛立ちに私はカッと頭に血が上った。


「何でも頭ごなしに言わないで。ヴィオラム様なんて嫌――」

「アルティナ――」


 フワッと身体が浮いた。きしみそうなくらい強く抱きしめられて、私はヴィオラム様に口づけられていた。唇のあたったところが痛い。


「ン……ふ……っ」


 ヴィオラム様は驚いて目を見開く私に「目を閉じて……」と言った。まるで操られるように瞼を閉じてしまい、それが口づけを許したことになるということにしばらくたって気づいた。ヴィオラム様は、唇だけでなく頬や瞼の上、眉間や顎の先まで何度も何度も優しく口づける。最初の口づけこそ歯があたったのか痛かったけれど、それを癒やすような触れあいは沸き立った心を落ち着かせた。


「嫌いなんて言ってはいけない。私の理性を崩壊させるからね」


 含むように言った言葉に反発したいと思う気持ちはもうなかった。


「陛下は乱暴なんですよ。アルティナ様の唇、切れてしまったじゃないですか」


 聖女様の声に驚いた。本当に私はここがどこだか一瞬忘れてしまったのだ。


「そういうなし崩しに誤魔化そうとするのはいただけませんね」


 リスティは年長者としての忠告のようだが、語尾は笑いが含まれていた。そうだ、何故リスティがこんなところに。


「ティナ、顔真っ赤だよ」


 最後にエリックに茶化されて、私はドンとヴィオラム様の胸を押した。けれど反対に強く抱きしめられて、身動きがとれなくなった。


「わけがわかりません!」


 ヴィオラム様以外の皆がうんうんと頷いた。


「もうバレたのですから、陛下も観念してください。ティナは古語も読める貴重な戦力ですよ」


 エリックは本をポンと叩いてそう言った。戦力ってなに?


「大事に大事に守っているつもりで一番泣かせてるのは陛下ではありませんかね?」


 リスティの言葉に皆はさらに頷いた。


「やっぱり無理でしたっていうときに、こじれたまま着いてきてもらえると思ってるところが男の馬鹿なところだよ。うちの世界でもいた。山ほど。奥さんに捨てられてたな~」

「捨てられるとか言うな!」


 はぁと私を抱きしめたまま、ヴィオラム様は深いため息を吐いた。


「捨てられたくないなら、お話くださいませ」


 私はニッコリと淑女の微笑みを浮かべ、ヴィオラム様を見つめた。私を抱きしめたままヴィオラム様はソファに座り、「わかった」と言ってくれた。


「離してさしあげては?」

「いや、駄目だ」


 きっぱりと言い切ったヴィオラム様がまるでおもちゃをとられそうになってあらがう幼い頃のエリックに見えた。座っても私はヴィオラム様を見上げることになる。


「私は逃げたりしませんよ」


 大きな手を両手でギュッと握った。


「そなたは私の癒やしだ。抱いてるだけで幸せな気分になれる」

「そんな……」


 恥ずかしい。ヴィオラム様はどうしたんだろう。こんなに甘い雰囲気の人ではなかったはずなのに。


「早く説明を――」


 リスティの知的な声に促されて、ヴィオラム様は私を抱きしめたまま説明を始めた。


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