記憶の髪飾り
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次の日は昼過ぎに騎士団長の奥様がいらっしゃった。
「いらっしゃいませ、リスティ様」
「ごきげんよう、アルティナ様」
奥様は母と同年代のはずだが、とても若く見える。
「こんな時に来て申し訳ございません」
「いえ、時間を持て余しておりましたからリスティ様がいらしてくださって嬉しいです」
セリアが給仕をしてくれて、二人でおしゃべりをしながらお菓子を楽しんだ。
「この前の舞踏会では騎士団長に送っていただいて……リスティ様にお詫びをしたかったのです」
「お仕事を優先して欲しいと願ったのは私ですもの、謝っていただく必要はありません。しかも聞いたらアルティナ様の護衛というではありませんか。アルティナ様が攫われてしまわないかと陛下がやきもきする気持ちはわかりますもの」
優しい眼差しは亡くなった母を思い出した。
「ありがとうございます」
「ところでアルティナ様には一つだけお聞きしたいことがありまして、今日はこちらによらせていただいたのです」
突然キラリと目が光って、私は気づかれないように一瞬ひるんだ。
「なんでしょう? 私にお答えできることならよろしいのですが」
「アルティナ様にしかできません。私が好奇心だけでお聞きしていると思わずに偽らずにお答えしていただけると嬉しいですわ」
一息ついて、リスティは真面目な顔のまま訊ねた。
「アルティナ様は本当に陛下でよろしいのでしょうか? 陛下は理知的ではございますけど少々理屈っぽいところも……こほっ、真面目すぎるきらいもございます。若い時から遊ぶこともしていないせいか女心に理解がないというか、決めつけているところがあるというか……遊び心にかけているように見えます。聖女様がいらっしゃって実はアルティナ様がホッとしている、ということはないのかと――」
リスティは息継ぎもせず早口でまくし立てた。
「えっと……それはヴィオラム様のことで間違っておりませんよね?」
誰のことかわからなかった。エリックに言われていたけれど、まさかリスティの口から聞かされるとは思わなかった。
「はい、その通りでございます」
「陛下は、ヴィオラム様はとても優しくて……真面目ですけどそれがとても好ましくて……、私の大好きな方なのです。聖女様がいらっしゃったので、私には機会がございませんでしたけど、あの方と来世でもいいからもう一度巡り会って……っ。私ったら――」
ヴィオラム様への言葉があまりに酷すぎたためか、私は思わず本音を漏らしてしまった。
「来世でも――と?」
「馬鹿なことを……と思われるでしょう。けれど、私は……」
言い訳がましいけれど、本音だった。
「いいえ、その言葉を聞きたかったのです。私はアルティナ様のお母様によくしていただいたんです。アカデミーの研究員とはいえ、私は平民の出でした。夫の家は伯爵家で……望まれて結婚したとはいえ、男性は女性の社交界とは無縁でしょう。嫌な思いも沢山したのです。その時、アルティナ様のお母様が庇ってくださって。『お友達になりたいわ』と私を受け入れてくださったあの方にいつか恩返しがしたいと思っておりました。アルティナ様が陛下をお慕いしているのなら、私もやれることがあるはずです。今日はお時間をいただいてありがとうございました」
リスティの目には闘志が漲っていた。何があったのか私にはわからないけれど、彼女の気持ちは嬉しかった。
「また、お母様のお話をしてくださいませ」
「ええ、もちろんです。楽しみにしております」
リスティと約束して、見送った。
「フフッ、ヴィオ。あなた、遊び心にかけているんですって」
可愛い真っ白なうさぎのぬいぐるみは言葉を返してくれない。
「女心は確かにわかってくださらないわね」
どんな気持ちでここにいるのかなんて、きっとわかっていない。聖女様がつけていた髪留めのことを何度も思い出して、昨日はあまり眠れなかった。
「今日はお顔をみせてくださるのかしら……」
ヴィオを抱きしめてキスをする。枕に顔を押しつけたときと同じ感覚しかなくて、そんなことをしてしまった自分が恥ずかしくなって寝台にヴィオを放り投げた。軽い音を立てて落ちたぬいぐるみをもう一度抱きしめて横になった。寝不足の身体は睡眠を欲していたようで、簡単に眠りの底に私を誘い込んだ。
夢にはヴィオが出てきた。正装したヴィオはヴィオラム様と同じ大きさだった。そして私を抱きしめてダンスを踊った。
「ティナ、愛してる――」
ヴィオラム様と同じ声で囁かれて嬉しかった。今度触れたヴィオの唇は柔らかくて、枕の感触とはちがった。私は誰にもとられないように、ヴィオを抱きしめた。
「あの髪飾り、聖女様にとてもお似合いだったわ……。私にはあんな大人っぽいのは似合わないわね」
ヴィオは身じろぎをして「そんなことはない」と言った。声までヴィオラム様と一緒なのだ。
「私が子供っぽいからヴィオラム様は……きっと聖女様がきて嬉しかったと思うわ」
夢の中の私は素直だった。ヴィオラム様じゃなくてヴィオだから言えたことだけど。
「傷つけたくなかったから、必死に我慢していたというのに。私にはそなたしかいらぬ」
「ヴィオ、あなたはうさぎのぬいぐるみなのに……喋り方がヴィオラム様と一緒ね。ヴィオラム様に言われているようで嬉しいわ」
「私を煽った罪は、結婚してから受けてもらうぞ。……あの髪飾りは父が母に贈ったものなんだ。昔はね、そなたに似合いそうだとおもっていたのだけれど、今は私がそなたのために選んだものだけをつけて欲しいと思ってしまって。律が何か髪をとめるものが欲しいと言っていたから適当に渡しただけなんだ。そなたが欲しかったのなら、返してもらうよ」
なんて自分に都合のいい台詞だろう。夢でもこうして抱きしめてもらえれば、モヤモヤしていた気持ちが少しずつ解れていく。
「いいえ、あれは聖女様に似合っていたわ」
「そうか。それならそなたが好きなうさぎで髪飾りを作らせよう」
幸せな夢だった。夢は自分の欲求があらわれるというけれど、私はどうやらそうとう欲深いらしい。
「アルティナ様。起きてくださいませ」
目が覚めるともうあたりは暗くなっていた。窓から灯りが見える時間だ。
「こんな時間まで眠ってしまったわ」
夢を見ていたような気がする。うさぎのぬいぐるみを抱いていたせいだろうか。ぬいぐるみのヴィオが出てきて……。
「お疲れだったのでしょう。食事の時間でございます」
「一人で……?」
一人の食事が嫌なわけではない。ただ、夢でヴィオと一緒だったから少し寂しいだけだ。
「陛下は今とても忙しくしていらっしゃって……」
「そう、ならばいいの」
聖女様とご一緒なのかしらと思いながら、ふとヴィオラム様との部屋の間の扉を見た。確か小部屋が二つほどあって、その先がヴィオラム様の部屋のはずだ。
「アルティナ様、ドレスをお着替えくださいませ」
「着たまま眠ってしまったから皺だらけになってしまったわね。ごめんなさい」
「苦しくはございませんでしたか?」
少し痩せてしまったので結婚式に合わせて作ってもらったドレスは苦しくなかった。
「ええ、大丈夫」
食事は残してしまった。眠っていたのでそんなにお腹も空いていなかった。
家にいるときはお祖父様とお話したりと夜の時間も楽しかったのにここではすることも話す相手もいない。
「お家に帰りたい……」
自分の意思でここに来たけれど、家が恋しくてしかたなかった。
時計を見るとまだ九時を過ぎたばかり。今ならヴィオラム様も帰っているだろう。この扉から……ヴィオラム様の部屋に行くのは勇気がいる。扉の向こうで、もし聖女様とヴィオラム様が愛を囁き合っていたら……。
「帰ればいいだけの話だわ」
私ばかり寂しいのはおかしい。そう思って、扉に手をかけた。




