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ぬいぐるみの名前はヴィオです

こんにちは。読んでくれてありがとうございます。


「アルティナ、騎士団長以外の男を護衛にすることはないので、私が呼んでいると聞いてもついていってはいけない」


 ヴィオラム様は、そう言って私の頭を撫でた。


「私は子供ではありません!」

「そうではない――」


 小さい時によく言われた台詞、さらに言うなら甥や姪にお祖父様が言っていた台詞だ。もっと言えば、頭も撫でていた。


「私には沢山求婚者がいるのです。陛下が聖女様を娶られても、私が残り物になることなどありませんから心配しないでくださいませ!」


 子供のように顔を背けて言ってしまった。そんなことを言うつもりなんてなかったのに、聖女様のつけていた髪飾りが私に意地を張らせた。


「なんだと!」


 頭の上から唾が降ってきた。私の方が怒っているのに。


「ヴィオ……」

「誰だ!」


 ヴィオラム様の勢いが凄くて、私は視線を彷徨わせた。セリアに助けを求めると、頭を振って神に祈りを捧げている。


「え、えっと……。マルガル様が……ねぇ、セリア。守ってくれるとか言ってました……よね?」

「マルガルだと! 侍女長に聞いていたが……あいつ……っ本気で狙って」


 マルガル様だけではない。


「カール様も……、それからリスル様もと、お祖父様がおっしゃっていたような……」

「あいつら、油断も隙もない――。駄目だ、そなたをここから出せない。セリア、公爵に告げてこい」


 トン、と肩を押されて気がついたら寝台に寝転がっていた。天井に描かれた花々に初めて気がついた。

 扉が開いてセリアが部屋を出ていった。私も連れて行ってくださいと手だけが僅かにセリアを求めたけれど、その手をヴィオラム様に握られた。


「ヴィオラム様?」

「無垢な顔をして、どれだけ男を魅了するつもりだ。そなたが誰を選ぶつもりであったか聞いていいか?」


 冷え切った瞳の青に私は小さく首を振った。冗談でも男性の名前を出してはいけないと世間知らずの私でも察してしまうほどヴィオラム様は怒っている。


「ヴィオっ」


 本当はヴィオラム様がいいのですなんて言える雰囲気でもなく、私は握られた手首が痛むのを我慢してヴィオラム様の名前を呼ぼうとした。けれどヴィオラム様の唇に封じられて、言葉を驚きと共に飲み込んだ。

 温かい唇が私の唇に触れている。まつげまで触れそうな距離でヴィオラム様の吐息を感じて、私の頬は熱でもあるかのように熱くなった。


「もう他の誰かに触れさせたのか?」


 何を言われたのか一瞬わからなかった。ヴィオラム様の言葉を頭の中で三度繰り返して、私の身体は冷水を浴びせられたように冷えていった。強く握られて痛かった左手の指先は僅かにしびれている。


「あなたに言われたくありません!」


 もう自分は聖女様に母親の形見までプレゼントしているのに。私が求婚されたというだけで酷い言いがかりをつけてくるなんて。


「ここから出ることは許さない。もし出たら、公爵やエリック。セリアや騎士団長のアランの進退を考えるとだけ言っておく。聡明なそなたならわかるだろう」


 ヴィオラム様が何を言っているのかわからなかった。お祖父様やエリック、騎士団長にセリアをまるで人質のように言われて、私はそこに置いていた枕をヴィオラム様に投げつけた。

 避けもせず薄く笑った顔は、公務でよく見る感情を抑えたものだった。


「酷い……」

「神にさえ愛されるそなたに言われるのだから、私はよほど酷い男なんだろう」


 会ったこともない神様、私の結婚の儀を狙ったかのように聖女様を送り込んできたというのに何を言っているのだろう。私ほど、神様に嫌われている女はいないに違いない。

 ポタポタと落ちていく透明の滴に気づいたヴィオラム様は、ギュッと拳を握りしめて出ていった。妃にならない女の涙なんて不快なだけなのだろう。

 そう思っていたら大きな真っ白いうさぎのぬいぐるみを抱えて戻ってきた。


「これで拭くといい」

「汚れるから嫌です」

「汚れたなら捨てればいい」


 ヴィオラム様はぬいぐるみが涙をふくものだと思っているのだろうか。価値観の違いにしばらく無言を貫いていたけれど、根負けしたのは私だった。


「これは私のものにしていいのですか?」

「いい……」


 涙はハンカチーフで拭いて、ヴィオラム様の手から奪い取るように抱き寄せた。

 柔らかくて気持ちがいい。


「ヴィオラム様のかわりにお腹にパンチしますし、ヴィオラム様のかわりに愚痴を聞いてもらいます。返してさし上げません」


 可愛くない女だと自分でも思った。なのにヴィオラム様は嬉しそうに笑った。

 ヴィオラム様はもしかして少し変わっているのだろうか。


「ああ、好きにすればいい。そなたのために買ったものだ」

「私のために――? ヴィオラム様が?」


 とても可愛らしいうさぎだ。瞳の色が私の緑と一緒だと気づいた。


「だが、そなたは沢山ぬいぐるみを持っていると聞いたので……」

「ええ、沢山いますわ。名前をつけても?」


 私の屋敷の寝台には沢山のぬいぐるみがいる。子供のようだから内緒にしていたのに何故知っているのだろう。


「そなたのものだと言った」

「そうですね。ではヴィオと呼びますね」

「それはっ」

「駄目ですか?」


 殴ると言ったぬいぐるみに自分の名前をつけられるのは嫌だろうと思ったけれど、この子はヴィオだと決めた。駄目だというなら内緒で呼ぶつもりだった。


「好きにするといい」


 ヴィオラム様はそう言って出ていった。戻ってこないことはセリアが来たことでわかった。


「セリア、私は何か間違ってしまったのでしょうか」


 ヴィオラム様があんなに頑固だとは思わなかった。私も勢いで余計なことを言ってしまったけれど、ヴィオラム様もいつもと違った。


「陛下も寝不足で余裕がなかったのです。思った以上に敵が多くて、頭に血が上ったのでしょう」

「敵? ……陛下は私をここに置いてどうするつもりなのでしょう?」

「新婚ごっこがしたいのでは……?」

「まぁ、ヴィオラム様もぬいぐるみで遊ぶのですね。私のぬいぐるみも持ってきていただかなければ新婚ごっこはできませんわ。でも、何も私で練習しなくてもいいのに……」


 聖女様は新婚ごっこが似合いそうではないけれど、当事者同士でするほうがいい。そう思いながら、着替えた。セリアが深いため息をついたのは私を心配してくれたのだと思った。


私、ぬいぐるみを登場させるの大好きなんです笑。

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