きっと聖女様でも治せない
こんにちは。読んでくれてありがとうございます。
王宮は雑然としていた。特に何がと言うこともないけれどいつもより人が多く何人もが集まって話しているのが見えた。
私はお菓子を食べ過ぎたせいか馬車酔いをしてしまった。こみ上げてきそうな気持ち悪さに今すぐ部屋に帰って休みたいと思いながら馬車を降りた。
公爵家の与えられている部屋まで少し離れていて歩くことになる。歩いていれば具合の悪いのも楽になるかもしれない。
けれど、公爵家の馬車で来たのは失敗だった。話を聞きたいのかたくさんの人が集まってきてしまった。知っている人もいれば知らない人もいる。どの人の目も私を憐れむ視線を投げかけてきた。
「アルティナ様、あれから陛下は毎日聖女様とお過ごしです。第二妃になるのはお止めになったほうがよろしいのでは」
「アルティナ様なら宰相閣下の子息カール様がよろしいのでは――」
「いやいや、実直なマルガル様――」
「時期神殿長と噂の高いリスル様もアルティナ様のためなら神殿を止めてもいいと――」
「いや、隣の国の王太子様も――」
「何を言う。アルティナ様が隣の国になど行ったら太陽が落ちてしまったかのようにこの国は――」
皆が一様に自分の派閥、もしくは家門、さらには職場関係をおしてくるので何を言っているのかほとんどわからなかった。さらに気分が悪くなっていく。
「皆様、姉のことを心配してくれているのはわかりますが――」
エリックが諫めようとしても、「いや、エリック様。公爵家はもっとお怒りになるべきです」と反対に意見されてしまっている。
「あ……」
これ以上人の勢いに押されては本当に吐きそうなところまで来た。みっともないことになる前に、と私は貧血の振りをした。もちろん、前にはエリックがいるし、後ろには公爵家の護衛もいるので倒れた後のことは心配していなかった。
「アルティナ――」
フワリと身体が宙に浮いた。
「ヴィオ……ラム様……」
貴族達のバリケードの反対、公爵家の護衛の方から進んできたヴィオラム様に私も、誰も気づいていなかった。
「大丈夫か。顔色が悪い」
心配そうな顔は、いつものヴィオラム様で。聖女様など降臨していないかのように思えた。
「ヴィオラム様……」
顔を見てるだけで泣きたくなってくる。好きが溢れて氾濫しそうだ。そう思った瞬間。
「聖女に看てもらおう」
ヴィオラム様の言葉にガンと頭を殴られたような気がした。
「いえ、尊い方にそんなことをさせられません――」
「何を言う」
ヴィオラム様が来たことで皆は一様に黙ってしまった。会釈して、これ幸いと運ばれることにした。
「こちらではありませんわ」
「ここであっている――」
先日連れて来られた、『私の部屋』だ。公爵家の部屋じゃない。
「まぁ、アルティナ様。具合が悪いとお聞きしました」
侍女長が心配して、私のドレス(お腹がはちきれそうだったので元々楽なドレスを着てきた)を脱がそうとする。
「いえ、あの……侍女長」
「セリアとお呼びくださいませ」
「あのセリア様――」
「セリア、と」
侍女長の眼光の鋭さに私は気圧されて「セリア」と呼んだ。セリアは嬉しそうに「はい」と返事をしたがいいのだろうか。
「靴を脱がせるが――」
ヴィオラム様が屈んで私の前に跪く。
「ヴィオラム様!!」
思わず悲鳴のような声を上げてしまった。ヴィオラム様は眉を少しだけ動かして私を見る。
「何か? そなたは足も小さいのだな。こんな小さな足でよく身体を支えられるものだ」
と感心したように言った。もう私の足に靴はなかった。ヴィオラム様の大きな掌の上にちょこんとのっている。
クラクラする頭を押さえて、私はヴィオラム様にお祖父様のいる公爵家の部屋に戻りたいと言おうと口を開けた。
「どうしたの? ヴィオラム」
タイミングを計ったかのように部屋の扉が開いた。続き部屋であるヴィオラム様の部屋から聖女様が顔を出したということは、二人が今どのような関係か推測できるというもので。けれどそれならどうして私を公爵家の部屋に連れて行ってくれなかったのだろうと疑問に思う。もしかして勝手に城に来たことを怒っているけれど外聞が悪いからこっそり注意しようと思っているのだろうか。
「勝手に入ってくるな!」
ヴィオラム様の怒りをものともせず、聖女様は「アルティナ様」と旧知の親友のように笑顔を湛えて私の元に寄ってきた。
「ごきげんよう、聖女様」
私は悪酔いをした気分のまま挨拶をした。靴をとられたので寝台に座ったまま。
「機嫌はよくないけど、アルティナ様にお会いできたから良くなったわ」
「律、アルティナの具合が悪いんだ。あのもったいぶった力で治してやってくれ」
「もったいぶったとか言わないでくれる? あれは神様が私の特性を考慮して――」
「いいから早く」
二人はまるで長年一緒にいたかのように自然に見えた。私を諦めさせるためにわざと……と思ってしまった自分に愕然とした。
私はこんな卑屈な人間だったのか――と、立派な貴婦人を目指していた私は泣きたくなった。
「ああ、辛いのね。可哀想に」
聖女様の力は、私に手を触れた場所から楽にしてくれた。食べ過ぎてもたれた胃まで癒すなんて万能なのだろうか。
「ありがとうございます。聖女様」
「律って呼んでください」
気さくな笑顔は聖女というよりはさっぱり体質のお姉様のようだ。
「そんな聖女様に対して――」
「大したものじゃないから」
あっけらかんと言うけれど、大したものだ。私が五年間必死になって得ようとした場所を一瞬で奪ってしまうほどに強い力と肩書きだというのに。
「律様、楽になりました。少し食べ過ぎただけなのです。お恥ずかしいわ。それなのに馬車に乗ったから――」
私は取り繕うことをやめて、告白した。ヴィオラム様にも聖女様にも呆れられたほうがいい。
「そうだ、何故報せなかった! 危険ではないか。城に移動するなら報せを届けなさい。護衛を送るから」
私は犯罪者か何かだろうか。いや、確かにさっきの騒ぎを考えると王政派以外の派閥にとって、担ぎやすい獲物みたいなものなのかもしれない。
「ヴィオラム、少し落ち着いたらどう?」
呆れたような聖女様にヴィオラム様は「もういいからあっちへ行け」と自分の部屋を指して命じた。
「はいはい、自分勝手な王様だ。部屋に来いと言ったのは自分だろうに」
聖女様はまるで男の人のような言葉遣いだ。それがとても似合っている。気取らない律様に好意をいだいているなら私のような女は実際好みではなかったのかもしれない。
「すまないな。今は忙しくて――」
そうおっしゃったヴィオラム様の向こうに、聖女様の後ろ姿が見えた。私は聖女様の髪を留めている飾りを知っている。
『母上は後ろ姿も美しいと言って、父上が描かせたものなんだ』
何年か前に前王妃様の肖像画を見せてもらったとき、その髪についていたものだった。蝶のモチーフで、小さな宝石が蝶の模様を彩っていた。
『とても美しいですわ』
『あの髪飾りは、アルティナにも似合いそうだ』
ヴィオラム様がそう言ってくれて、私はいつか彼にあの髪飾りをプレゼントされる未来を夢見ていた。お母様の思い出に残る品だからこそ欲しかった。私はヴィオラム様の妃となることがないのだからしかたない。わかっている。
ただ、とても惨めだった。聖女様が来てからずっと心がボロボロに傷ついていくのに気づいていながら、私は平気だと思い込もうとしていた。自分にできることをしようと思って今日も来たというのに、さらにズタボロになってしまった。
きっと聖女様でも治せない。
タイトル回収できました♪ お医者様でも草津の湯でも……ってやつですね(古すぎて伝わるかガクガクブルブルですがw)。




