本物の聖女様でした
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リスルによって泉から引き上げられた女の人が目を覚ました。
「リスル、気をつけよ」
女の人を引き上げたのも生きているか調べるのも彼しかいない。神官長は腰が抜けて座り込んだままだ。
「聖女では? おお! 私が神官長をしている間にお目にかかれるとは!」
興奮した神官長は腰を抜かしたまま歓喜の声をあげた。
私は、聖女様? とヴィオラム様の背後から顔を出して確認した。
「ん……ん、ゲホッ――」
意識を取り戻した女の人は、私達を見て「ははっ、本当に異世界か――」と笑った。
「異世界? お前はどこから来たのだ。本当に聖女なのか――」
女の人は顔だけ出している私を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。
「チィミュウ、ミホホンから来た。聖女ではないけれど、神様に派遣されてきたことは確かだ」
言葉が少し聞き取れないところがあったけれど、聖女様の住んでいたところ独特の言葉なのだろう。その他は私達と同じで、よそから来たとはわからないほど流暢だった。
皆が私を振り返った。
酷く苦いものが口の中に広がる。諦めというものは苦いのだと知った。
「神様が――」
「アルティナ……」
陛下の困ったような顔に、私は頷く。
「聖女様、ようこそリンドル国へいらっしゃいました」
聖女ではないと言っているが神様が派遣したのだ。聖女の意味がわかっていないのだろう。
ズキズキと痛む足を気づかれないように我慢しながら礼をとった。
「アルティナ――」
「「アルティナ様」」
私だってわかっている。彼女は神の遣わした方だ。
国王は聖女を娶ることが決まっている。聖女が老女でも幼女でも王妃とならなければいけない。すでに国王に王妃がいる場合は王妃が第二妃となるのだ。私はまだ泉の水を飲んでいない。妃になっていなかったと喜ぶべきか、嘆くべきか――、と思いながら心の中で号泣した。
彼女が成人の若い女性であるということは、子供を成せる。つまり私はお払い箱なのだ。皆の視線が哀れみであることは間違いない。
「アルティナ様」
聖女様は私を呼び、立ち上がった。
「聖女様?」
「足を痛めたのでは?」
聖女様は、ヴィオラム様の横を素通りして私の足に手を触れようとした。
「触るな」
ヴィオラム様が聖女の手首を掴んで止めた。
「私は彼女を癒すために来たのです。それが役目なのです」
彼女というのは私個人ということではなく、人々という括りだろう。怪我をした人、ということに違いない。
ズキンズキンと痛んでいた患部はあっという間に治った。全く痛みを感じなくなったことで、私は『偽物ではないか』という僅かな期待も失った。
「ありがとうございます、聖女様」
私がお礼を言った瞬間、神官長が「奇跡だ――」と叫んだ。
「素晴らしい。陛下の御代に聖女様がいらっしゃるなんて」
いつも冷静なリスルも興奮気味にそう言った。
「関係ない――、アルティナ」
一つ冷たく言い切ったヴィオラム様の優しさに甘えるわけにはいかなかった。
「陛下、御前失礼いたします――」
これ以上ここにいる意味がない。結婚はできないのだ。
私はできるだけ冷静さを装って退出することにした。
「待って――」
それを引き留めたのは聖女様だった。けれど私の腕を握ったとたん、ガクンと膝が崩れ、聖女様は気を失った。抱きとめようとしたけれど、小柄な私は押しつぶされそうになり、ヴィオラム様に助けられた。
「ありがとうございます、ヴィオ……陛下」
言い直した私にヴィオラム様は酷く冷たい眼差しを向けた。
「聖女を客室へ運べ」
リスルにそう命じて、私を抱き上げた。
「陛下!」
驚いた私にヴィオラム様は「ヴィオラムと呼べ」と言った。
「ですがっ」
「あれが聖女かどうか本当のことはわからない」
ギリッと歯を食いしばるような音が聞こえた。
「ですが奇跡が――」
「そなたを癒やしたことは褒めてやるが――。間が悪すぎる。聖女のくせに」
その言葉で気づいてしまった。ヴィオラム様はあの人が聖女だということに僅かの疑いももっていないのだ。
「この国に……きっと必要な方なのですわ」
「アルティナ!」
「私ではなく、あの方が――」
自分の心を切り裂く言葉が自然と出た。
こうして抱いてもらったのはいつ以来だろう。まだ小さかった頃、水遊びをしていて目眩を起こした時だから、三年ほど前のことだ。あの頃より私も重くなって……。
「ヴィオラム様、下ろしてくださいませ――。私、昔よりも太ってしまって重いのです」
「そなたは精霊のようだ。軽くて不安になるからもっと太りなさい。ドレスを美しく着ることよりも好きなお菓子を食べて幸せそうな顔をしているそなたのほうが魅力的だ」
真面目な顔でヴィオラム様が言った。こんな時に私をときめかせてどうするつもりだろう。それとも堅物だと聞いていたのは偽りだったのだろうか。
「そんな――」
ヴィオラム様が、冷静でどんな案件も私情をはさまないと噂されているヴィオラム様がそんなことを言うなんて。
「もちろん、ドレス姿のそなたも美しい。今日はそなたのための披露舞踏会になるはずだったのに……」
今まで妹のように慈しんでくれた私を可哀想だと思っているのだろう。哀しげな顔をされて、私はそれだけでいいと思った。おこがましい言い分かもしれないが、許せると思った。
「私、家にもどろうと思います」
「何故だ!」
ギュッと眉間によった皺を伸ばしてさしあげたいと思いながら首を振った。
「ここにいれば……人の声や視線が辛いのです。今日は聖女の披露をなさるのでしょう?」
私がいれば、ヴィオラム様も聖女様との結婚の準備などをやりづらいだろう。
「浮き足だった神殿を抑えるのは難しそうだな……。あのまま腰を抜かしたまま寝込んでおればよいのに」
神官長は嬉しさのあまりか、傷めた腰をしゃっきりと伸ばして小躍りするように帰って行った。あれは聖女様の力だったのだろうか。
「我が儘を許してくださいませ」
ギュッと私を抱く腕に力が入った。
「そなたはほとんど我が儘など言わぬ。いつもそうだ。だから、許す――」
婚約破棄、という言葉が脳裏に浮かんだ。ヴィオラム様は言葉にしなかったが、私とのことはなかったことになるだろう。願えば第二妃という道もあるだろうけれど、心配性のお祖父様は許してくださらないだろう。
私は一度自分の住処となるはずだった部屋に戻った。寝台の上に下ろされて、頬にキスされた。初めての触れ合いに胸がざわついた。
この方はもう、私のものではないのに――。
「ここはそなたの部屋だ。いつでも戻ってきなさい」
親愛のキスは優しくて、涙が溢れそうになった。それを誤魔化すために笑った。




