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ラジエルライブラリの司書見習い  作者: 日野 祐希@既刊9冊発売中
レファレンスNo.1 見習い司書、初めてのレファレンス
7/68

レファレンスNo.1 2-4

「紅茶が冷めてしまいましたね。お話の続きを始める前に、()れ直してきましょう」


 立川さんがそう言って、テーブルの上で冷たくなってしまったカップをお(ぼん)に乗せる。

 お盆を持った立川さんは、そのまま「すみませんが、しばらくお待ちください」と言い残し、再び通用口の奥に引っ込んでいった。


 立川さんがいなくなってしまい、途端に手持ち無沙汰(ぶさた)になるわたし。

 すると、突然エノク君がこんなことを聞いてきた。


「なあ。お前の名前は、『しおり』というのだよな?」


「ふえ⁉ う、うん、そうだけど……。それがどうかしたの?」


 急に名前のことを聞かれたので、思わず()頓狂(とんきょう)な声を上げてしまう。

 だけど、エノク君はわたしのリアクションなど意に介さず、何かを考え始めた。


「ふむ、そうか……。――あ、いや、別にだからどうしたというわけでもないのだ。変なことを聞いて、すまなかった。忘れてくれ」


 少し考える素振りをした後、唐突(とうとつ)に話を打ち切ってしまったエノク君。

 一体どうしたのだろう? 詩織なんて名前、特に(めずら)しいものでもないと思うけど……。


 不思議に思ってエノク君を、ジーッ、と見つめる。

 しばらくそうしていると、エノク君はポツリと小声で何かをつぶやいた。


「『しおり』、か……。その名前、確か先日、あいつが……」

 

「えっ? 今、何て言――」


「――お二人とも、新しい紅茶の準備ができましたよ」


 エノク君の言葉がよく聞こえず、「何て言ったの?」と聞き返そうとした、その時。

 ちょうど戻ってきた立川さんの声が重なり、わたしの言葉が(さえぎ)られてしまった。

 おかげで何となくタイミングを逸してしまい、結局エノク君が何て言ったのか、聞くことができなかった。


 そうこうしている内に、立川さんがテキパキと三人分の紅茶とお茶()けをテーブルに並べてくれる。


「お待たせしました。あと、小腹が空いてきた頃かと思いましたので、お茶請けにクッキーを持ってきました。よろしければどうぞ」


「ありがとうございます、立川さん」


「ふむ。すまないな、立川」


 三人で温かい紅茶を飲み、ホッと一息つく。

 そのまましばらくティータイムを楽しんだ後、立川さんが話の続きを切り出した。


「では、そろそろお話の続きを始めましょうか。――先程も言いましたが、ラジエルライブラリは世界の外側にあり、この図書館のことを本当に必要とする者の前にだけ入口が現れます」


「ちなみに、入口は全部で365個あり、それぞれ別の閲覧室に通じている。ここは、第32番閲覧室だ」


 立川さんの説明に、エノク君がそう付け加える。


 へえ~。閲覧室って、ここ以外にもあるんだ。

 他の閲覧室も、やっぱりここみたいに素敵な部屋なのかな?

 ちょっと見てみたいかも……。



 ――などとわたしが考えていると、再び立川さんが口を開いた。



「ですが、(まれ)に利用者ではない者の前に、扉が現れることがあるのです」


「あっ! わたしのような場合ですね」


 ポンッ、と手を打って、立川さんに確認してみる。

 そしたら立川さんは、にこやかな顔で肯定してくれた。


「そうです。――利用者ではない者の前に、扉が現れた。それはつまり、ラジエルライブラリが自らの意思で、その者を招いたということを意味します」


「その招かれた者を、オレ達は司書候補と呼ぶのだ。司書候補に選ばれた者が望むなら、司書としてこの図書館に迎える。それが、この図書館のルールだ。まあ、一人前になるまでの間は、司書“見習い”という扱いだがな」


 そこまで語り、エノク君がわたしの方を見る。

 その表情は、お子様とは思えないくらい大人びていて、思わずドキリとしてしまった。


「つまりはそういうことだ。お前が望めば、オレ達はお前を司書の卵として、この図書館に迎え入れる」


 落ち着いた口調で、そう語るエノク君。

 だけど、急にそんなこと言われても、どう答えていいかわからないよ……。


「えっと、『迎え入れる』って言われても……。わたし、まだ小学六年生だよ。この年で就職っていうのは、まだ早い気が……」


 わたしがおずおず言うと、エノク君は『なんだ、そんなことか』と言わんばかりの顔をした。


「ん? 別に、こちらは構わないぞ。年齢なんて、些細(ささい)な問題だからな」


「いや、そちらが構わなくても、こちらが構うというか……」


「ついでに言えば、衣食住もしっかり保証するぞ。少ないが、給料も出している。そう悪い話ではないと思うが――」


 何と言うべき咄嗟(とっさ)に思いつかず、言いよどむわたし。

 そんなわたしを置いてきぼりにして、エノク君が雇用条件みたいなものを、次から次へと話してきた。



 ――困った。話が、まったくかみ合わない。



(確かに小さい頃、『呼ばれるのを待ってる~』みたいなことを言った気はするけど……。だからと言って司書になりたいかと言われれば、別にそういうわけでもなく……)


 試しに、司書になった自分の姿を想像してみる。



 ……………………。



 うん、まったく想像できない! 

 と言うか、司書がどんな仕事をするのかすらわからないや。

 大体、世界の外側にあるなんていう変な図書館を、就職先と呼んでいいのかさえ疑問だ。


 さてはて、これは困ったぞ……。

 ふーむ、どうしたものか……。


「当然、強制ではありませんから、お断りになられても一向に構いませんよ。それに、就職なんて固く考えないで、まずはボランティアくらいの感覚で考えてみてください」


 困り顔で考え込むわたしへ、立川さんが助け船を出してくれる。

 穏やかに笑う立川さんを見て、少しだけど困り切った心が軽くなった。


「えっと、一晩くらい考えさせてもらってもいいですか?」


「もちろんです。詩織さんならいつでもどこからでも、ここに来られるはずです。ですから、ゆっくり考えてみてください」

 

 わたしのお願いに、立川さんは優しく微笑(ほほえ)みながら頷いてくれた。

 その場で結論を出せなかったわたしは、返事を保留という形にして図書館を後にしたのだった。


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