舞台裏2ー2 とある本の回想 ☆
エノクが帰り、誰もいなくなった部屋の中で、セファーラジエルは物思いにふけっていた。
彼が思い出していたのは、遠い昔のことだ。
それは、このラジエルライブラリができて間もない頃の記憶。
その頃はまだ、図書館の閲覧室はまだ一つしかなく、書庫も端が見えるほどの広さしかなかった。
司書もまだエノク一人しかいなかったが、代わりにあの頃は――この図書館を作り上げた天使がいた。
(そういえば、彼がよく口にしていたなぁ……)
セファーラジエルの脳裏に浮かぶのは、彼の本当の持ち主である天使が、よく口にしていた言葉だった。
『――セファーラジエルよ。この世界に生きる者達は、実におもしろいな……』
『――我ら天使、そして我らが主は、生まれながらにして全能とも言える能力を持っていた。それ故、我らは初めから満ち足りていた。だが、この世界に生きる者達は、そうではない……』
『――彼らは我々と違い、とても不完全な存在であり、足りないところがある者達だ。だが、それ故に彼らは、我らが唯一持ち得なかったものを持った。――そう、飽くなき探求心と向上心だ。この図書館は正にその結晶――彼らが築き上げてきた知識の殿堂と言えよう……』
『――いつの日か、ここに収められた知識が、お前に記された知識に匹敵する日が来るかもしれないぞ。それは即ち、この世界に生きる者達が、我々の領域に到達したということだ……』
『――フフッ。楽しみではないか。我々はいずれ、新たな神の誕生、新たな神話の創造を見ることになるやもしれないぞ……』
そう言った天使の顔は、言葉の通り楽しげであり、何より優しげで……。
セファーラジエルには、その姿が子の巣立ちの日を夢見る親のように見えた。
だが、彼は待ちわびたその日を見ることなく、天界に帰らなければならなくなった。
――自らに与えられた使命を果たすために……。
そして、天使がこの図書館を去る日、彼はセファーラジエルとエノクの前でこう言った。
『――セファーラジエル、エノク、この図書館のことをよろしく頼む。私の代わりに、この世界の住人が神と並ぶ瞬間を見届けてくれ……』
『――知識は使ってこそ意味があるものだ。そして、ここに収まっているのは人間を始め、この世界に生きる者達が生み出した知識。つまりは、この世界の財産だ。故に、これからは悩みを抱えて生きる者達を、この図書館につまった知識で助けてやれ……』
『――私はラジエルライブラリに一つの力を与えた。ラジエルライブラリは、これより人間の中から、司書を選び始める。その司書達は、迷い人の灯となる資質も持った者達だ……』
『――エノク、君はその司書らと共に、この世界に生きる者達を支えてやってくれ……』
『――セファーラジエル、お前はこの図書館で起こる出来事を見守り続けるのだ。そしていつの日か、お前が見聞きしたことを、ここに戻ってきた私へ伝え聞かせてくれ……』
そう言い残して、彼は天へと昇っていった。
以来、たくさんの利用者がこの図書館を訪れ――救われていった。
それと言うのも、ラジエルライブラリに選ばれた司書達が、利用者とこの図書館に収められた叡智を結び続けてきたからだ。
セファーラジエルはその一つ一つを、まるで昨日のことのように覚えている。
この数千年で、たくさんの司書達と出会い、たくさんのレファレンスを見てきた。
これまでラジエルライブラリを支えた司書達の優しい笑顔が、次々とセファーラジエルの中を駆け抜けていく。その最後――一番後ろに現れたのは、まだあどけない一人の少女だった。
幼い頃、何の前触れもなくこの部屋にやってきた彼女は、素敵な少女となって再びこの図書館にやってきた。
そして、うれしいことに彼女は、この図書館を支える存在になる道を選んでくれた。
(しおりはこれから、どんな司書になるのかな……?)
詩織はいずれ、ラジエルライブラリで連綿と受け継がれてきた流れの最先端に立ち、新たな流れを作る存在となってくれる。
セファーラジエルは、そう確信していた。
(願わくば、しおりがこの図書館により多くの笑顔をもたらしてくれますように……)
「頑張ってね、しおり」
ここにはいない司書見習いの少女にエールを送り、セファーラジエルは心穏やかな眠りにつくのだった。




