レファレンスNo.3 6-2
「ぼくたちにおはなしって、なんですか?」
「なーに、しおりお姉ちゃん?」
二人とも不思議そうな眼差しでわたしを見ている。そんな二人に対し、わたしは意を決してこう切り出した。
「うん、二人にちょっと聞きたいことがあってね。――あのさ、二人とも、この時代に何か心残りとかがあったりしないかな?」
わたしの問いかけに、二人がピクリと反応する。
やはり、二人とも何か思うところがあるようだ。
二人の心へ語りかけるように、わたしはさらに言葉を重ねた。
「なんかね、さっき明日帰れるってわかった時の二人の反応が、ちょっと気になったんだ。二人とも、ちょっと戸惑っているというか、その……何だか悲しそうに見えたの」
わたしの言葉を聞き、二人が顔を見合わせた。二人とも言うべきかどうか、まだちょっとだけ迷っている感じだ。
ならばと、わたしはもう一押しすることにした。
「もし、何か気になっていることがあるなら、わたしに話してもらえないかな。わたしにできることなら、二人の力になるよ」
二人のつぶらな瞳が、わたしを見つめる。
しばらくそうしていると、アンちゃんがポツリポツリと話し始めた。
「うんとね、帰れるのはうれしいの。それは本当だよ。だけど……アオちゃんといっしょにいられるのが、あと一日しかないって思ったら、きゅうにさびしくなっちゃったの」
「寂しく?」
わたしが聞き返すと、今度はキンタ君がしょんぼりとした様子で口を開いた。
「もっと、時間があると思っていたから。アオちゃんとまだいっしょにいられると思っていたから。だから、ぼくたち……」
キンタ君とアンちゃんが目を伏せる。二人の顔に浮かんでいるのは、目前に迫った別れに対する悲しみだった。
(そうか……)
ようやく、二人があの時に見せた表情の意味がわかった。
最初戸惑っているように感じたのは、二人が元の時代に帰れる喜びと葵ちゃんとすぐにお別れしなきゃいけない寂しさ――この二つの感情に振り回されていたから。
そして、最終的には別れへの寂しさが勝ってしまった。
だから、表情まで悲しみに傾いてしまったのだ。
「アオちゃんは……」
わからなかった最後のピースがはまり、すべての謎が解けたわたしへ、キンタ君達はその感情の先にあった最後の願いを教えてくれた。
「アオちゃんはないていたぼくたちの頭をやさしくなでて、『大丈夫だよ』って言ってくれました。ぼくたちがおうちに帰れるように、すごくがんばってくれました。でも……」
「でもあたしたち、まだアオちゃんにおれいができてないの。あたしたちのためにがんばってくれたアオちゃんに、ちゃんとおれいがしたいのに……」
「それが、キンタ君とアンちゃんの心残り……」
キンタ君達がこの時代でやり残したこと……。その純粋な願いが、ガツンとわたしの胸を打った。
葵ちゃんがいたことで、この子達がどれ程救われたか。そのことに、この子達がどれほど感謝しているか。
それが言葉にはならない感情として、痛いほど伝わってきたから……。
(やっぱり、葵ちゃんはすごい。わたしじゃここまで人から感謝されること、到底できやしない……)
葵ちゃんに対する尊敬や憧れの気持ちが、わたしの中でさらに大きくなるのを感じる。
ただ、わたしの中で膨らんだ思いはそれだけじゃない。
この子達の願いを聞いたら、『わたしもキンタ君とアンちゃんのために、一肌脱ごう』という思いが、強くこみ上がってきた!
(この子達が葵ちゃんにお礼をしたいと言うのなら、わたしが全力でサポートする。二人の願い、必ず叶えてみせる!)
利用者さんが笑顔で去って行けるように全力を尽くす。それが、この図書館の司書の在り方だからね。
そうと決まれば、行動あるのみ。
わたしはしょんぼりしている二人の前にしゃがみ込み、二人に笑いかけた。
「――キンタ君、アンちゃん。葵ちゃんへのお礼、わたしといっしょにやってみない?」
「えっ! どういうことですか?」
わたしの突然の申し出に、キンタ君がびっくりした声を上げる。アンちゃんもキンタ君の横で、どういうことかと首をひねっている。
「みんなでパーティをしようよ。最後に葵ちゃんと、楽しい思い出を作るの!」
葵ちゃんには敵わないかもしれないけど、わたしはわたしのやり方でこの子達の助けになろう。そういう思いをこめて、二人に自分のアイデアを提案する。
「たのしい思い出を……」
「作る……?」
わたしの言わんとすることが理解できず、キンタ君とアンちゃんがきょとんとする。
そんな二人に向かって、わたしは自信を持って答えた。
「そうだよ。――わたしね、思うんだ。葵ちゃんにとって一番うれしいことは、キンタ君とアンちゃんが笑顔で元の時代に帰っていけることなんじゃないかって」
正直なところ、『そんなのただの推測だ』とでも言われたら、返す言葉もない。
だけど、わたしは自分の考えが間違っているとは思わない。
だって葵ちゃんは、キンタ君とアンちゃんが元に時代に帰れるとわかった時、まるで自分のことのように喜んでいたから。
葵ちゃんのうれしそうな顔を思い出しつつ、わたしは確信を持って二人に告げた。
「だから、思い出を作ろうよ。お別れの悲しみも吹き飛ぶような、素敵な思い出を。そして、伝えようよ。二人の『ありがとう』って気持ちを、とびっきりの笑顔で。それがきっと、葵ちゃんに対する最大のお礼になるはずだから。――そのためならわたし、二人を全力でお手伝いするよ!」
二人の手を取り、その目をまっすぐに見つめる。
わたしから伝えたいことは、全部伝えた。後は、この子達がどうしたいか……。
目を丸くしたキンタ君とアンちゃんの手を握ったまま、彼らの答えを待つ。
すると、二人の顔がみるみる輝き始めた。
「あたしもアオちゃんと、もっといっぱいあそびたい!」
「ぼくもアオちゃんとたのしい思い出、たくさん作りたい!」
二人の顔にお日様のような笑顔が宿る。
よかった。わたしの提案は、少なくともこの子達を笑顔にするくらいには役に立ったようだ。
「それじゃあ……」
「はい! しおりお姉さん、ぼくたちを手つだってください!」
「あたしからもおねがいします、しおりお姉ちゃん!」
二人は勢いよく頭を下げる。
もちろん、それに対するわたしの答えは決まっている。
「はい。――喜んで!」
だからわたしは心に思い描いた言葉を、二人へ向けて力強く返した。
「ありがとうございます、しおりお姉さん!」
「ありがとう、しおりお姉ちゃん!」
「どういたしまして。――ただ、今からパーティの準備をするのはちょっと難しいかな。葵ちゃんも待たせていることだしね……。でも、明日から春休みでわたしも葵ちゃんも授業はない。だから、明日の午前中に準備して、午後からみんなでたくさん遊ぼう!」
『はい!』
うんうん。二人とも、いいお返事だ。これは、いいパーティができそうだぞ。
「それじゃあ、閲覧室に戻ろっか。キンタ君、アンちゃん、明日はいっしょに頑張ろうね!」
『オーッ!』
* * *
「葵ちゃん、お待たせ」
キンタ君達と閲覧室に戻ったわたしは、早速葵ちゃんに声をかけた。
「ううん、全然待たされてないよ。それより、お話はもういいの?」
「うん。――ところで葵ちゃん、明日の午後って時間ある?」
「明日? うん、大丈夫だよ」
葵ちゃんがコクリと頷いた。
よし、出だし好調!
わたしは心の中でガッツポーズを決めながら、さらに言葉を続けた。
「そっか。よかった。なら、明日の午後、もう一度この図書館に来てくれないかな?」
「うん、いいよ。――だけど明日は、この子達ともいっしょにいたいの。だから、みんなでお邪魔するってことでもいいかな?」
「もちろん! 大歓迎だよ」
キンタ君とアンちゃんの方を見ながら言う葵ちゃんに、わたしはニッコリと首肯する。
それを合図とするように、今度はキンタ君が口を開いた。
「あのね、アオちゃん。ぼくたちね、あしたのあさ、どうしても二人でいかなきゃいけないところがあるんだ。だから、おひるにこの図書館に来るよ」
キンタ君の言葉に、アンちゃんもコクコク頷く。
ちなみに、これは打ち合わせ通りの展開だ。せっかくだから葵ちゃんに内緒で準備をして、サプライズパーティにしたいからね。
「そうなの? ――うん、わかった。それじゃあ、午後の一時にここへ集合でいいかな?」
「うん、それで大丈夫だよ、葵ちゃん」
「ぼくたちもだいじょうぶ!」
ちょっと戸惑い気味の葵ちゃんに、わたし達はそろって返事をした。
よしよし、とりあえず第一段階は成功みたいだ。
「それなら、明日もお邪魔するね、詩織ちゃん」
「うん! 無理言っちゃってごめんね、葵ちゃん」
「あはは。気にしないで。じゃあ、今度こそ帰ろっか、キンタ君、アンちゃん」
『はーい!』
葵ちゃんが二人と手をつなぐ。帰る準備が整った葵ちゃんは、再びわたし達の方に顔を向けた。
「じゃあ詩織ちゃん、また明日。みなさんも、本当にありがとうございました」
『お兄さん(ちゃん)たち、しおりお姉さん(ちゃん)、バイバイ!』
キンタ君とアンちゃんは開いている手を振ってくれる。
わたしと立川さん、エノク君も「またね」と手を振り返して、三人を見送るのだった。




