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ラジエルライブラリの司書見習い  作者: 日野 祐希@既刊9冊発売中
レファレンスNo.3 見習い司書とつながる絆
54/68

レファレンスNo.3 6-1

「おう、戻ったか」


 閲覧室に戻ると、ソファーで紅茶を飲んでいたエノク君が、顔だけをこちらに向けた。

 ただ、閲覧室にいたのはエノク君だけで、立川さんの姿は見当たらない。


「ただいま、エノク君。立川さんはどこに行ったの?」


「みなさん、おかえりなさい。良い本は見つかりましたか?」


「のわっ!」


 キョロキョロとカウンターの中とかを見回していると、突然後ろ(・・)から聞こえてきた立川さんの声。

 びっくりして振り返ると、閉じたはずの書庫への扉が開いており、その前に立川さんが立っていた。


「ああ、すみません。驚かせてしまいましたね。ちょっと近くの閲覧室へ行っていたもので。それで、私を探していたようですが、どうかしましたか?」


 わたし達が目を丸くしているのを見て、立川さんが謝りながら閲覧室に入って来る。

 ハッと我に返ったわたしも、手に持っていた本を差し出しながら、立川さんに事情を説明した。


「――それでですね、神社の勾玉について書かれていそうな本は見つかったのですが、わたし達では読めなくて……。でも、もしかしたら立川さんなら読めるんじゃないかなと思いまして」


「そうですか。……ふむ。では、その本を見せてください」


 わたしから本を受け取った立川さんが、パラパラと本をめくる。


「これは……崩し字ですね。――ふむ。これなら大丈夫です。読んであげられますよ」


『よかった~』


 葵ちゃんと声をハモらせながら、一安心して胸をなでおろす。さすがは立川さん、博識(はくしき)だ。

 手がかりがあるかもしれないのに、誰も読めないなんてことにならなくて、本当によかったよ。


「では、早速読んでみましょう。みなさん、ソファーの方へ」


 立川さんに(うなが)され、みんなでぞろぞろと応接スペースへ移動する。

 ソファーに座ると、立川さんは早速本を熟読(じゅくどく)し始めた。ちなみに、エノク君も横からのぞき込んで読んでいる。館長だけあって、エノク君も崩し字が読めるみたいだ。

 で、わたし達崩し字読めない組の四人はというと、立川さんとエノク君が本を読む姿をじっと見つめて、よい情報が見つかることをただ(いの)った。

 おかげで閲覧室内は静寂(せいじゃく)に包まれ、時計の針が動くコチコチという音だけがやけに大きく聞こえた。


「ふむ……。なるほどな」


 立川さん達が本を読み始めて、幾ばくかの時間が過ぎた頃。

 エノク君が「ふぅ……」と息をつき、立川さんも本を閉じて(ひざ)の上置いた。


「あの……どうでしたか?」


 本を読めなかった四人を代表して、わたしが二人に問いかける。

 すると、その質問にはエノク君が答えてくれた。


「結論から言うとだな、どうやらタイムスリップの方法を考える必要はなさそうだぞ」


「へ? エノク君、それって一体どういうこと?」


「キンタさんとアンさんが使った勾玉は、一時的に別の時代に行けるアイテムのようなのです。ここに書かれたことが事実なら、七日後に元の時代へ戻れます」


「おそらく、この勾玉は日本の古き神々が作った宝具の一つだ。長い時間をかけてエネルギーを()め込み、満タンになると時を()える力を発揮(はっき)するのだろう」


 立川さんとエノク君がわたし達の方を見ながら、わかりやすく本の内容と勾玉のことを解説してくれる。

 その話を、わたし達は一言一句聞き(のが)さないようにと真剣に聞き入った。


「この本によれば、三百年程前にもキンタさん達と同じようにタイムスリップした方がいたそうです。その方は別の時代で七日過ごした後、元の時代に戻って来たと本にはあります。また、その方の話では、最初にタイムスリップした際、勾玉はただの石になってしまったそうです」


「それって……今の勾玉の状態と同じですね」


 葵ちゃんがつぶやいた言葉に、立川さんが首肯する。


「その通りです。なお、元の時代に帰る時には、それを知らせるかのように勾玉は光を取り戻したとあります」


 立川さんがそこで言葉を切ってテーブルに本を置く。

 テーブルから視線を上げて、対面に座ったわたし達をまっすぐに見た立川さんは、柔らかく微笑んだ。


「このように前例があることから、今回も同じように元の時代に戻れる可能性が高いかと思われますよ」


「ふむふむ、なるほど。つまり、時間制限付きのタイムスリップだったというわけですか……。――ところで、キンタ君とアンちゃんはいつこの時代に着いたの?」


「えっと、ぼく達がこの時だいに来たのは六日まえの夕方です」


 立川さんの言葉を引き継ぐように問いかけると、キンタ君が指折り数えて答えてくれた。

 二人が来たのが六日前。本に書かれた情報が確かなら、元の時代には七日後に戻れるそうだから……。


「ということは、明日の夕方には帰れるってことか……。二人とも、あと一日で戻れるみたいだよ。よかったね!」


 そう言いながら、わたしは二人の前にしゃがみこんだ。

 きっと喜んでいるだろうと思って、二人の顔をのぞき込んでみたのだ。

 だけど……、


『…………』


 二人の顔に喜びの色はなかった。むしろ戸惑い――いや、あれは悲しみ? とにかく、素直に喜べている表情ではない。

 うーん……。いきなり帰れることがわかって、頭の中が真っ白になっちゃったのかな? 


(あれ? でもそれなら、表情に辛そうな色が混じっているのはなんで……?)


 彼らが浮かべた表情の意味を図り切れず、思わず首を傾げている。

 すると、その時だ。


「あと、一日しかない……?」


「…………」


 キンタ君が呆然(ぼうぜん)とした様子でつぶやいた。アンちゃんもキンタ君の(となり)で、ずっと何かを(こら)えるように(だま)っている。


(やっぱり、何かおかしい。二人とも、一体どうしちゃったんだろう……?)


 と、キンタ君達の様子にわたしが違和感(いわかん)を抱いていたら、二人の横に座った葵ちゃんが(はず)んだ声が上げた。


「本当ですか? わあ、そうなんだ! 二人はちゃんと帰れるんですね!」


 エノク君達に確認する葵ちゃんの声音(こわね)からは、喜びの色しか感じられない。

 普段(ふだん)の葵ちゃんだったら、キンタ君達の様子がおかしいことに気づいていただろうけど……。二人が帰れるとわかって、どうやらうれしさのあまり()い上がってしまったみたい。

 そのせいで葵ちゃんは、キンタ君達の表情の変化を見落としてしまったようだ。


「やったね、キンタ君、アンちゃん! もうすぐお家に帰れるんだよ」


「え? あ、うん。……そ、そうだね。ぼくたち、やっと帰れるんだよね」


「あ、あたしもうれしい」


 葵ちゃんの笑顔を見て、キンタ君とアンちゃんもようやくニッコリと笑う。二人が笑顔になったのを見て取り、閲覧室内は一気に問題解決という雰囲気(ふんいき)に包まれた。

 この雰囲気から察するに、どうやらエノク君達もわたしが間にいたせいで、キンタ君達の表情が目に入らなかったみたい。普通にキンタ君とアンちゃんが喜んでいるものと見ているのが、その表情から伝わってくる。

 つまり、何かがおかしいことに気が付いているのは――わたしだけということだ。


「立川さん、館長さん、詩織ちゃん! 本当にありがとうございました!」


「お役に立てたようで何よりです」


 感謝の言葉を述べる葵ちゃんに、立川さんが物腰(ものごし)柔らかな態度で対応する。

 そんな二人のやり取りを横目に、わたしは頭をフル稼働(かどう)させて、今自分がすべきことを考えていた。


(考えろ! 今ここでそれができるのは、わたしだけなんだから……)


 確信を持って、ここがおかしいと言えるわけじゃない。それに、もしかしたらわたしの考えすぎかもしれない。だから、下手なことを言ってこの場を混乱させないよう、今は自分の力でどうすべきか考える。


「ぼくたちのために力をかしてくれて、ありがとうございました」


「しおりお姉ちゃん、お兄ちゃんたち、ありがとうございました」


「うむ。無事に帰る方法が見つかってよかったな!」


 そうやってわたしが思索(しさく)にふけっていると、葵ちゃんに(なら)い、キンタ君とアンちゃんもそろってお礼を言ってくれた。エノク君も無事に解決してよかったという面持ちで、二人に言葉を返している。

 でも、二人のお礼を聞いてもやっぱり、わたしは納得できなかった。この子達が浮かべた表情には、何か意味がある気がしてならないのだ。

 では、その意味とは何か……。


(レファレンス自体は、成功したと言っていいはずだよね。だって、あの子達が過去に帰るための情報は、見つけることができたのだから。なら、二人は何であんな悲しげな表情を……)


 思い返せば、かえでさんが最初に帰ろうとした時とどこか似ている気もする。

 だけど、あの時はかえでさんの満足する結果が出ていないことが原因だった。

 あの時とは違い、今回のレファレンスの結果はしっかりと利用者が求める情報に行きついているのだ。

 なら……、


(なら、あの表情の原因は、レファレンスの結果とは別のところにあるということかな?)


 パズルのピースをはめていくように、わたしは一つ一つ思考を前に進めていく。

 だけど……タイムリミットは唐突(とうとつ)に訪れてしまった。


「それじゃあもう遅いし、私達はこれで帰ります。――キンタ君、アンちゃん、行くよ」


「うん」


「そうだね、アオちゃん」


 二人の表情の意味に対する答えが出ない内に、葵ちゃん達が帰り支度を始めてしまったのだ。


(まずい!)


 何が『まずい』のかは、わたしにもよくわからない。

 でも、わたしの心の奥で何かが訴えかけてきたのだ。

 このまま三人を返したらダメだって。まだ何か、大切なことが終わっていないって。

 そう感じたわたしは咄嗟(とっさ)に、


「あ、ちょっと待って!」


 と、三人を呼び止めていた。


「えっ? どうかしたの、詩織ちゃん? ああ、詩織ちゃんもいっしょに帰る?」


「え? あ~、いや。ええと、ええと……」


 どうしよう。呼び止めておいて何だけど、まだ何も思いついていない。

 ついでに焦っているせいか、頭の中がこんがらがってきてしまった。ええと、こんな時はどうすればいいんだっけ。深呼吸? あれ、でも前にそれで失敗したような……。


「ん?」


 葵ちゃんが首を傾げて、こちらを見ている。エノク君や立川さんもどうしたのだろうかとこっちに注目していた。


(ええと、ええと、何か言わなきゃ……。だけど、ええと……)


 考えもまとまらないまま、不思議そうにする葵ちゃんの顔を見る。その時ふと、ずっと前――司書見習いになるか悩んでいた時のことが頭をよぎった。



『そうだよね。ウジウジ考えてるなんて、わたしらしくないし。とにかくやってみろ、だよね!』


『そうだよ。そっちの方が詩織ちゃんらしいと思うよ。頑張れ、詩織ちゃん!』



(……うん、そうだ! あの時も自分で葵ちゃんに言ったじゃない。(なや)むくらいなら、とりあえず行動してみよう!)


 ここで動かなければ、わたしはきっと後悔する。それがわかっているのに何もしないなんて、この図書館の司書見習いとして――わたしとして失格(しっかく)だ!

 思いが固まり、顔を上げてまっすぐ前を見る。

 よし、まずはキンタ君とアンちゃんからだ。


「キンタ君、アンちゃん。帰る前にね、ちょっとだけ二人とお話したいことがあるんだけど、いいかな?」


「ぼくたちですか? はい、いいですよ」


「あたしもだいじょうぶ」


 コクリと頷いてくれたキンタ君とアンちゃんに「ありがとう」と言って微笑む。

 続いてわたしは、葵ちゃんの方に向き直った。


「葵ちゃん、帰りがけに悪いんだけど、ちょっと時間をもらってもいいかな?」


「うん。私は構わないよ」


「ありがとう。それじゃあ二人とも、ちょっと書庫の方に来てくれる?」


『はーい』


 一体なんだろうという顔をした二人といっしょに、わたしは再び書庫への扉をくぐった。



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