レファレンスNo.2 9-4
さてさて、さっきまで芸をしていたワンちゃん達が本に戻り、わたしが持っている飛び出す絵本も残り一ページ。
名残惜しいけど、今回のサーカスもクライマックスとなった。
だけど――この本の真骨頂はここからだ。
「さて、最後は魔法の本ならではの動物ですよ。今夜限りのスペシャルなステージです。どうぞ、お楽しみください!」
文香ちゃんに向かってそう言いつつ、わたしは最後のページをめくる。
最後のページが開かれると、まばゆい光とともに最後の動物が飛び出してきた。
目も眩むような純白の体に、同じく真っ白な羽根を持ったその動物は――。
「わあ、ペガサスだ!」
文香ちゃんが大きな歓声を上げる。
そう。最後のページから現れたのは、五頭のペガサスだ。
初めて見るペガサスに、文香ちゃんの目が今日一番の輝きを見せた。
(うふふ。文香ちゃん、驚いてる、驚いてる。よーし……)
それじゃあ、始めようか。ここからが最高に楽しい、本当の――、
「ショータイムです!」
わたしの声がレクリエーションルームに木霊する。それと共にペガサスといっしょに現れたピエロの手振りを始め、ペガサス達が次々と空に飛び上がる。
飛び上がったペガサスは、メリーゴーランドのように円形になって飛んだり、宙返りをしたりと、広い部屋の中を縦横無尽に飛び回った。
「すごーい。とってもきれい」
「うん。こんな綺麗な光景、今まで見たことないよ……」
文香ちゃんがデューイさんといっしょに首を右に左に振りながら、飛び回るペガサスを見つめる。二人とも、優雅に飛ぶペガサスの美しさに目を奪われていた。
しかし、目を奪われていたのは二人だけじゃなかったりする。
そうです! 何を隠そう、わたし自身もあまりの幻想的な光景に、思わず見惚れてしまったのです。
いや、だってペガサスだよ! すごく綺麗なんだよ! いくら出てくるのを知っていたからって、見惚れないでいるのは絶対に無理な話でしょう。
――などと、わたしがどこへともなく言い訳をしていた、その時だ。
「おお! 一体、何事?」
突然、手に持った本が再び光を放ち始めた。
思わぬ不意打ちにびっくりしていると、絵本から新たにかぼちゃの馬車が飛び出してきた。
馬車を見たピエロが、曲芸飛行を続けていたペガサスを呼び寄せ、馬車へとつないでいく。ペガサスをつなぎ終えると、ピエロはわたしに『さあ、どうぞ!』という視線を向けてきた。
「えっと……」
確認するようにエノク君と立川さんを見る。
すると、二人も口元に笑みを浮かべて、わたしに頷き返してくれた。
ならば――わたしが言うべき言葉は一つだ!
「文香ちゃん、デューイさん、いっしょに馬車に乗りませんか? みんなで空中散歩に行きましょう!」
「いいの? やったー!」
馬車に乗れるとわかり、文香ちゃんがバンザイをして喜ぶ。
ご機嫌な文香ちゃんの車椅子を押して馬車のところまで行くと、ピエロが文香ちゃんとデューイさんを抱きかかえ、馬車へ乗せてくれた。その後に続いて、私も馬車に乗りこむ。
うふふ。わたしも乗れるなんて役得だね。
あと、念のためということで、エノク君が最後の一席に収まった。
「文香ちゃん、デューイさん、準備はいいですね? それじゃあ、レッツゴー!」
わたしの声に応じて、御者台に乗ったピエロがペガサスを走らせ始めた。
宙を駆け出したペガサスとわたし達を乗せた馬車は、開け放たれた扉から書庫へと飛び出た。
さあ、空中散歩の始まりだ!
「わあ! すごい、すごい! なんかあたし、シンデレラになったみたいだよ!」
馬車の窓に張り付いて外を見ながら、文香ちゃんがはしゃぐ。
文香ちゃんの言う通り、馬車で空中散歩をしていると、お姫様にでもなった気分になってくるね。
何というか、遊園地のアトラクションにでも乗っているようなワクワク感があるのだ。
いつも乗っている空飛ぶ絨毯も良いけど、空飛ぶ馬車も悪くないかも。
「楽しんでもらえて何よりだ。本も君に楽しんでもらえて、喜んでいることだろう」
わたしの隣に座っているエノク君も、文香ちゃんの笑顔を見て、穏やかな口調でそう言った。
きっとエノク君は、文香ちゃんの喜ぶ様子が見られてうれしいのはもちろん、この図書館の力でそれを成し遂げたのが誇らしいんだろうなぁ。
何だかエノク君の気持ちが、今はわたしにも手に取るようにわかる気がした。
馬車に乗って書庫内を飛び回ること、十分くらい。
空中散歩を堪能したわたし達は、レクリエーションルームへと戻ってきた。
「ああ、たのしかった! こんなにたのしいの、すっごくひさしぶり!」
馬車を降りた文香ちゃんは、とても満ち足りた笑顔をわたし達に見せてくれる。
その笑顔に釣られ、わたしも自然と顔をほころばせつつ、文香ちゃんに歩み寄った。
「喜んでもらえて何よりです。――さて、今日の読み聞かせ、不思議なサーカスはこれにておしまいです」
ペガサスとピエロが本に戻るのを見届けて、パタンと本を閉じる。
すると、レクリエーションルームの中はお祭りの後のような余韻だけを残し、シーンと静まり返った。
「どうでしたか、文香ちゃん。元気出てきましたか?」
「はい! こんなたのしいサーカスをみせてもらって、もうゲンキいっぱいです!」
文香ちゃんがかわいらしくガッツポーズをする。何というか、見ているこっちが元気をもらえそうだ。
それでもまだ不安なのか、デューイさんが心配そうに文香ちゃんを見上げる。
「本当に元気が出た? リハビリも頑張れそう?」
「うん。ありがとう、デューイ。わたし、がんばるよ! それで、わたしがあるけるようになったら、――またいっしょにサーカスをみにいこうね!」
「うん! 約束だよ、文香ちゃん!」
「うん。やくそく!」
わたし達の目の前で、文香ちゃんとデューイさんが指きり(?)をする。
あはは、二人ともうれしそうだ。
と、その時、文香ちゃんが眠たそうに目をこすり始めた。
「ふあ~。ひさしぶりにいっぱいわらったから……、ねむくなってきちゃった……」
読み聞かせを始めてからおよそ二時間。寝ているところを起こしてしまったことを考えれば、文香ちゃんが眠くなってしまうのも無理ないかな。
実は、わたしも少し眠かったりするし……。
ちなみに、レクリエーションルームは書庫と同じで逆竜宮城状態となっているので、現実世界では二十分程度しか時間が経っていなかったりする。あまり長い間、文香ちゃんが病室から消えてしまうと問題になってしまうからね。
「そっか。それじゃあ、おやすみ。文香ちゃん、また明日」
「うん……。おやすみ、デューイ……。また……ね……」
デューイさんに笑いかけ、文香ちゃんは車椅子に座ったまま、すぅすぅと寝息を立て始めた。
「文香ちゃん、リハビリは大変だと思うけど、頑張ってね。きっと、またいっしょにサーカスを見ようね」
気持ち良さそうに眠る文香ちゃんを起こさないよう、デューイさんがそっと語りかける。
デューイさんの言葉に、寝ている文香ちゃんがふわりと微笑んだ気がした。
その後しばらく、デューイさんは文香ちゃんの穏やかな寝顔を見守っていた。文香ちゃんを見守るデューイさんの顔は、どこまでも穏やかに澄んでいて……。何だか見ているこちらまで、心が安らいでいく気がするよ。
――なんてことを考えていたら、不意にデューイさんがわたし達の方にやってきた。
「みなさん、今日は本当にありがとうございました。おかげで久しぶりに、文香ちゃんの楽しそうな笑顔を見ることができました」
わたし達三人へ、深々と頭を下げるデューイさん。
そしたら、突然立川さんが私の肩に手を置き、優しい笑顔でデューイさんへ向かって首を振った。
「いえ、私達はほとんど何もしていません。今回のレファレンスは――文香さんを笑顔にすることができたのは、詩織さんの功績です。感謝の言葉なら、詩織さんへ送っていただければ結構ですよ」
「い、いえ、そんな……。立川さんのアドバイスやエノク君の激励があったからこそ、わたしもいろいろ気づけたわけで……」
「それでも、この本を提供することを思いついたのはお前だ。今回のレファレンスを成功させたのは、間違いなくお前だよ」
わたわたと手を振りながら、あれこれ言っていると、珍しくエノク君まで褒めてくれた。
何か気恥しいけど、悪くない気分かな。えへへ。
などと頬に手を当てて照れていると、デューイさんがわたしの方に手を差し出した。
「詩織さん、ぼくの依頼を引き受けてくれたのがあなたで、本当に良かった。どうもありがとうございました」
「どういたしまして。デューイさんにそう言ってもらえて、わたしもすごくうれしいです」
わたしも満面の笑顔で、デューイさんの手を握り返す。
今回は大変な失敗して、たくさん泣いたレファレンスだったけど……、最後にこんなにも素敵な言葉をもらうことができた。それがどこまでもうれしく――誇らしかった。
その後、わたしはデューイさんといっしょに、文香ちゃんを病室に送り届けた。
ベッドでぐっすり眠る文香ちゃんは、とても安らかな笑顔をしていた。
きっともう、文香ちゃんは大丈夫だろう。リハビリを乗り越え、絶対にまた歩けるようになる。
文香ちゃんの寝顔を見ていたら、自然とそう思えてきた――。




