レファレンスNo.2 3
――ガチャリ!
おしゃべりのネタが尽きたことで静かになった閲覧室に、ドアノブの回る音が響く。
ずっと待っていたのだから、聞き間違いようがない。
これは、入口の扉のドアノブが奏でる音だ!
(おおっ! 二週間ぶりに利用者さんが来たーッ!)
うれしくなったわたしは、飛び跳ねる様に応接用のソファーを離れ、扉の前まで駆けて行った。
「ようこそ、ラジエルライブラリへ! 本日は、どういったご用件でしょうか?」
満面の笑顔であいさつをしながら、開いた扉の方を見る。
しかし――そこに人の姿はなかった。
「あれ? 誰もいない?」
扉は開いているのに、そこには誰もいない。
おかしいなぁ、と思いつつ首を傾げていると、エノク君が「はあ……」と溜息をつきながらやってきた。
「お前は一体どこを見ているのだ。よく見ろ。もっと下だ、下」
「え? 下?」
エノク君に言われた通り、目線を正面からズィーッ、と下げていく。
すると、わたしの足元に一体のテディベアが立っていた。
「おお、テディベア! 何これ、かわいい!」
こんなところに、テディベアなんて置いてあったかな?
まあ、いいか。すごくかわいいし!
(わ~い、テディベアだぁ~! もふもふだぁ~!)
置かれていたテディベアを抱き上げ、とりあえずその場でクルクルと回る。
と、わたしがハイテンションで浮かれていた、その時だ。
「やめんか、バカ者! 利用者を抱き上げて、何をしているのだ!」
気持ちよく回っていたわたしを、エノク君が怒り顔でどなりつけてきた。
まったく、そんなに大きな声で言わなくても聞こえるのに。
ほんと、エノク君は怒りっぽいんだから……。
――って、あれ? エノク君、今「利用者を抱き上げて」って言わなかった?
「え、利用者? このテディベアが?」
クルクル回るのをやめ、抱き上げたテディベアをまじまじと見つめる。
そうしたら、わたしの手の中でテディベアが身をよじった。
「うぅ……。目が回る~。気持ち悪い~」
頭をゆっくり回しながら、テディイベアが声をもらす。
その声を聞いた瞬間、わたしの両目がビカッと光った。
「テ、テディベアが動いた~! しゃべったぁ~! 何これ、すっご~いっ!」
すごい! しゃべるテディベアなんて、初めて見た!
あまりのことにうれしくなり、わたしはテディベアを抱きしめ、改めてその場でダンスを踊り始めた。
「だ・か・ら! 『やめろ』と言っているだろうがわからんのか!」
「あいたっ!」
再びクルクル回りながら踊っていたら、今度はエノク君にハリセンで頭をはたかれてしまった。
うぅ……。あのハリセンアタック、本当に痛い……。
何も実力行使で止めなくてもいいのに~。
というかそのハリセン、一体全体どこから取り出したのよ、エノク君。
「まったく……。初めての利用者の時といい、お前は利用者が来るたびに妙なリアクションを取らねば気がすまんのか!」
エノク君があきれた顔でそんなことを言う。
テディベアさんを床に下ろしたわたしは、「ぶ~。だって仕方ないじゃない」と言いながら、ふくれっ面でエノク君を見た。
(ここの利用者さんって、見た目からいって個性的な方ばっかりなんだもん! 多少テンションがおかしくなるくらい、大目に見てよ)
などとわたしが考えていると、床に降り立ったテディベアさんが再び口を開いた。
「ふう。助かりました。危うく、目を回して気絶してしまうところでした」
わたしから解放されたテディベアさんが丸い手で頭をかきながら、安堵の息をつく。
それを見た瞬間、わたしは大事なことをまだしていなかったことに気づいた。
(あっ! しまった! そういえばわたし、まだこのテディベアさんに謝ってなかった)
気がついたら、即行動。
わたしはもう一度テディベアさんの前に立って、思いっきり頭を下げた。
「さっきは振り回してしまって、ごめんなさい! わたし、しゃべるテディベアさんなんて初めて見たから……。――その、つい舞い上がっちゃって……、本当にごめんなさい!」
「本当に申し訳ありません。この者はまだ司書見習いになって日が浅いので、あなたのような存在に慣れていないのです。どうかお許しください」
「ああ、いえいえ。お気になさらないでください。ぼくみたいな存在を見て、怖がらないでいてくれるだけでもうれしいです。それにこの通り、ぼくは大丈夫ですから」
ペコペコと何度も頭を下げるわたしと横でいっしょに謝ってくれるエノク君を、テディベアさんは快く許してくれた。
優しいテディベアさんで、本当に良かった。
「ああ、こんなところでいつまでも立ち話もなんですね! こちらのソファーへどうぞ」
「はい。どうもありがとうございます」
テディベアさんを伴って、応接スペースへ移動する。
三人ともソファーに座ったところで、わたしは向かい側に座ったテディベアさんへ向かい、改めて口を開いた。
「では、気を取り直して……。ようこそ、ラジエルライブラリへ! わたしはここの司書見習いで、神田詩織といいます」
「オレは、この図書館の館長でエノクと申します」
司書見習いモードに戻って、エノク君といっしょに自己紹介。
すると、それを聞いたテディベアさんが、わたし達に向かってペコリと頭を下げた。
「ご丁寧にどうも。――えっと、ぼくは、デューイといいます」
「デューイさんですね。よろしくお願いします。――それでデューイさん、今日はどういったご用件でこの図書館へいらっしゃったのですか?」
自己紹介も終わったので、続いてデューイさんに来館した理由を聞く。
立川さんはいないけど、わたしにだって利用者さんの話を聞いておくくらいのことはできるからね。
とりあえず、レファレンス・スタートだ!
「はい……。今日ぼくがここに来た理由、それはぼくの持ち主さんに元気を出してもらう方法を見つけるためです」
デューイさんの言葉を、開いたメモ帳へメモっていく。
ふむふむ。
デューイさんがこの図書館に来たのは、『持ち主さんに元気を出してもらう』ためっと……。
ん? 『元気を出してもらう』ってどういうこと? その持ち主さん、どうかしたのかな?
「ふむ……。元気づけたいとは、具体的にどういうことでしょうか?」
わたしの横に座ったエノク君が、デューイさんへ質問を投げかける。
どうやらエノク君も、わたしと同じ疑問を持っていたようだ。
「実はぼくの持ち主――文香ちゃんっていう小学校一年生の女の子なんですけど、一か月前に交通事故にあってしまったんです。幸い命に別状はなかったのですが、文香ちゃんは足に大怪我をしてしまって……。担当のお医者さんが言うには、文香ちゃんはこのままだと歩けなくなってしまう可能性があるみたいなんです」
今にも泣き出しそうな声で語るデューイさん。声が沈んでいくのに合わせ、顔まで俯いていく。
デューイさんの悲しそうな声を聞いていると、何だかわたしの方まで悲しくなってきてしまった。
(でも、日は浅いとはいえ、わたしだって司書見習い。ちゃんとお話を聞いて、利用者さんが何を求めているかを考えなければ……)
と、わたしが気合を入れ直したのと同時。
突然、デューイさんが顔を上げた。
「だけど、文香ちゃんはまだ歩けなくなると決まったわけではないんです。ちゃんとリハビリをすれば、また昔のように歩けるようになるかもしれないって、お医者さんも言っていました!」
デューイさんは、手を胸の前でグッと握って、力強く語る。
だけど、その力強さは長く続かなかった。
「でも、肝心の文香ちゃんはここのところ全然元気がなくて……。どうやら歩けなくなるかもしれないっていう話がすごくショックだったみたいで、ご飯もほとんど食べなくなってしまったんです」
「なるほど……。病は気から、とも言う。元気がないままの文香ちゃんでは、リハビリもうまくいかないどころか別の病気にでもなってしまいそうということですか……」
「ふむふむ。それで、デューイさんは文香ちゃんに元気になってもらう方法を探しているということですね」
エノク君が腕を組んで、うんうんと首肯する。
その横でメモ帳を構えたわたしが、デューイさんに確認した。
その問いかけに、デューイさんもコクリと首を縦に振った。
「そうです。文香ちゃんが万全の状態でリハビリを行えるに、何とかして元気になってもらわなきゃいけない。そんなことを考えていたら、病院にいた幽霊さんがこの図書館のことを教えてくれたんです。それで、必死にお祈りしていたら、ここへの扉が現れて……」
そう言ったデューイさんが、わたしとエノク君をうるんだ瞳で上目遣いに見上げてくる。
その視線を向けられた瞬間、わたしのハートは一発で射抜かれた。
(――くっ! かわいい。かわいすぎるよ、この利用者さん!)
あまりのかわいさに、また抱きしめてクルクルしたくなる衝動に駆られる。
でも、何か良くない予感がして横を見ると、わたしの心が読めるのかエノク君がギロリとにらんでいた。
――あ、危なかった! 気づかずにデューイさんへ手を出していたら……またハリセンの餌食になるところだった。
と、そんな感じでわたしがエノク君にビビっていると、デューイさんはソファーの上に立ち上がり、かわいらしく頭を下げた。
「詩織さん、エノクさん、どうかお願いします。ぼくに力を貸してください」
持ち主さんのため、小さな体で精一杯お願いするデューイさん。
その健気な姿に……、わたしのハートは射抜かれるどころか蜂の巣にされてしまった。
(……………………。フッ……)
わたしは今、『かわいいは正義』という言葉の意味を悟った。
こんなかわいい利用者さんから頼れたら、もう気力百倍ですよ。
わたし――いけます! 何がいけるのかわからないけど!
「任せてください! わたしが必ず、文香ちゃんを元気にする方法を見つけて見せます!」
自信たっぷりに、ドンッ、と胸を叩く。
――ちょっと強く叩きすぎて、むせそうになっちゃったけど……。
「ほう……。自信があるようだな。何かよいアイデアでも思いついたのか?」
自信たっぷりのわたしを見て、エノク君が意外そうな顔で尋ねてくる。
だからわたしは、エノク君に向かってグッとサムズアップした。
「我に秘策あり、だよ。どんな本を探せばいいかは、何となくイメージできた」
「ふむ、そうか……。まあ、お前も見習いになって、三カ月近く経ったわけだしな。そろそろ、一人でレファレンスをやらせてみる時期か……。――よし、わかった。オレが許可する。やってみるがいい」
「いいの? どうもありがとうございます、館長!」
エノク君に、ビシッ、と敬礼する。
今だけは、館長と呼ぶことにしよう。
それにしても、えへへ! 初めてやる、一人でのレファレンスか~。
これは、いやでも気合が入るというものだね! 頑張ろう!
「詩織さん、よろしくお願いします」
「はい、任せてください! それじゃあデューイさん、少し待っていてくださいね」
空飛ぶ絨毯とコンパスを持ったわたしは、デューイさんとエノク君へ一礼して書庫へと入る。
よーし、はりきって探すぞ~!
レッツゴー!




