レファレンスNo.2 2-1
――8月31日。今日は夏休み最終日にして、明日から始まる二学期を乗り切るための英気を養う大切な日……。
そんな日にわたしこと神田詩織が何をしているかといえば――当然、司書見習いのお仕事だ!
わたしが司書見習いになると決めたあの日から、およそ三か月。
この三か月間、わたしはラジエルライブラリ第32番閲覧室の司書見習いとして、立川さんのレファレンスを手伝い、立派な司書となるのに必要な勉強をしてきた。
一言で言ってしまえば、充実した司書見習いライフを送っていたというわけだ。
学校との両立は大変だけど、いろんな利用者さんと出会い、レファレンスをする中で、最近は少しずつだけど司書の仕事というものが見え始めてきた気がする。そんな今日この頃だ。
それなのに……、
「あ~、暇だなぁ~」
それなのに、だ。
8月の後半に入ってからというもの、この閲覧室には利用者さんがまったく来ていなかった……。
「暇だなぁ~」
カウンターの椅子に座って、入口の方をじっと見つめる。だけど、誰かがやって来る気配はない。
せっかく7月の間に夏休みの宿題を終わらせて、いつもより長くこの図書館にいられるようにしたのにな~。
はあ……。
これじゃあ、まるで意味がないよ。
(まあ、利用者さんがいないなら仕事の勉強でもすればいいのだけど……。なんか今日はそんな気分にもなれないんだよね、これが……)
明日から学校が始まると思うと、どうしても勉強する気になれない。
二学期になってより難しくなる学校の授業を思うと、今日くらいは『勉強』という言葉そのものを忘れていたい。そんな気分なのだ。
ただまあ、暇なこと自体に変わりない。
なので、手持ち無沙汰にエプロンへ付けている『司書見習い』と書かれた名札をいじってみるけど――全然楽しくない……。
ちなみに立川さんは今、この閲覧室にいない。
何でも『他の閲覧室から手伝いを頼まれた』とかで、さっき書庫へ入っていったのだ。
なので、今はわたし一人でお留守番というわけ。
つまりは、暇をつぶせる話し相手もいないのです。
「司書って、暇な仕事なんだなぁ~」
「――何を言っとるか。暇なのはお前ぐらいのものだ、バカ者め!」
「……ふえ?」
エプロンから外した名札を眺めながらつぶやくと、それに答えるかのように横から声がした。
声のした方へノロノロ振り向くと、開いた書庫への扉の前にエノク君が立っている。
暇を持て余していたわたしは、『これ幸い! カモが来ましたよ!』とばかりに目を光らせてエノク君を出迎えた。
「エノク君、いらっしゃい! 丁度いいところに来たね。ちょっとわたしの話し相手になってよ」
「だから、オレのことは『館長』と呼べといつも言っているだろうが! ――第一、オレは様子を見に立ち寄っただけで、お前の道楽に付き合っているほど暇じゃない!」
腕を組んだエノク君が、そっぽを向きながら言う。
うーん。さすがにタダではわたしの暇つぶしに付き合ってくれないか。
だけど……、それならこちらは最終兵器を出すまで!
「まあまあ~、そんなこと言わないで~。ほら、立川さんが作ってくれたクッキーもあるからさ!」
「司書達との意見交換は館長の立派な業務だな、うん! さあ、見習い。ゆるりと語り合おうではないか」
わたしが取り出した最終兵器――立川さんのお手製クッキー(お店が開けるくらい美味!)にエノク君がコロリと意見を変える。
フッフッフッ。作戦大成功!
食いしん坊のエノク君には、やっぱりこの手だね。見事に釣れたよ。
ともあれ、会心の戦略で話し相手を得たわたしは、エノク君と共に応接スペースへ移動した。
テーブルにクッキーと紅茶を並べて、準備完了!
早速クッキーを頬張り始めたエノク君へ、わたしはさっきの言葉の意味を聞いた。
「ねえねえ、エノク君。さっきのって、どういう意味。暇なのはわたしだけって、どういうこと?」
「まったく……。モグモグ。お前というヤツは、そんなこともわからないのか。モグモグ」
わたしが質問すると、エノク君はクッキーを食べながら『やれやれ』とため息でもつきそうな口調で答えた。
ただ、その言葉を紡ぐエノク君の顔はリスのようにほっぺが膨らんでいる上、幸せそうに緩み切ってしまっている。
注意する人がいないからって食べながら答えたせいで、とても残念な光景となっていた。
エノク君に向けるわたしの視線も、自然と生温かいものとなってしまう。
「モグモグ……ゴックン! いいか? 司書の仕事が暇なんて、もってのほかだ。ラジエルライブラリの司書には、お前が思っているよりたくさんの仕事があるのだ。――まあ、お前は見習いになったばかりで司書の勉強を優先しなければならないから、レファレンス以外の仕事をやらせていないがな」
自分に向けられた微妙な視線に気づかないまま、まるで先生のように説明を続けるエノク君。
何とも締まらない光景だったけど、ちゃんと答えてくれる辺り、エノク君も面倒見がいい。
なのでわたしも、生徒よろしく質問を重ねた。
「ふ~ん、そうなんだ。ねえ、レファレンス以外の仕事って、例えばどんな仕事があるの?」
考えてみればこの三か月、レファレンス以外の仕事について、ほとんど聞いたことなかった気がする。今やっている勉強も、レファレンス関連のことが中心だしね。
丁度いい機会だし、他の仕事について知っておくのも悪くないはず!
そう思って聞いてみたのだけど……、
「例えばか? そうだな……。新しく書庫に増えた本の探索や、利用頻度の高い本の情報を集めた特別な図書目録の編纂といったメジャーなものから始まりだな……」
エノク君がスラスラ取り留めもなく、仕事について語り出した。それはもう、マシンガンのように。
こ、これはヤバいかも……。
わたし、なんか変なスイッチを入れちゃったみたい。
このままだと、一晩中だってしゃべり続けそうな勢いだ。
よ、よし。こうなったら……、
「ね、ねえ、エノク君。そういえば、立川さんって今どんな仕事しているのかな? わたし、留守番を頼まれただけで、今、立川さんが何やってるのか知らないんだけど……」
話の方向を、微妙に軌道修正。
これなら、一晩中語り尽されることもないだろう。――多分。
「――であるからして……。って、うん? 立川がやっている仕事? 何だ、聞いてなかったのか? 立川がやっているのは、一言で言えばトラブル対応だ。この図書館では、日々いろんなトラブルが起こっており、司書達もその対応に日々追われている。立川も、今日は他の閲覧室で起こったトラブルを解決するため、ヘルプに出ているのだ」
わたしの狙い通り、立川さんの仕事に話をシフトしてくれたエノク君。
フゥ。よかった、よかった。
でも、トラブル対応のヘルプって一体……?
「ヘルプが必要なほどのトラブルって、一体何があったの?」
「他の閲覧室に来た利用者が、勝手に書庫に入って遭難した。今、いろんな閲覧室から応援を呼んで、書庫内を捜索している」
「わあ……。本当に遭難者が出てるんだ……」
話には聞いていたけど、現在進行形で起こっていると聞くと、少しぞっとする。
早く見つかることを、切に祈ろう。
「ほう……。お前は『遭難者が出た』と聞いても驚かないのだな。これは意外だ」
遭難と聞けば、わたしが取り乱すものと思っていたらしい。
エノク君が言葉の通り、意外そうな面持ちでわたしを見た。
「前に立川さんから、年に何件かは遭難事故があるって聞いていたからね」
「なるほど、そういうことか。まあ、書庫に入る際の心得として、遭難の危険性を説明してあるのは当然か」
エノク君が納得したという顔をする。
その顔を見ていたら、わたしの頭にピコンといいアイデアが浮かんだ。
「あっ、そうだ! 何ならわたしも、捜索を手伝おうか? 人出が多いに越したことはないでしょ?」
思い立ったが吉日。
早速エノク君に提案してみたんだけど……、
「ハッハッハッ! 遭難者が増えても困るので、その申し出は丁重に辞退させていただこう」
わたしのアイデアを聞いたエノク君は、大笑いしながらそう宣ってくれた。
む、むかつく……。
(け、けど――ここは抑えておこう……。ケンカするばかりが能じゃないしね。ああ~、わたしって大人だ~)
と、自分の大人な対応に感動しているわたしの前で、エノク君は諭すような口調で言葉を続けた。
「それに、かなりの人数を集めたから、お前の手を借りずともすぐに見つかるはずだ。第一、閲覧室を空にするわけにもいかないだろう。お前は、大人しく留守番をしていればいい」
「最初の『遭難者が増える』って物言いはちょっと気になったけど……、確かにその通りだね。じゃあ、大人しく留守番しているよ」
「うむ、わかってもらえてオレもうれしいぞ。お前はぜひ、ここで大人しくしていてくれ」
エノク君がとても満足そうな顔で大きく頷く。
グッ……。怒るな。怒るな、わたし。
こ、ここは聞き流してあげるのが、お、大人な対応だ。
(そ、そうだ! ここは別のことに意識を集中して、この怒りを静めよう)
というわけで、わたしは話題をさらに方向修正することにした――。




