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ラジエルライブラリの司書見習い  作者: 日野 祐希@既刊9冊発売中
幕間その1 第32番閲覧室の日常
26/68

幕間 1-3 ☆

「――さて、私がこの図書館に来た時のお話はこのくらいでしょうかね。詩織さん、ご満足していただけましたか?」


「はい! とってもおもしろかったですし、いろいろと勉強になりました。立川さん、どうもありがとうございました!」


 詩織が立川に向かって、ペコリと頭を下げる。

 

 と、その時だ。

 詩織が頭を下げるのに合わせたかのように……、


「おーい、お前達。一体、何をしているのだ?」


「おわっ!」


 詩織の耳元で突然、誰のものとも知れない声が響いた。

 思いがけない一撃に驚いて飛び上がった詩織が、ソファーから転げ落ちる。

 ()()うの体で詩織がソファーに手を付き見上げると、背もたれに腕と(あご)を乗せるようにしたエノクが立っていた。


「エ、エノク君か……。びっくりさせないでよ、もう! いつからそこにいたの?」


「ん? つい今し方だが」


 非難がましい目をする詩織に、エノクは()びれた様子もなく普通に答える。

 そうすると、エノクの答えを聞いた詩織はわなわなと震えながら彼を見た。


「今し方って……。近づいてくる気配をまったく気配を感じなかったんだけど。――エノク君、図書館長っていうのは世を忍び仮の姿で、実は忍者か何かなんじゃない?」


 真面目な顔で、よくわからないことを言い始める詩織。

 エノクも『こいつは、本当にダメななんじゃないか……?』という思いが見え隠れする、何とも言えない表情になってしまった。


「何を言い出すかと思えば……。そんなわけないだろうが、バカ者が! 大方、いつものようにボケっとしていて、気付かなかっただけだろう」


「むむっ、失礼な! わたしがいつボケっとしていたって言うのかな?」


「『いつ』も何も、四六時中頭の中に花畑でも広がっていそうな顔をしているではないか、お前は」


「むきーっ!」


 ひらひら手を振って、詩織をあしらうエノク。詩織がいくら文句を言っても、彼は適当に聞き流して取り合わなかった。

 そのような扱いを受けた詩織はさらに不満を(つの)らせ、ついには奇声(きせい)を上げながら地団太(じだんだ)を踏み始めたのだった。


「で、結局お前達は何をしていたのだ?」


「むう~。――はあ……。まあいいや。一人で怒ってても疲れるだけだし……」


 怒り疲れた詩織が、ため息きながらぼやく。

 彼女はエノクに向かい、投げやりな態度で答えた。


「別に何かしていたってわけじゃないよ。ただレファレンスの勉強が一区切りついたから、休憩がてら立川さんとお話してただけ」


「そうか。――ふむ。どうやら勉強も順調そうだな。上々だ」


 テーブルに広げられた詩織のノートを見て、エノクが満足そうに頷く。

 それを見てコロッと機嫌(きげん)を直したらしい詩織が、得意げに口を開いた。


「えへへ~。でしょでしょ! エノク君、もっと褒めてもいいんだよ? いや、むしろどんどん褒めなさい! わたしは褒められて伸びる子なんだからね!」


 鼻高々といった様子で、詩織が胸を張る。

 そんな彼女を前に、フッと表情を消して真顔になったエノクが立川を仰ぎ見た。


「――立川、明日からはカリキュラムを三倍に増やそう。ビシバシしごいて、こいつの鼻をへし折ってやれ。それはもう、バッキバキに……」


「わーっ! ごめんなさい、ごめんなさい! 調子に乗ってごめんなさい! 謝るから三倍はやめて~! そんなことされたらわたし、学校で落第しちゃう~‼」


 必死の形相で何度もエノクに謝る詩織。

 最後は、土下座まで始める始末だ。

 そのあまりの情けなさは、エノクに少し(おど)し過ぎたかと反省を促させるほど(すさ)まじいものだった。


「あ~……。わかった、わかった。もうよい。三倍というのは単なる冗談だ。いい加減顔を上げろ」


「本当に? 三倍に増やさない?」


 目をウルウルさせながらエノクを見上げる詩織。

 エノクも「まったく……」と溜息をつきながら頷いた。


「ああ。増やさない、増やさない。だから、安心しろ」


「ふう。良かった~」


 エノクの言葉を聞いて、詩織が安心し切りの顔になる。

 ふにゃりと安心した赤ん坊のように笑った彼女は、ようやく土下座をやめてソファーに座り直したのだった。



 ――すると、その時……。



「ああ、そうでした!」


 立川が『今、思い出しました』とでもいうように、パンッ、と手を打った。

 とは言え立川のことだから、二人のやり取りを観察しながらベストのタイミングで話を切り出したというところだろうが……。


「今日は他の閲覧室の司書から、おいしいマドレーヌをもらったのですよ。館長も来たことですし、おやつの時間にしましょうか」


「いいですね、立川さん。わたし、マドレーヌ大好きです!」


「うむ! いいな、マドレーヌ。最高だ! では、すぐお茶にしよう!」


 おやつと聞いて大喜びする二人を残し、立川がお茶を()れに席を立つ。

 しばらくすると、立川が淹れたお茶のいいにおいが閲覧室に満ちた。


「さて、お茶の準備もできましたし、おやつにしましょう」


「おう、待ちかねたぞ!」


「エノク君、おやつの一人占めはしないでよね!」


 和気あいあいとしたおやつの時間がまったりと過ぎていく。

 立川がいて、エノクがいて、みんなで楽しく談笑する――詩織の大好きな時間だ。


「詩織さん、おやつを食べ終わったら、もう一頑張り、お勉強をしましょうね」


「はい! よろしくお願いします、立川さん」


 こうして、第32番閲覧室の一日は、今日もゆるやかに過ぎてゆくのだった――。



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