幕間 1-2 ☆
「そうだ! セファーラジエルのことのついでってわけじゃないですけど……。丁度いい機会なので、もう一つ聞いていいですか?」
「はい、いいですよ。何が聞きたいのですか?」
今度は何だろうかと、不思議そうに首を傾げる立川。
そんな彼を、詩織は目をキラキラさせながら仰ぎ見た。
「えっとですね……。わたし、立川さんのことをまだよく知らないので、良かったらこの機会に立川さんのことを教えてもらえませんか!」
「私のことですか? ――それは構いませんが、詩織さんは私のどのようなことが聞きたいのですか?」
「えっ? う、うーん……。そうですね……」
立川から逆に聞き返されて、詩織がうなり出す。
しばらく真剣な表情で考えていたかと思うと、彼女は何かを思いついたかのように顔を上げた。
「あっ! それじゃあ、立川さんが司書見習いになった時の話を聞かせてください!」
「私が司書見習いになった時の話……ですか?」
「はい! 立川さんがラジエルライブラリに初めて来た時の話です。立川さんがどういう経緯でこの図書館に来たのか教えてください!」
詩織が再び目を輝かせながら立川を見る。
すると、立川も「ふむ……」とつぶやきながら、当時のことを思い出すように天井を見上げた。
しばらくそうしていた立川は「わかりました。お話ししましょう」と言って、詩織に笑いかけた。
「――私がラジエルライブラリに来たのは13年前、まだ小学五年生だった頃のことです。私はある日、この図書館に収められた1冊の本のことを夢に見たのです。この図書館への扉が現れたのは、その夢を見た翌日のことでした……」
「小学五年生!? ということは、今のわたしよりも小さい頃から、この図書館にいるんですか? すごいですね!」
思わず立川の言葉を遮り、詩織が感嘆の声を上げる。
だが、目を丸くした詩織を前に、立川は「あはは」と笑い声を上げた。
「それを言ったら、詩織さんは小学生になる前から、この図書館に来ていたじゃないですか。こういうのは、単にタイミングの問題ですよ。――ともあれ、私の最初の依頼人は夢に出てきたその本でした。その本は、私の夢に出てくることで助けを求めたのです。ラジエルライブラリは、その本の意思を汲み取って私を招いたというわけです」
「ふーん。そういう理由で招かれることもあるんですね」
立川が再び話し始めて早々、詩織が話をまた脱線させた。
ただ、話の腰を折られた立川は特に気にすることもなく、詩織の脱線に乗っかった。
「この図書館が司書候補となる人物を招く理由は、千差万別ですよ。詩織さんのように幼い頃から資質を見出されて必要なタイミングで召喚される者もいれば、私のような理由で招かれる者もいる。他にも理由はたくさんあるでしょうね」
「ほへ~。なんかいろんな司書さんに、招かれた理由を訪ねて回ってみたくなりました」
「それはおもしろそうですね。ですが、私や詩織さんのように自分の招かれた理由を正確に把握している司書は、それほど多くないですよ。ラジエルライブラリが話して聞かせてくれるわけでもないですから」
「そっか~。ちょっと残念」
むう、と詩織が唇をへの字にする。
その顔がよほどおもしろかったのか、クスクスと笑い出す立川だった。
「さて、そろそろ話を戻します。私に助けを求めた本は『白紙化』――自らに記された物語を忘れるという、人間でいうところの記憶喪失のような病気に罹っていました」
「病気……ですか? 立川さん、本でも病気に罹ることがあるんですか?」
詩織が不思議そうな顔を立川に向ける。その顔を見るに、『本が罹る病気』というのがいまいちピンと来ていないようだ。
「病気というのは、ものの例えです。実際は、現実世界にあったその本のオリジナルが消失し、その影響が物語を忘れるという形で現れたのです。本当に珍しいことですが、この図書館に収められた本の内、数百万冊に一冊くらいの確率で起こる現象です」
「数百万分の一ですか? それはまた、すごい確率ですね。その本も運が悪いというか、何というか……」
「ええ、本当にその通りですね。ただ、私の場合はその不幸のおかげでこの図書館に来られたので、少し複雑な心持ちといったところなのですが……」
言葉の通り、曖昧な笑みを浮かべる立川。
彼の性格からすれば、人の――いや、本の不幸を喜ぶことなどできないのだろう。
その不幸の上に今の自分があると思えば、なおさらだ。
「それは違いますよ、立川さん。立川さんがここに来られたのは、きっとそうやって本を思いやれる優しい人だったからです。わたしはそう思います!」
だが、そのように考える立川に向かって、詩織はふわりと笑いかけた。
彼女の笑顔に、立川もどこか肩の荷が下りたような面持ちで微笑み返すのだった。
「それで、立川さんはどうやってその本を助け出したんですか?」
そんな立川へ、詩織は寝物語をしてもらう子供のように話の続きをねだる。
詩織の求めに応じて、立川も話の続きを語った。
「『白紙化』を起こした本を助ける方法はただ一つ。誰かが本の中に入って登場人物達と共にリセットされた物語をもう一回進め、本に物語を思い出させるのです」
「え? でも、リセットされてしまっていたということは、物語がどうなるのかわかりませんよね。それじゃあ、よく似た別の物語になってしまうんじゃないですか」
唇に人差し指を当て、詩織が『あれ?』という顔で首を傾げる。
ついでに言えば、「本の中に入る」という発言に驚かなくなった辺り、彼女もこの図書館の色に染まってきたということだろう。
「確かに細かい部分は、元の物語とは別のものとなってしまうでしょうね。――でも、それで良いのです。人間にもよくあるでしょう。似た経験をすることで、忘れていた記憶を思い出すということが。あれと同じです」
「ああ! デジャヴとか、そんな感じのものですね!」
「ええ、そうです。元々持っていた物語と似た物語を追体験させることで、本自身に物語を思い出してもらう。これが、『白紙化』への対処法です」
ポンッ、と手を打つ詩織へ向かって立川が頷く。
そのまま彼は、遠くを見つめて感慨深げにレファレンスの結末を語リ始めた。
「本の中に入った私を待っていたのは、登場人物達との大冒険でした。その冒険の果て、私は何とか本に物語を思い出してもらうことに成功しました」
「はあ~……。本1冊分の大冒険ですか……。なんか途方もない話ですね」
「ははは。確かに途方もない旅でしたね。――ともあれ本に物語を思い出させた私は、司書見習いにならないかと打診され、その話を二つ返事で受けました」
不意に遠い目をして、天井を見上げた立川。
おそらく、この図書館で過ごした日々を思い出していたのだろう。
感慨深げな様子で、彼は更なる言葉を紡ぐ。
「それから十年間、その司書のもとで見習いとして経験を積ませてもらい、三年前にようやく一人前に司書として認められたのです。この閲覧室も、正式な司書になった際、前任の司書から引き継いだのですよ」
「そうだったんですか。立川さんくらい優秀な人でも、そんなに長い間、見習いをしていたんですね……」
詩織が意外そうな顔で立川を見る。
詩織のからすれば、立川は目指すべき『理想の司書』そのものだ。何でもそつなく完璧にこなす彼の姿は、尊敬に値する。
そんな立川でも、未だ見習いをしていた期間の方が長いという事実が詩織には信じられなかったのだ。
「私は詩織さんが思っているほど優秀ではないですよ。その十年間の見習い経験があったからこそ、今では一端の仕事ができるようになったのです。――むしろ、十年もかけて大切に育てていただいたことを大変感謝しているくらいですよ」
「なるほど……。立川さんが言うと含蓄があるというか、――深いですね……」
感謝していると言う立川の清々しい笑顔を見て、しみじみとした表情で何度も頷く詩織だった。




