幕間 1-1 ☆
――部屋がある。
派手ではないが上品さを感じさせる家具。
落ち着いた雰囲気。
威厳の中にも人を包み込むような温かさのある部屋だ。
『ラジエルライブラリ第32番閲覧室』と名付けられたこの部屋で、一人の少女と一人の青年が話していた。
若草色のエプロンをし、ふわっとした猫っ毛を肩の下辺りまで伸ばした少女――詩織と、長い黒髪を後ろで束ね、縁なしメガネをかけた知的で涼やかな雰囲気を纏った青年――立川だ。
見たところ、どうやら立川による詩織への司書講義が一段落したので、休憩をとりながら二人で雑談に興じているようだ。
「それにしても、最初の利用者さんが幽霊さんだったのには、びっくりしました。図書館を使うのは、人間だけだと思っていましたし」
「ははは。その節はちゃんと説明できておらず、すみませんでした。――でもですね、詩織さん。この図書館は、むしろ人間の利用者さんの方が少ないのですよ」
「え、そうなんですか? でも、どうして?」
不思議そうに首を傾げる詩織。
彼女が『どういうことですか?』という視線を立川に向けると、立川はニコリと微笑んだまま「それはですね……」と話し始めた。
「人間の探し物は、この図書館に来るまでもなく解決してしまうことの方が多いからですよ。人間の世界にはインターネットを始めとして、頼りになるツールが多数ありますからね。――よって、この図書館にまで来なければならない人は稀なのです」
「ふむふむ……」
「それに対して、人外の方々は最初からこの図書館を頼らねばならない場合が多いのです。――結果、人間以外の利用者が多くなってしまうのです.」
「なるほど。言われてみれば、納得ですね。人間は普通の本なら公共図書館で読めるし、いろんな専門家だっていますもんね……。――ん? じゃあ、これからもいろんな利用者さんと出会えるってことですよね。じゃあ、ティンカー・ベルみたいな妖精さんとか来ないかなぁ~? えへへ、楽しみ!」
詩織がまだ見ぬ利用者に思いを馳せる。
どうやら彼女は、おとぎ話に出てくるような可愛い妖精と会うことに憧れているようだ。
――そのまましばらくの間、夢想にふけっていた詩織。だが、彼女はふと思い出したかのように立川を見た。
「――あ、そういえば! 立川さんかエノク君に、機会があったら聞いてみようと思っていたことがあるんですけど……。今、聞いてもいいですか?」
「はい、構いませんよ。私に答えられることなら何でもお答えしますから、遠慮なく聞いてください」
人好きをする笑顔を浮かべ、立川が詩織の質問を待つ。
そんな立川の前で、詩織は「では、お言葉に甘えて……」と言いながら彼の目を見た。
「あの、立川さんは『セファーラジエル』っていう名前の本を知っていますか?」
詩織が問いかけた瞬間、立川が珍しく目を丸くする。
彼からすれば、詩織が聞いたことはそれほど意外な質問だったようだ。
「驚きましたね……。詩織さん、どこでセファーラジエルのことを聞いたのですか?」
驚いた拍子にずれた眼鏡を直しながら、立川が詩織に聞く。
すると、詩織は『どう言ったものか……』という表情を浮かべたまま答え始めた。
「いや、聞いたというかですね……。わたし、小学校に上がる前にも一度、この図書館に来たことがありまして……。その時にセファーラジエルと会って、話したことがあるというだけなのですが……」
詩織が初めてラジエルライブラリを訪れた時のことと先日の夢について、詳しく説明する。
その話を、立川は大層興味深そうに聞いていた。
そして、詩織の話が終わると同時に感嘆の声を上げたのだった。
「――そのようなことがあったのですか。それは、実に面白い話ですね。まさか詩織さんが、セファーラジエルと会ったことがあるとは……」
「そんなにすごいことなんですか? もしかしてセファーラジエルは、この図書館でも知る人ぞ知る秘密の存在とかだったりするんですか?」
詩織が不思議そうに、しかしワクワクした様子で尋ねる。
だが、彼女の問いに立川は首を横に振った。
「いいえ、『秘密の存在』ということはないですよ。見習いから正式な司書に任命される際、その任命式をセファーラジエルのいる部屋で行います。ですから、この図書館の正式な司書は皆、セファーラジエルのことを知っていますよ」
「へえ~、そうなんですか? ということは、わたしも頑張って一人前になればもう一度セファーラジエルに会いに行けるんですね。 ――ああ! だからセファーラジエルも、『一人前になって、ぼくの前に現れるのを楽しみにしている』って言っていたのか」
セファーラジエルの言葉の意味がわかり、パッと顔を輝かせる詩織。
彼(?)とまた会えるということは、詩織にとってそれほど喜ばしいことなのだ。
「ええ。詩織さんなら必ず、セファーラジエルに会いに行けますよ。私も及ばずながら、協力します」
立川も詩織に温かいエールを送る。
彼からすれば、詩織は初めての後輩にして教え子だ。
故に、彼女を一人前の司書にしてあげたいという思いも、一入なのだろう。
「それに、詩織さんは司書見習いになる前からセファーラジエルと会っていたという、かなり特殊な経歴を持っていますからね。――意外とあっさり一人前になってしまうかもしれませんね」
「へっ? いやいや、そんなことないですよ~。小さい頃にセファーラジエルと会えたのは、きっと運が良かっただけですって」
立川の言葉に、詩織が顔を真っ赤にしながら大袈裟に手を振る。
だが、そう言われること自体は、満更でもないらしい。口元がうれしそうに緩んでいる。
立川もはにかむ詩織が可愛らしく思えて、温かな微笑みで見守った。
「まあ、何はともあれ、あれですね! 早く一人前の司書になれるよう、今は司書の勉強を頑張らなきゃということで。セファーラジエルにも、『一人前になって会いに行く』って約束しましたし!」
「ははは。そうですか。なら約束を果たすためにも、いっしょに頑張りましょう」
やる気を見せる詩織に、立川も鼓舞するように言葉を返すのだった――。




