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ラジエルライブラリの司書見習い  作者: 日野 祐希@既刊9冊発売中
レファレンスNo.1 見習い司書、初めてのレファレンス
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レファレンスNo.1 7-3

 かえでさんといっしょに応接スペースへ行ったわたしは、ソファーに座ったかえでさんの前に『思い出の本』を置く。

 そのままかえでさんが本を読みだしたことを見て取り、わたしは静かに応接スペースを後にした。


「――お前、彼女の死後の記憶を読んだのか?」


 かえでさんから離れたところに立ったわたしに、エノク君が声をかけてくる。

 責め問う様子のエノク君へ、わたしは素直に頭を下げた。


「ごめんなさい、エノク君。いけないことをしたって、わたしもわかってる。でも――それでもわたしは、かえでさんを笑顔にする道を見つけたかったの」


 わたしも、自分がやってはいけないことをした自覚はある。

 だからこそ、わたしはいかなる責め苦を課せられても、すべて受け入れる覚悟でいた。

 そんなわたしを見て、エノク君は「はあ……」と一つ溜息をついた。


「怒るのは後だ。とにかく、死後の記憶を見ることは今の彼女にとって必要なものなのだな?」


「うん。今の『思い出の本』には、ある人の思いのすべてが詰まっているの。今、かえでさんの心を救ってあげられるものがあるとすれば、きっとあの本だけだと思う!」


「そうか……」


 そうつぶやいて、エノク君はかえでさんの方をジッと見つめた。


 館長として、エノク君はわたしに言いたいことがたくさんあったはずだ。

 だけど今は、すべて飲みこんだ上でわたしを信じてくれたみたい。

 そのことに感謝しつつ、わたしもエノク君とともに『思い出の本』を読むかえでさんを見守る。



 ――するとその時、不意にかえでさんの目から涙がこぼれ始めた。



「おい! 彼女、泣き出してしまったぞ! 本当に、大丈夫なんだろうな?」


 かえでさんの涙を見て、エノク君が少し焦り気味にわたしを問い(ただ)す。

 だけどわたしはエノク君とは逆に、涙を流すかえでさんの姿を微笑みながら見つめた。


「大丈夫だよ、エノク君。――ほら、よく見て」


「何?」


 わたしの言葉の意味を図りかね、エノク君はもう一度かえでさんをジッと見つめる。

 そして、さらに謎が深まったという顔で、言葉を()らした。


「泣いているのに、――笑っている?」


 エノク君の言う通り、かえでさんの口元には笑みが浮かんでいた。

 それも――これまでの悲しげな微笑みとは違う、温かくて優しい笑顔だ。


「おい、これは一体どういうことだ?」


「うーん、そうだね……。一言で言えば――うん、二人の愛の勝利、ってところかな?」


 わけがわからないという顔をしたエノク君へ、ウィンクをしながらそう返事をする。

 それと同時に、わたしはさっき見た『思い出の本』に綴られた数々の言葉を思い返していた――。



          * * *



 『思い出の本』に現れたかえでさんの死後の記憶。

 それは、かえでさんのお墓での光景を書き記したものだった。

 どうもかえでさんは亡くなった後、ずっと意識がないまま自分のお墓の前にいたみたい。


 晴れの日も雨の日も、かえでさんはずっとお墓の前に立ち尽くしていた。

 でも、そんなかえでさんの前に何度もやって来た人がいたのだ。



 ――そう。かえでさんの恋人さんだ!



 まあ当然のことながら、彼にかえでさんの姿は見えていなかったけどね。


 始めてかえでさんのお墓の前に来た時、恋人さんはかえでさんの前でこう誓っていた。


『僕は生きていくよ。かえで、僕は君の分までこの人生を精一杯全力で生きていく。――だから少しの間、そっちで待っていてくれ。いつか、たくさんの土産話を持って、必ず君の隣に行くから』


 かえでさんのお墓に向かって優しく、しかし力強く笑いかけた恋人さん。

 彼はその後の人生を必死に、だけど誰よりも楽しんで生きたようだった……。


『かえで、聞いてくれ! 実は僕、職場で出世したんだ。ハハハ。これからは、今まで以上に頑張らないといけないね。――かえで、応援していてくれよ』


『かえで、これを見てくれ。ついに君が好きだった花を育てるのに成功したんだ。これからは毎年、この花を育てて君のところに持ってくるよ』


『先週、印刷所のみんなと祭に参加したんだ。僕も神輿(みこし)をかついで歩いたんだよ。君にも見てほしかったなぁ。神輿をかつぐ僕の姿を見たら、きっと惚れ直すよ』


 かえでさんのお墓を訪れる度、彼はいろいろな話を語っていった。

 本に(つづ)られた、恋人さんの言葉。

 そこには彼のかえでさんに対する優しさや愛情が、これでもかというほど込められていた……。


『――そろそろ、僕にもお迎えが来そうだよ。でも、今はとても晴れやかな気分なんだ。君が隣にいないのは悲しかったが、ここで誓った通り、全力で自分の人生を生き切ることができたからね。待っていてくれ、かえで。まだまだ君に聞かせたい土産話が、たくさんあるんだ』


 かえでさんのお墓を最後に訪れた時、恋人さんはそう言っていた。

 この時の彼はきっと、とても誇らしく幸せな気持ちだったことだろう。

 だって、彼はかえでさんの前で立てた誓いを見事に果たしてみせたのだから……。



 そこまで思い返したところで、パタンッ、という音が聞こえてきた。

 音のした方を見ると、どうやらかえでさんが『思い出の本』を閉じた音だったようだ。

 涙で目を真っ赤にしたかえでさんは、愛おしそうに『思い出の本』を見つめていた。


「グスッ! あはは。まったくあの人は……。私のことなんて忘れればいいのに、本当にどこまでも愚直(ぐちょく)なんだから……」


 恋人さんの言葉の余韻(よいん)(ひた)りながら、閲覧室の天井を眺めるかえでさん。

 しばらくすると、かえでさんは涙をふきながら、わたしとエノク君の方にやってきた。

 かえでさんが目の前に立った瞬間、わたしははじかれたように深々と頭を下げた。


「かえでさん、ごめんなさい! わたし、かえでさんの記憶を――かえでさんだけに向けられた言葉を(のぞ)き見てしまって……」


 かえでさんが本を読み終わったら、真っ先に言おうと思っていた謝罪の言葉を伝える。

 言葉でいくら謝っても足りないことは、承知の上だ。許してもらえるとも思っていない。

 でも、どれだけ責められようとも謝罪の言葉だけは自分の口からかえでさんに伝えておきたかったのだ。


「お顔を上げてください、詩織さん。謝られるようなことなんて、私は一つもされていませんよ」


 だけど、かえでさんから返ってきた言葉は、わたしを責めるようなものではなかった。

 恐る恐る顔を上げた先、わたしの目に飛び込んできたのは、木漏れ日のように温かい笑みを浮かべたかえでさんの姿だった。


「詩織さん、どうもありがとうございました」


「そんな! お礼なんて言わないでください! わたしは最低の――」


「あなたがいなければ、私は彼の言葉を――思いを知ることができなかった。だから、お礼を言わせてください。――本当に、ありがとうございました」


 最低のことをしてしまったのに。

 そう言おうとしたわたしの言葉を押し止めるように、かえでさんが再びお礼を言ってくれた。

 どこまでも――どこまでも晴れやかな笑顔をわたしに見せて……。


「おかげで、心残りが一気になくなってしまいました。すべて、あなたのおかげです」


「いいえ。かえでさんの心残りがなくなったのは、かえでさんの恋人さんが素敵な人だったからです。わたしは、何もしていません」


「そんなことはありません。先程も言った通り、彼の思いを私に届けてくれたのはあなたです。あなたは、私の恩人ですよ」


 微笑んだまま、そう言ってくれたかえでさん。


 そうやって言ってもらえると、とても救われた気分になる。

 いっぱい失礼なことやいけないことをしてしまったけど、最後の最後、ようやくかえでさんの役に立てた。

 そう思うと、心がポカポカと温かくなり、顔が自然とほころんだ。


 笑みを浮かべたわたしを見て、かえでさんも満足そうに頷いてくれた。

 彼女はそのまま、エノク君と立川さんにも深く頭を下げる。


「お二人も、ありがとうございました」


「いえ、私達は司書の役目を果たしたまでです」


「あなたの役に立てたこと。それが我々の喜びだ」


 立川さんとエノク君の言葉に、目を(うる)ませながら微笑むかえでさん。

 二人へのお礼も済み、かえでさんは閲覧室の出口の前に立った。


「では、今度こそ本当に失礼します。もう時間みたいだから。それに……早く行ってあげないと、彼が待ちくたびれてしまいますからね」


 かえでさんがはにかむように笑いながら言う。

 するとその言葉に合わせるように、かえでさんの体がぼんやりと輝き始めた。


「――ここに来られて、みなさんに会えて、本当によかった」


 輝きは次第に強くなり、かえでさんの体が足の方から光の粒になって消えていく。


「みなさん、お世話になりました。本当にありがとう。さようなら」


 そう言い残したかえでさんは、今までで一番きれいな笑顔を浮かべて成仏(じょうぶつ)していったのだった――。



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