レファレンスNo.1 6-5
立川さんから書庫の不思議システムを教えてもらっている間にも、空飛ぶ絨毯はコンパスの針が指し示す方向に従って、ズンズン飛んで行った。
そして、立川さんが言った通り、30分くらい飛んだ頃……。
不意に絨毯が高度を下げ始め、本棚の間の通路へと下りていった。
――どうやら目的の本がある本棚に着いたみたいだ。
「この本棚ですね」
絨毯から降りた立川さんが、コンパスの針をチェックしつつ、本棚の本を確認していく。
絨毯の上に座っていてもしょうがないので、わたしも立川さんの後をトテトテとカルガモの子供のようについて回った。
「――ああ、これです」
本棚に備え付けられた梯子を上って、本をチェックしていた立川さんが、本棚から一冊の本を抜き出す。
梯子を下りてきた立川さんの手元を覗き込むと、ベルトを十字に巻かれた茶色い革表紙の本が握られていた。
ほう……。これは、いかにも魔法の本らしい外見だね。――魔法の本なんて、わたし、見たことないけど……。
「さて、『思い出の本』も回収できましたし、閲覧室に戻りましょう」
「はい! 一刻も早く、この本をかえでさんに届けてあげましょう!」
『思い出の本』を見つけて俄然やる気が出てきたわたしは、元気に返事をして、空飛ぶ絨毯の方へ歩く立川さんに続く。
空飛ぶ絨毯のところへと戻りつつ思うことは、かえでさんのことだ。
(これできっと、かえでさんの記憶を取り戻してあげられるはず。そしたらかえでさん、笑ってくれるかな?)
かえでさんの喜ぶ姿を思い浮かべつつ、わたしは意気揚々と空飛ぶ絨毯に飛び乗る。
空飛ぶ絨毯は行きと同じように、スィーッ、と飛び上がり、第32番閲覧室の扉に向けて超特急で飛んで行った。
* * *
「かえでさん、お待たせしました!」
立川さんから本を預かり、わたしは勢いよく閲覧室への扉を開けた。少し遅れて、丸めた空飛ぶ絨毯を抱えた立川さんも、閲覧室に戻ってくる。
「ふむ。思ったより早かったな」
ソファーに座ったエノク君が、わたし達を見る。状況から察するに、どうやらかえでさんと話をしていたみたいだ。
……………………。
ふむ……。かえでさんとエノク君がおしゃべりか……。
「かえでさん、大丈夫でしたか? エノク君から、無意味に高圧的な態度を取られたり、失礼なこと言われたりしませんでしたか?」
エノク君が失礼なことを言わなかったか心配になり、すかさずかえでさんのもとへ駆け寄って尋ねるわたし。
すると、かえでさんが答えるより先に、わたしの後ろにやってきたエノク君が言葉を発した。
「お前、いい加減にしないと、本気で怒るぞ……」
怒気を超えて殺気とも取れそうな気配をはらんだエノク君の声。
おっかなびっくり振り返ると、エノク君がすごい顔でわたしをにらんでいた。
(お、おお……。さすがに、ちょっと怖い……)
エノク君の怒り顔に恐れをなして、思わずたじろいでしまう。
と、その時だ。
「ご心配なく。館長さんは、私に失礼なことなど仰いませんでしたよ。それどころか、興味深い話をいくつもしてくださり、大変楽しませていただきました」
エノク君に怯んだわたしへ、かえでさんが穏やかな笑みを浮かべて、そう教えてくた。
かえでさんの表情を見る限り、エノク君は本当に失礼な振る舞いをしなかったようだ。
ということは、完全にわたしの勇み足だったみたい。
これは……エノク君に悪いことしちゃったね。
「ごめんね、エノク君。今回は全面的に、わたしが悪かったです」
「フン! まあ、素直に謝ったことだし今回は許してやる」
速攻で謝ったわたしを、エノク君はまだ不機嫌そうにしながらも許してくれた。
ふう……。
許してもらえてよかった。エノク君の寛大さに感謝だ。
それにしてもエノク君、わたし相手だといつも偉そうだったり、ケンカ腰だったりするくせに、かえでさんには優しいってどういうことだろう?
もしかして、かえでさんが美人だから?
もしそうだったら……ませたお子様だ。
「それで立川、どんな本を持ってきた?」
「はい、館長。今回は『思い出の本』を使おうかと思います」
「やはり、あの本か」
立川さんが持ってきた本を告げると、エノク君は納得したように頷く。
エノク君も、立川さんが『思い出の本』を持ってくると予想していたみたい。
「ええ、今回の依頼ではこれがベストかと。――詩織さん、その本をテーブルに置いてください」
「あっ、はい! 了解です!」
立川さんに言われた通り、本をテーブルにそそくさと置く。
すると、立川さんは早速、かえでさんに本の説明を始めた。
「かえでさん、この本は『思い出の本』と呼ばれる魔法の本です。本を開いた人のが経験してきたことをページに書き記してくれます。なお、この本は心の奥底に眠る記憶を読み取るため、記憶を表面的に失っていても問題ありません」
立川さんの説明をまとめると、『思い出の本』の使い方はすごく簡単だ。
どうやらベルトを外した後、手をかざして『開け!』と念じればいいだけみたい。
そうすれば本が開き、白紙のページに次々と本を開いた人の体験が書き記されていくんだって。ついでにページめくりまで、念じれば全自動で行ってくれる。
ちなみに、『閉じろ!』と思うと、再び白紙に戻って本が閉じるそうだ。
あらゆる操作が念じるだけでできるなんて、物に触れない幽霊さんにも親切な設計の本だね。
こういうところも、かえでさんにぴったりだ!
「――使い方の説明は以上です。何かわからないことはありますか?」
『思い出の本』って便利だな~、とわたしが感心している間に、立川さんの説明も終わったようだ。
立川さんがわからないことはないか聞くと、かえでさんはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です。早速やってみることにします」
そう言って、早速本の上に手をかざしたかえでさん。
すると、立川さんの説明通り、本がひとりでに開いて白紙のページに文字が浮かび上がり始める。
その様子を興味深げに眺めていたら、エノク君が突然、わたしの背中を押した。
「オレ達は席を外すぞ。本の中身が見えないところに行け」
「え? あ、うん……」
戸惑いながらも、エノク君にされるがまま、本が見えない位置まで移動する。
見れば、立川さんもソファーを離れ、カウンターの中にある椅子に座っていた。
「あとは、利用者次第だ」
「……うん、そうだね」
エノク君の言う通り、ここからはかえでさんの問題。
わたし達にできるのは、静かにしていることくらいだ。
わたしは自分にそう言い聞かせ、『思い出の本』を読むかえでさんを見守った。




