レファレンスNo.1 6-3
わたしが書庫に入ると、立川さんは抱えていた布を広げ始めていた。カウンターから取り出していた、例の大きな布だ。
ちょうどいいや。あれが何なのか、聞いてみよっと!
「あの、立川さん。その布は何なんですか?」
「ああ、これは空飛ぶ絨毯です。見ての通り、この書庫は広大です。乗り物がないと不便ですし、場合によっては見つけた本を乗せるものも必要です。その点で、この空飛ぶ絨毯という乗り物は、大変便利なんですよ。降りている時は折り畳めますしね」
立川さんはわたしに説明しながら、テキパキと大きな布改め空飛ぶ絨毯を広げていく。
その様子を見つつ、わたしはちょっとした感動を覚えた。
(ま、まさか空飛ぶ絨毯なんてものが本当にあるとは! うわ~、なんかテンション上がってきた~! これは楽しみ!)
遊園地に来たかのように浮かれるわたし。
ルンルンと鼻歌を歌いながら、立川さんの準備が終わるのを待った。
「さあ、準備完了です。詩織さん、乗ってください」
「あ、はい。わかりました。それじゃあ、失礼します!」
靴を脱いで、ピョン、と絨毯に飛び乗る。
わたしに続いて立川さんも乗ると、絨毯はふわりと十センチくらい浮き上がった。
……………………。
ふむ、乗り心地はなかなかいい感じだね。
なんかふわふわした感じで、不思議な気分だけど。
立川さんは絨毯が浮き上がったのを確認すると、次にカウンターから持ち出してきたもう一つのアイテム――巾着袋を取り出した。
立川さんが巾着袋を開けると、中から出てきたのはコンパスだった。
あっ! コンパスと言っても、文房具じゃなくて方位磁針のことなので、お間違いなく。
「そのコンパスみたいなのは、何に使うんですか?」
「これですか? これは、この書庫から本を見つけるための道具です。この書庫の中で、我々の目的に適う本がある位置を指し示してくれます。また、帰りは閲覧室への扉の位置を教えてくれます」
立川さんが、コンパスをわたしに見せながら教えてくれる。空飛ぶ絨毯同様、こちらもまた便利な道具だ。
「へえ、便利ですね~。――って、あれ? 帰りに扉の位置を教えてくれるってことは、これを持たずに書庫をうろつくとどうなるんですか?」
「最悪の場合、書庫で遭難してしまいますね。実際、年に数件くらいは遭難事故が起こっています。と言っても、ほとんどの場合はすぐに救出されますけどね。――ただ、過去には遭難したまま行方不明になった例が、何件かあるそうですよ」
とても明るい声と笑顔で、立川さんがとても恐ろしいことを教えてくれた。
と言うか、立川さんの笑顔があまりに明る過ぎて、恐ろしさ倍増といった感じだ。
(これから書庫に入る時は、絶対このコンパスを忘れないようにしよう……)
そう心に固く誓っていると、今度は立川さんの方がわたしに問いかけてきた。
「さて、我々はこれから、かえでさんのために本を探しに行くわけですが。――詩織さん、どんな本をかえでさんに提供すればいいと思いますか?」
立川さんが、試すようにわたしのことを見ている。
どうやら、わたしへのテストということらしい。
むむむ~。これは、頑張らなければ……。
「記憶が戻る本ですか? 難しいですね……。かえでさんの日記でもあれば、楽かもしれないですけど……」
とりあえず、パッと思いついたことを言ってみる。
記憶喪失の人には、思い出にかかわるものを見せるのが一番だからね。
まあ、さすがに日記なんてものはないだろうけど。
そう思いつつ、立川さんを見ると――。
「ふむ。確かに、日記はいいですね。このような依頼の場合は、その手の本を使うのが一番有効です」
意外にも、好感触な答えが返ってきた。
えっ? もしかしてあるの、日記。
「あの、立川さん。もしかして個人的な日記とかも、この図書館には置いてあるんですか?」
「はい。個人の日記等も人間が生み出した記録――本に変わりはないですので、この図書館の書庫に現れますよ」
「ほへぇ~」
び、びっくりしたぁ。
古今東西あらゆる本があるとは聞いていたけど、個人の日記なんてものまであるなんて、完全に予想外だった。
だけど、それなら話は簡単じゃない!
「じゃあ、まずはかえでさんの日記がないか探してみれば――」
「ですが、そういった本は提供できないのです」
勢い込んで、かえでさんの日記探しを進言するわたし。
だけど、立川さんはわたしの言葉をやんわりと遮った。
「え? どうしてですか?」
提供できないってどういうことだろう。
わけがわからず困惑気味に首を傾げると、立川さんは教え諭すように話を続けた。
「それは、ほとんどの日記達が利用されることを望んでいないからです。利用されることを望んでいない本は、このコンパスでも探すことができません。もちろん、すべての本を見ていけば、見つかる可能性もありますが……。けれど、それは砂漠で一粒の宝石を探すようなものです」
「あはは……。それは無理っぽいですね」
はあ……、残念。
かえでさんの日記が探せれば、すぐ解決するかもしれなかったのに。(まあ、あるかどうかもわからないけどね)
でも、そっか。そういう理由で使えない本もあるんだ。
いやはや、勉強になるね。
「それにしても、利用されることを望まないなんて……。――まるで本が意志を持っているみたいですね」
冗談交じりに立川さんへそう言ってみる。
すると、立川さんは笑いながら、しかし真面目な雰囲気をまとって頷いた。
「ええ。確かに我々と話すことはできませんが、本にも意志は存在するのです」
「ふえ! そうなんですか」
「はい。故に、図書館の理念でも『すべての本に対し、誠実であれ』と謳っているのですよ。人間側の都合ばかりに縛られて、本の意志を蔑ろにすることがないように、とね」
なるほど。
あの理念、本を大切に扱えって意味かと思っていたけど、こういう意味でもあったのか。
なんか、ちょっと素敵かも!
「本の意志を認め、利用者と同様に本の思いも最大限尊重する。これが、ラジエルライブラリにいる司書達の共通見解です。よって、日記類のように利用されることを望まない本は、仮に書庫に存在するとしても使えないものと思ってください」
ふむふむ、『本の思いを尊重する』か……。そんなこと、今まで考えたこともなかったなぁ。
でも、本にも意思があるのなら、立川さんの言うように、できるだけ大切にしてあげるべきだよね。
でも、そうなると……。
「でも、そうなると他に何かいい手を探さないといけないですね。うーん……」
腕を組んで、高い天井を見上げる。
でも、なかなかいいアイデアは降りてこなかった。
ああ、どうしよう……。




