レファレンスNo.1 6-1
見習い体験を始めて、三日目の放課後。
授業を終えたわたしは、いつもの調子で第32閲覧室への扉を開いた。
「立川さん、こんにちは! 今日もよろしくお願いします! ――って、およ?」
元気にあいさつをして閲覧室に入ると、びっくり!
なんと、閲覧室に見知らぬ人がいたのだ。
その人はソファーに座って、向かい側に座った立川さんと話していた。
「ああ、詩織さん。丁度良いところに来ましたね。お待ちかねのお仕事ですよ」
わたしが来たことに気づいた立川さんが、一端話をやめて声をかけてくれる。
おお、お仕事! ついに来ましたか、わたしの初仕事!
苦節三日。待ちに待った、この瞬間!
ああ、長かった冬の日々……。(まあ、今は初夏だけどね)
とまあ、そんな具合に私が感動に打ち震えていると、ソファーに座っていた見知らぬ人改め利用者さんが、
「こちらのお嬢さんも、司書さんなのですか?」
と、立川さんに向かって尋ねた。
ふ~む……。
さっきは突然知らない人がいた驚きで気づかなかったけど、利用者さんは女の人か。
とても聞き心地のよいソプロノの声だな~。
「はい、そうです。今回の依頼は、私と彼女で対応させていただきます」
わたしが利用者さんの声にうっとりしていると、立川さんがそう返事をしてくれた。
うぅ~。立川さんに司書として紹介してもらえると、何だかそれだけで感無量って感じだよ~。
「そうなのですか。では……」
そう言うと、利用者さんは立ち上がって、わたしの方に体を向けた。
その人は黒髪ロングヘアの美人さんで、何というか『深窓の令嬢』という言葉がしっくりきそうな人だった。
顔立ちはそれほど似ていないけど、どことなく葵ちゃんに似た雰囲気を持っている気がする。でも、当然ながら葵ちゃんよりもずっと落ち着いた、正真正銘の『大人の女性』といった感じだ。
ただ、何だろう? どうも存在感が薄い感じがするんだけど……。
「はじめまして。私は金森かえでと申します」
「あわわ、こちらこそはじめまして。ラジエルライブラリの司書見習い(仮)の神田詩織です」
綺麗にお辞儀をしてくれるかえでさんに合わせて、わたしも慌てて頭を下げる。
と、その時、かえでさんの足元が目に入った。
……………………。
気のせいかな? かえでさんの足が――見えない……。
わたしの目が確かなら、かえでさんがはいているロングスカートの、裾から下が見当たらないような……。
「ええと、私は幽霊のようなのです」
わたしの視線に気づいたのか、かえでさんがそう教えてくれた。
ああ、なるほど!
幽霊さんなら足がなくて当然だよね。納得、納得!
それにしても、幽霊さんかぁ……。
――うん? 幽……霊……?
「……………………」
「?」
明かされた衝撃の事実を前にして、石のように固まってしまうわたし。
ピクリとも動かないわたしを見て、目の前にいるかえでさんも、不思議そうに首を傾げた。
(あっ! 今のかえでさんの表情、すごくかわいいかも~)
大人の女の人が見せるあどけない表情って、何とも言えないギャップ萌えな感じがするね。
眼福、眼福~。
……………………。
――うん、わかってる。わかっているんだ。現実逃避してるってことはわかってる……。
ほら、カチコチになったわたしを見て、立川さんとかえでさんが、『どうしたものか』って顔してる。
この状況、わたしが何かしゃべらないことには、先に進まないだろう。
でも今しゃべったら、取り乱して悲鳴の一つでも上げてしまいそうな気がするし……。
ということは、まずは落ち着くことが先決だ!
そうと決まれば……。
はい! まずは深呼吸!
ヒッ、ヒッ、フー! ヒッ、ヒッ、フー!(←ど、どうしたのですか、詩織さん! 急にラマーズ法の呼吸など始めて……。 By立川さん)
――よし、深呼吸完了! 立川さんが何か言った気がするけど、よく聞こえなかったし、まあいっか!
ともあれ、今のわたし、超落ち着いてます! 冷静沈着、知的な超クールビューティーです。
(よーし! これで取り乱すことなく、かえでさんとも普通におしゃべりできるはず!)
では、気を取り直していってみよう。
さん、はい!
「きゃああああああああああああっ! 出たああああああああああああっ!」
出てきたのは、大きな……とても大きな悲鳴だった……。
それはもう、部屋全体がビリビリ震えるほどの……。
深呼吸の効果、まったくありませんでした……。(グスン!)
「やめんか、バカ者!」
「あいたっ!」
そんなわたしを黙らせるように、後ろからスパンッと、ハリセンの一撃が叩き込まれた。
びっくりして振り返ると、エノク君がハリセンを持ったまま、腕を組んで立っていた。
「まったく……。落ち着かんか、見習い(仮)!」
「だって、本物の幽霊さんだよ! 怖いんだよ! 食べられちゃうんだよ! テレビから、這いずり出てきちゃうんだよ! 祟られ○▼♨※◎$@■#~!」
パニックのあまり、ついついエノク君へかみつくように叫んでしまうわたし。
もはや自分でも、何を言っているのかわからない。最後の方なんて、日本語にもなっていない気が……。
でも、テンパるなって方が無理な話でしょ!
だって、幽霊さんがいきなり目の前に現れたんだよ! 本物の幽霊さんを見るのなんて初めてだし、やっぱり怖いよ!
――と、そんなことを考えながら喚いていたら……。
「あの、すみません。怖がらせてしまったみたいで……」
かえでさんがわたしに向かって、とても申し訳なさそうに謝ってきた。
しかも、目に大粒の涙を浮かべて……。
(うっ! しまった!)
面と向かって悲鳴を上げるなんて、さすがに失礼すぎだ。その上、悲鳴を上げた後に言った暴言の数々……。
これはもはや、失礼なんてレベルを軽く跳び越えて、名誉毀損の域だ。
罪の意識で、心が痛い。
「あわわ。か、かえでさんが悪いわけでは……。わたしこそ、悲鳴を上げたりなんかして、本当にごめんなさい‼」
なので、わたしはすぐに勢いよく頭を下げて、かえでさんに謝った。
(わたし、かえでさんに何てひどいことを……)
もしわたしが誰かからあんな反応をされたら、ショックで家に引きこもってしまうだろう。
ベッドで膝を抱えて泣き明かすこと、間違いなしだ。
「お顔を上げてください、詩織さん。私は気にしていませんから」
土下座を始めようかという勢いで頭を下げるわたしを、かえでさんは優しく微笑みながら許してくれた。
――でも、気にしていないわけがないよね。
さっきの顔を見れば、傷付けてしまったのは確実。かえでさんに対し、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
(もっと、相手を思いやった対応をできるようにならなきゃ……)
自分のデリカシーに欠けた振る舞いを猛省する。
そしたら、隣にやってきた立川さんが、すまなそうにそっと耳打ちしてきた。
「すみません、詩織さん。そう言えば、利用者さんについて何も教えていませんでしたね。ラジエルライブラリを利用しに来るのは人間だけではありません。かえでさんのような幽霊さんや妖精、お化けの方々も訪れるのです。ですが、ご心配なく。彼らは我々に危害を加えたりしません。彼らも、悩みを抱える利用者さんなのです」
「そうですね。かえでさん、悪い幽霊さんには見えないですもん。――よし! かえでさんにさっきの無礼をお詫びするためにも、このお仕事を何としても成功させなくては! 立川さん、ご指導をお願いします!」
「ええ。その意気です!」
胸の前でグッとこぶしを握ったわたしに、立川さんは励ますように微笑んでくれた。
「おい、お前ら。いつまで利用者を放り出したまま、立ち話をしているつもりだ。さっさと、レファレンスの続きをしろ!」
エノク君がやれやれといった様子で、わたしと立川さんに言う。
確かに、いつまでもかえでさんを待たせるわけにはいかないよね。
――よし!
気合を入れて頑張るぞ! えい、えい、おーっ!




