第99話 パパ2人を止める救世主
セルゲイさんと父さんは屋敷の庭へ出て向かい合う。
めちゃくちゃ広い庭だ。
人間2人が喧嘩するには十分な広さだが……。
セルゲイさんに殴られたら父さんは屋敷の外まで飛んで行くんじゃないか?
兎極はどちらかが死ぬと言っていたが、死ぬとしたら間違い無く父さんだ。
セルゲイさんはホッキョクグマを倒したことがあるとか、以前に兎極から聞いたことある。対して父さんは普通の警官だ。セルゲイさんに勝てるはずはない。
まさか本当に殺すなんてことはしないだろうけど、大怪我は負うかもしれない。早く止めなければと俺は焦る。
「死ぬ覚悟はできたかよ士郎?」
「お前はどうなんだセルゲイ? まあ、俺はお前と違って警官だ。殺しはしないから安心して負けていいぞ」
「ああ? 舐めんじゃねーぞコラっ!」
「ガキの頃から変わってないお前なんて、舐めてるくらいで丁度良いだろ」
2人のあいだに剣呑な空気が流れ始める。
まさに一触即発の状態であった。
もうだめだ。始まってしまう。
俺は止めることを諦めた。……そのとき、
「セルゲイっ! 士郎さんっ!」
「あっ……」
待ち望んでいた人の声が聞こえて俺は振り返る。
そこにはこの場を収めることができるだろう救世主が立っていた。
「母さんっ!」
「ママっ!」
こちらへ歩いて来た母さんは俺たちを交互に見てニッコリ笑う。
「あたしが来たからにはもう大丈夫だからね」
「う、うん」
「けどママずいぶん早かったね?」
確かに兎極が電話をしてから10分と経っていない。
「北極会の会長は常にマークさせてるの。兎極から電話をもらう前からあなたたちが士郎さんと一緒にここへ来たことは知っていたからね。あの2人を一緒にさせたらなにかするだろうと思って、こっちへ向かってたってわけ」
「そうだったんだ」
「うん。兎極から2人が喧嘩を始めるって聞いて急いで来たんだけど、どうやら間に合ったみたいね」
「ギ、ギリギリね」
あと1歩遅ければ始まっていただろう。
それほどに2人は一触即発状態であった。
「ああなった理由はだいたいわかる。たぶんあたしのことでしょ?」
「ま、まあ……」
「だと思った」
そう言って母さんは2人のもとへ向かう。
「ゆ、柚樹……」
「柚樹さん……」
2人の視線が母さんへ向く。
しかし母さんが来たからと言って、喧嘩の理由が無くなるわけじゃない。
一体なんて言って止めるのか?
俺はドキドキしながら3人を眺めていた。
「止めるなよ柚樹。これは男の問題だからな」
「別に止めないけど」
「えっ?」
母さんの放った言葉に俺は驚く。
止めない。
なぜと、俺は不思議に思った。
「やんなさいよ。ただし相手を殺しちゃダメ。わかってるでしょ? 殺したら殺したほうを殺人罪で逮捕するからね」
「わ、わかってるよ」
「あと先に地面へ背中をつけたほうが負けだからね。いいセルゲイ? 士郎さん?」
「わかった」
「わかりました」
「よろしい。じゃあ思う存分にやんなさい」
そう言って母さんはこちらへと戻って来る。
「ど、どうして止めなかったの?」
「ここで無理に止めたって、いつかまたどこかでおっぱじめるだろうからね。だったらルールを与えてここでやらせたほうがいいでしょ?」
「そ、そうかな……?」
確かにそうかもしれないけど……。
「あいつら馬鹿だから殴り合って満足すればそれで丸く収まるって。大丈夫。ちょっと殴り合って終わるから」
「けどセルゲイさんと喧嘩なんてしたら父さんが大怪我するんじゃないかな?」
「あら知らないの五貴? 士郎さんはああ見えて……」
母さんがなにか言いかけたとき、
「うおらあああっ!!!」
「らぁああああああっ!!!」
2人の壮絶な喧嘩が始まった。
……
……喧嘩が始まって数分経つ。
俺の目の前には地面へ大の字に倒れる父さんとセルゲイさんがいた。
激しい喧嘩の結果、2人はお互いの顔面を同時に殴って倒れたのだ。
「や、やるじゃねーか」
「お前も……相変わらずのバケモノだよ」
2人はそう言い合い、やがて大声で笑い出した。




