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第98話 ママのことでパパブチ切れ

「し……士郎か?」

「ああ」


 セルゲイさんは父さんを士郎と呼ぶ。


 まさか2人は古い知り合い?

 もしかしてかつての敵同士とかじゃ……。


 そんな不安も覚えつつ、俺は2人を眺めていた。


「士郎っ!」

「セルゲイっ!」


 互いに大声で呼び合う2人。

 そしてお互いの右手が勢い良く出され……。


「てめえひさしぶりだなっ! 生きてやがったかっ!」

「こっちのセリフだ」


 がっしりと握手する。

 どうやら懸念していたような関係ではないようだった。


「え? パパとおとうさんって知り合いなの?」

「ああ。高校時代の同級生でな」


 父さんとセルゲイさんが高校の同級生だったなんて。

 そんな話は初めて聞いた。


「お前が五貴の父親だったとはな。誰かに似てるとは思ってたんだ。なんで今まで連絡してこなかったんだ?」

「俺は警官だぞ。ヤクザのお前と親交なんか持てるかよ」

「はははっ! 確かにそうか」


 豪快に笑うセルゲイさんが父さんの肩を抱く。


「昔は2人でいろいろやったもんだ。こいつがヤクザに喧嘩を売られて、キレて2人で事務所潰したりな」

「あれはお前が潰してやろうって息巻いてたんだろ? 俺は止めたぜ」

「嘘吐け。喧嘩を売ってきたヤクザをボコボコにしながら、事務所ごと潰してやるってキレてたのを俺は覚えてるぜ」


 ……なんかすごい物騒な話をしている。


 少なくとも俺の知っている父さんは普通のおとなしい人だ。今聞いているような、ヤクザをボコボコにするような人間ではない。


「そうだったか? まあ昔のことだ。なんだっていいさ」

「まあな。しかし変わったな。昔はキレたら手が付けられないひでえ暴れん坊だったのによ」

「歳を取ればおとなしくもなる。お前はそうでもないみたいだけどな」

「うるせえな。俺だって今は組織のボスだ。だいぶおとなしくなったほうだぜ」

「はははっ、そうかもな」


 2人は和やかに笑い合う。


 一時はどうなることかと思ったが、どうやら和やかに話はできそうな様子だった。


「いやぁ、本当に懐かしいな。今日は昔話をつまみに酒でも……いやちょっと待て」


 どうしたのか?


 笑顔だったセルゲイさんの表情が一転して強張った。


「士郎お前、五貴の父親ってことは、柚樹の再婚相手って……」

「俺だが?」


 あっけらかんと答えた父さんを前に、セルゲイさんの顔色は次第に赤くなっていき、


「て、てめえっ! 俺が別れた女に手を出すってのはどういうことだっ!」


 耳が痛くなるほどの大声を張り上げた。


「いや、知ったのは結婚したあとだ。それまで知らなかったんだよ」

「嘘吐けっ! こんな偶然があってたまるかっ!」

「はっはっは、まあそうか」


 父さんは呑気に笑っているが、セルゲイさんは鬼の形相だ。


 確かにセルゲイさんの言う通り偶然にしてはあまりに奇跡的だ。しかし嘘だとしたらこんな稚拙な嘘を父さんが吐くのも変に思う。


「まあでも本当に偶然だよ。結婚したあとに柚樹さんから前の夫が誰かを聞いて、お前だって知ったんだ。けど仮に知っていたとしても別に構わないだろ? お前は柚樹さんと別れたんだ。俺が彼女と結婚したって悪いことはない」

「うるせえっ! 士郎てめえちょっと表に出やがれっ! 叩き潰してやるっ!」

「やれやれ変わってないなお前は。怒るとすぐそれだ」

「いいから出やがれっ! それとも逃げんのか腰抜けがっ? 年取って腑抜けたかよ士郎っ?」

「お前と違って大人になったんだよ。けど、たまにはガキに戻るのもいいか」

「と、父さん」


 いつもは優し気に笑う父さんが、今日はどこか無邪気で楽しそうに笑っている。


 まさか本当に喧嘩をする気か?

 しかし父さんがあのセルゲイさんに勝てるわけ……。


「もうっ! いい大人なんだからやめなよパパっ! おとうさんもっ!」

「兎極ちゃんっ! こいつをお父さんと呼ぶなっ! お父さんはパパだけだろうっ!」

「だっておとうさんはおとうさんだし」

「うおおっ! 早く表に出やがれ士郎っ! ぶっ殺してやるっ!」


 止めに入った兎極だが、なんだか逆にセルゲイさんをやる気にさせてしまったようだった。


 そして部屋を出て表へ向かう2人。

 俺たちもそれについて行く。


「大変。このままじゃパパかおとうさんのどっちかが死ぬかも……」

「じゃ、じゃあやっぱり止めないと」


 しかし兎極が言っても止まらなかったのだ。

 俺が言ってもセルゲイさんは聞いてくれないだろう。


「うん。間に合うかはわからないけど、止められる人を呼ばないと」

「え? 止められる人って……」


 一瞬、誰だろうと思ったが、あの2人を止められる人間なんて1人しかいない。しかし下手をすればますます荒れることになるのではないか?


 俺はそんな懸念を持ちつつも、一縷の望みに期待して兎極がスマホで電話をかけるのを横で見ていた。

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