第97話 パパと会うおにいのパパ
「だからこれから北極会の本部へ行ってセルゲイさんと話して来る」
そう言って父さんは立ち上がる。
「じゃ、じゃあ俺も行くよっ!」
「いや、お前はついて来なくても……」
「けど当事者がいたほうがいいと思うし」
セルゲイさんには俺の口からちゃんと言いたい。
父さんに任せるだけでは、男としてみっともないと思った。
「あ、わたしも行くっ! パパと話すならわたしもいたほうがいいだろうし」
「まあ危険は無いと思うけど、行く場所が場所だからね。あんまり連れて行きたくはないんだけど」
「俺のことだからさ。俺の口からちゃんと話したいんだ」
「……そうか。うん。わかった」
セルゲイさんや沼倉さんとの関係を断つのは辛い。
しかし父さんに知られてしまったのだ。仕方のないことだと諦めるしかなかった。
……
いると話がややこしくなりそうなので朱里夏には帰ってもらい、俺たちは車へ乗る。それから父さんの運転で高級住宅街へとやって来て、一軒の豪華な屋敷の前で止まった。
「こ、ここなの?」
ヨーロッパの貴族かなにかが住んでいそうな屋敷だ。とてもヤクザ組織の本部には見えない。
「ああ。ヤクザがこんなでかい屋敷を建てられるなんてね。警察官としては国民の皆さんに申し訳なく思うよ」
そう言って父さんは車を降り、俺たちもそれに続いて降りた。
「ああ? あんたそんなとこに車停めてよぉ。ここがどこだかわかってるの?」
門の前に立っている強面のヤクザ男が父さんへ絡んでいく。
まあ門前に停められたらこうもなるだろう。
「すぐ済むよ。会長はいる?」
「会長だと? あんたどちらさんだ?」
「警視庁生活安全課の課長代理で警部の久我島士郎だ」
名乗りつつ警察手帳を見せた父さんを前に、ヤクザ男の雰囲気が変わる。
「生活安全課? 刑事さんよ。来る場所を間違えてねーか?」
「いや、今日はプライベートで来てるんだ。けど君らにとってはそういうの関係ないだろうからね。あとでいろいろ言われたら嫌だから、こうして身分を明らかにしたってわけ」
「プライベートだぁ? 刑事さんかプライベートでうちになんの用が……」
「ああもうっ」
と、兎極が父さんの前へと出て行く。
「うん? お嬢ちゃんは……」
「あなた新人? わたしは会長の娘なんだけど」
「か、会長の娘さんっ!? いやでも本当に……?」
「ほらこれ」
兎極はスマホを見せる。
そこには仲良く2人で映った兎極とセルゲイさんの画像があった。
「か、会長っ!? じゃ、じゃあ本当に……」
「パパに会いに来たの。だから通して」
「い、いやけど、デカを通すわけには……」
「わたしを追い返したりしたら、パパはすごく怒ると思うけど?」
「わ、わわわかりましたっ! ちょ、ちょっとだけ待ってくださいっ!」
ヤクザの男はスマホを取り出してどこかへ連絡する。
「はい、はい……わかりました。お通しします。……お待たせしました。許可が出ましたのでどうぞ」
「うん」
ヤクザに通されて俺たちは屋敷の中へと入る。
それから別のヤクザに案内をされて先へと進んだ。
中もすごい豪華だ。
ヤクザ組織の本部だと知らなければ、大会社の社長宅だと思ってしまう。
「わたしがいてよかったでしょ? おとうさんじゃ絶対に入れてくれないって思ってたし」
「そうだね。ありがとう兎極ちゃん」
父さんが兎極の頭を撫でる。
……しかし父さんとセルゲイさんを会わせて大丈夫なのだろうか?
ここまで来てはどうしようもないが、なんだか不安になってきた。
「こちらです」
なんかすごいでかい両開きの扉の前へと連れて来られる。
開けたらラスボスが登場するんじゃないか?
まあボスには違いないだろうけど。
ここまで案内してくれたヤクザの男が扉をノックして先に中へと入る。
「会長、お嬢さんとお知り合いの方がいらっしゃいました」
「おう。入ってもらえ」
中からセルゲイさんの声が聞こえ、俺たちは部屋の中へと入れてもらった。
部屋の中にはセルゲイさん……と、知らない白髪のおじさんと高校生くらいの男性がいた。
「それじゃあセルゲイさん。私たちはこれで」
「ああ、すみませんね。少しせかせてしまいまして」
「いいえ。ちょっとあいさつに伺っただけですから」
2人は立ち上がり、セルゲイさんへ軽く会釈して部屋から出て行く。
誰だったんだろう?
まあ、俺にはまったく関係無いだろうけど。
「あいつは……仁共会の大島か」
「え?」
「……なんでもない」
どうやら父さんはさっきの人を知っているらしい。
仁共会という名からして、ヤクザ組織の人間だろう。
「お待たせっ! 兎極ちゃんっ!」
真面目な表情を一転して砕けさせたセルゲイさんがこちらへ駆け寄って来て、兎極を抱き上げる。
「だからパパっ! これはやめてって言ったでしょっ!」
「お、おおすまん。ついな。ああ、えっとそれで……あんたは五貴君のお父さん?」
「ああ。聞いているだろうけど、俺は警視庁生活安全課の課長代理を務めている警部だ。別にガサで来たわけじゃないから安心してほしい」
「生活安全課がヤクザ担当じゃないことくらいは知っている。……それよりもあんた、どこかで俺と会ったことないか?」
セルゲイさんは父さんをじっと眺める。
父さんは刑事だし、ヤクザのセルゲイさんと会ったことくらいはあるのかな? けど生活安全課の父さんがヤクザの組長に会うなんてあるだろうか……?
「ああ。たぶんもう30年以上前にな」
「30年以上前?」
「俺のことを忘れるなんて寂しいなセルゲイ」
そう言って父さんは眼鏡をはずす。
「……あ、あんた、いや、お前まさかっ」
「思い出したか?」
フッと笑う父さんを、セルゲイさんは驚きの表情で見つめていた。




