第95話 大切なものをおにいに捧げたい朱里夏
……なんだかんだ夏休みも最後の日を迎え、明日からは学校が始まるので兎極は家へと帰った。
「明日からは学校だから今日は早く寝ないとな」
歯を磨いて部屋の照明を消した俺はベッドへと入って目を瞑る。
……そういえば。
ふと、あのあと何日か経って朱里夏さんから聞いた話を思い出す。
金翔会の2代目会長、風間香蓮は朱里夏さんの予想通り行方不明。金翔会本部ももぬけの殻で、会の構成員もすべて消えていたとのことだ。
朱里夏さん曰く、当分は姿を見せないだろうが、絶対に大丈夫とは言えないらしい。俺にもなにかしてくる可能性があるので、気をつけてほしいと言われたが……。
「そう言われてもなぁ……」
俺は普通の学生だ。ヤクザの襲撃に気をつけろと言われてもどうしようもない。兎極を巻き込みたくはないし、面倒なことになってしまったなと思う。
ちなみに朱里夏さんを助けて傷を負ったあの日は、病院で兎極から大目玉を食らった。その場で兎極が朱里夏さんにブチ切れて止めるのが大変だったのを思い出す。
「俺が勝手にやったことだし、朱里夏さんは悪くないしなぁ」
けれど朱里夏さんは言い訳などせず、兎極にそのまま殴られようとしていた。
あの人はなんと言うか、女性なのに男気がある人だ。姉弟なのにチャラチャラしたチンピラ気質の幸隆とは大違いの侠客という雰囲気の人だと、俺は思っていた。
「まあ見た目はほとんど小学生なんだけど」
あのかわいらしい外見の中身が立派な侠客とは誰も思わないだろう。
チン○踏むのが好きという少し変態気質なところも……。
いろいろ考えていたら眠くなり、俺は無心になる。
……それから数分ほどして、
「……うん?」
なにかがベッドへ潜り込んで来た。
猫でも飼っていれば驚くことはないが、うちは動物を飼っていない。
兎極かな?
帰ったけど、やっぱり今日までくらいはと戻って来るんじゃないか?
そんな予想は少ししていたが。
「兎極?」
……返事はない。
そのままこちらへと近づいて来る。
もしかして兎極じゃない?
まさか金翔会の送って来た刺客とかじゃ……。
途端に俺は全身に冷や汗をかき、ゾッとした気持ちが湧いてくるが……。
「あたし」
「えっ?」
掛け布団からひょこっとかわいらしい顔が出てきて俺を見た。
「しゅ、朱里夏さんっ」
まさかとは思わない。
覇緒ちゃんの別荘でも同じことがあったので……。
「ま、また俺のを足で挟みに……」
「違う」
無表情で朱里夏さんはそう答える。
「そんなことしたら五貴君は嫌がる。だからしない」
「そ、そうですか。じゃあ……」
「金翔会から五貴君を守ろうと思って」
「あ……」
俺のことを心配して来てくれたのか……。
「あと五貴君の口座に1千万円振り込んだから」
「えっ? い、1千万円? なんの話ですかそれ?」
いきなり1千万円なんて言われて俺は困惑する。
「爪弥に1億円要求したこと」
「爪弥? ああ」
あの父親が偉い政治家とかいうチンピラか。
そういえばどうなったのだろうとは少し気になってはいた。
「金翔会の残党で藤田って奴を見つけたから、そいつを締め上げて爪弥の親父の不祥事ネタを聞き出してね。それと爪弥の件を合わせて2億円とってやったの。風間の居場所はわからなかったけどね」
「はあ。そうなんですか」
あの半グレに金を要求していた話などすっかり忘れていた。
「それでコンビニの修繕費を店長に渡して、1千万円は君の口座に振り込んでおいたってこと」
「い、いや1千万円ってそんな……」
「少ない? 学生に大金を持たせるのはいけないと思って少なめに振り込んだんだけど。じゃああと1千万円振り込んでおく」
「そ、そうじゃなくて、そんな大金もらえませんよっ。というか、なんで俺の口座番号を知ってるんですかっ?」
「この前ここへ来たときに調べておいた」
「そ、そうですか」
抜け目がないと言うか、なにも考えていないようで意外としっかりしている人だ。
「でも1千万円なんて……」
「いらなきゃその辺に捨ててくれていいよ。君のお金だし」
「す、捨てるなんてそんな……」
「一度出したお金を返すなんて言われても受け取れないから」
……たぶんヤクザのルールかなにかなのだろう。
兎極のパパからもらった5千万円もいらなければ捨てていいと言われ、困ったのでとりあえず沼倉さんへ預けたんだったか……。預けたとは言え、自分のお金とは思っていないけど。
「わ。わかりました。ありがたくいただきます」
「それでいいの」
捨てるわけにもいかない。
あぶないお金だが、受け取るしかなかった。
「あ、その……俺を守りに来てくれたのは嬉しいんですけど、やっぱり一緒に寝るというのはちょっと……」
心配して来てくれたのに帰れとまでは言えない。
布団を別に用意しようかと思ったが。
「あたし処女」
「は? えっ?」
伏し目がちになって言った朱里夏の言葉に俺は困惑する。
「い、いやなにを言って……」
「だから、あたし処女だよ」
「ふぇっ?」
そんなことを告白されて俺はどうしたらいいのか?
ますます困惑が極まった。
「五貴君は童貞だから、あたしの処女と交換しようか」
「こ、交換?」
童貞を見抜かれていたことはともかく、童貞と処女を交換という言い回しは初めて聞いた。
「あたしの処女をあげるから、五貴君の童貞をあたしがもらうの」
「い、いやそれは……」
慌てた拍子に脚が動き、膝が朱里夏のどこかへ当たる。
「あふぅ……」
「へ?」
するとなにか艶めかしく朱里夏が声を上げた。
「す、すいません。大丈夫ですか?」
「……うん。あたしね、今、下はなにも穿いてないの」
「は?」
「五貴君の膝が当たったのはあたしの大事なとこ」
「ふぁっ!?」
確かに膝が当たったのは布ではなく、肌のような感覚だったような……。
「少し膝を濡らしちゃったかもね」
「しゅ、朱里夏さん……その」
「あたしね、男のチン〇踏むの好きだけど、男にしてもらいたいこともあるの」
「し、してもらいたいことって……?」
「さっき五貴君の膝が当たったところを舐めてほしいの」
「そ、そこって……」
「こればかりは好きな男じゃないとダメ。だから五貴君だけ」
そう言って朱里夏が起き上がってベッドに立ち上がる。
「わあっ!? ダ、ダメですよっ! そんな恰好で立っちゃっ!」
チラと見えてしまったが、本当に朱里夏は下になにも穿いていない。
男とは違う、なにもない股の部分が一瞬だけ見えてしまった。
「あたしのここ子供っぽいけど綺麗だから見て」
「いや、見れないですよっ! ダメですってっ!」
「見て」
目を瞑っているのでなにも見えない。
しかしなにか顔の近くからわずかな温もりと圧迫感を感じるような……。
「今、あたし五貴君の顔の上でしゃがんでるよ」
「えっ? ちょ……」
「あともうちょっとで、五貴君の口にあたしの大事な部分がくっつきそう」
「ダ、ダメですよっ! ダメダメっ!」
「もう遅い」
この状態から逃げることはもう不可能。
朱里夏のお股とキスをしてしまう覚悟を俺は決めた……。
「――おらあっ!!!」
「はぶんっ!?」
そのとき窓から大声とともに飛び蹴りの格好で誰かが飛び込んで来る。その誰かが何者であるかなど、考えるまでもなかった。
蹴られた朱里夏は絨毯をゴロゴロ転がってうつ伏せに倒れる。
「と、兎極。帰ったんじゃ……」
「やっぱり今日までくらいはおにいと一緒でもいいかなって戻って来たの。だから驚かせようと思って2階の窓から覗いたらそいつがいてさ」
「あ、ああ。そういうことね」
帰った振りをして戻って来るんじゃないかという俺の予想は当たっていたということか。
「……いきなり蹴るなんてひどい」
「あたしのおにいにきたねーもん擦りつけようとするからだ」
「汚くない。毎日、綺麗に洗ってるし」
「うるせーっ! とっとと帰れっ!」
「嫌だ。今日は五貴君とエッチするまで帰らない」
「ああ? お、おにいとエッチだぁっ!? ……わかったてめえは家に帰らなくていい。この場であの世に送ってやるからよぉっ!」
「いや待て兎極っ! ここで喧嘩したら家が潰れるっ!」
「そいつは害虫っ! 白アリっ! トコジラミっ! 家を潰してでも駆除しなきゃいけないのーっ! だから離しておにいーっ!」
殴りかかろうとする兎極を羽交い締めにして必死に抑える。そんな俺の背後に回った朱里夏がうしろから抱きついてきた。
「五貴君の背中、温かい」
「おにいに触るなこの淫売っ! おにい離してっ! そいつ殺すっ!」
「お、落ち着けってっ! 朱里夏さんは俺を心配して……ひゃあっ!?」
頬にぬるりとした感触。
見ると、朱里夏が俺の頬を舐めていた。
「五貴君、好き。早くエッチしよ」
「いやあのだから……」
「ぐぅああああっ! そいつ殺すっ! 殺させておにいっ!」
「ダ、ダメだってっ! 落ち着け兎極ーっ!」
……その後も兎極は朱里夏へ殴りかかろうとし、それを俺は押さえ続け、その日はほとんど眠ることができなかった。




