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第94話 おにいの男気が朱里夏の胸をうつ

「い、五貴君っ!」


 恐ろしい怪力を放つ機械の腕を五貴君が抱えて抑えている。


 その衝撃的な光景に、あたしは目を見開いて固まった。


「なにをやってますの佐黒っ! そんなガキはとっとと殺しなさいっ!」


「わ、わかってますっ! く、くそっ! なんだっ!? 動かねえぞっ!」


 佐黒が腕を引こうとするも、ピクリとも動かない。

 まるで巨大な岩にでも腕を飲み込まれたかのようであった。


「これは……」


 確か天菜が言っていた。五貴君はキレるととんでもない力を発揮するとか……。

 それが事実だったとしても、それほどでもないだろう。そんな風に考えていたが、それが間違いであったことを目の前の光景が証明していた。


「ぐ、うう……」

「五貴君っ!」


 ダメージを受けていない五貴君の全身から血がにじみ出てくる。

 このものすごい力を発揮していることが原因か? だとすれば、このままにしておいては五貴君が……。


「た、たぶん……あのときの半分くらいか……」

「えっ? は、半分くらいって……?」

「うおおおおおっ!!!1]


 あたしの問いには答えず、五貴君は大声を上げ、


「うがぁっ!!?」


 抱えたまま機械の腕をへし折り、千切り取ってしまう。

 右腕を失った佐黒はそのまま勢い良く下がって地面へ尻を打つ。


「ま、まさかあの腕が破壊されるなんてっ!? あんなガキにっ!」


 この場で初めて風間の表情が余裕なものから崩れて歪む。

 あたしも目の前で起こったことが信じられず、驚いて言葉を失っていた。


「はあ……はあ……。う、ぐ……」

「あっ!」


 全身に血を滴らせながら五貴君はその場に膝をつく。

 あたしは脚を引きずりつつ、その場へ駆け寄る。


「五貴君どうしてっ? 逃げろって言ったのに……」


 これだけの力があるのだ。逃げることに使えば今ごろは外に出られていたはずだろうに……。


「お、男ですから……」

「えっ?」

「男ですから、危険な場所にいる女の子を見捨てて逃げるなんてできないんです。今ここで俺が朱里夏さんを見捨てたりしたら、人間としては死ななくても俺は男としては死んでまいます。だから……」

「い、五貴君……」


 あたしは彼を侮っていた。

 彼の中の男を侮り、逃げろなんて言った自分が恥ずかしい……。


 立派な男だ。

 そんな彼を前にして、あたしの心は強く鼓動して鳴りやまなかった。


「く、くそ……っ! よくも俺の腕をっ!」


 重い右腕を失った影響だろう。

 立とうとするも、佐黒はバランスを崩してうまく動けないでいた。


「このっ! 死にやがれっ!」


 銃弾を放つつもりか。

 佐黒が右目を見開くも、しかしもう遅い。


 寸前に行動を読んでいたあたしは、右目から銃弾が発射される前に無事な片足で地面を蹴って佐黒に近づき、その目に左手を突っ込んでいた。


「んぎゃああっ!!?」


 そして銃弾の発射装置を抉り取って地面へ捨てた。


「ま、また俺の右目……うごぁっ!!!?」


 両腕で佐黒の顔面を殴りまくる。

 原形がわからなくほど殴りまくったが、それでも殴るのをやめなかった。


「はあ……」


 そして肉塊となった頭を見て、あたしはようやく殴るのをやめた。


「風間……っ」


 佐黒を殴るのに夢中で気付かなかったが、すでに風間の姿が消えている。部屋のどこにもおらず、逃げたのだろうと察した。


「あ、あれ? そういえばあの女はどこに……?」


 五貴君も気付かないうちに消えていたようだ。


「ああいう小賢しいクズは勝ちを確信している喧嘩にも、万が一を考えて完璧な逃げ道を用意しているんだ。たぶんもうこの建物にはいない」

「あ、じゃあ、金翔会の本部に逃げ帰ったんですかね?」

「いや、本部に逃げ込めばあたしがカチコンで来ることは簡単に予想できる。どこかあたしの知らない場所へガラをかわしただろうね」


 そしてどこかでやり返しの機会を窺うだろう。


 佐黒を完全に仕留めるのに夢中で風間を逃してしまった。

 このミスはでかいと、あたしは舌を打った。


「五貴君は大丈夫?」

「は、はい。以前も同じことがあって、そのときよりはぜんぜん……」

「そう。けど、君ってすごいんだね」

「あ、は、はい。朱里夏さんを守らなきゃって思ったらなんだか力が湧いてきて……。なんとか助けられてよかったです」

「そうじゃなくてさ」


 あたしは五貴君の前に屈む。


「君はすごく良い男ってこと」

「そ、そんなことないですよ。俺なんて別に普通で……」

「普通じゃない」


 あたしは高鳴る胸の鼓動に押されるように五貴君の胸へ額を寄せる。


「しゅ、朱里夏さん?」

「あたし君のこと好き」

「えっ?」


 そして心に従って想いを伝える。


 最初はアレの大きさから興味を持った。そしてそれなりの男気を感じて、彼がほしくなった。けれど今は彼に好かれたいと思っている。強引に彼を手に入れるなんて、嫌われるようなことはしたくない。


「そ、その……お気持ちは嬉しいのですが……」

「あのデカチチのほうが好き?」

「は、はあまあ……」

「じゃああたしは2番目だっていい」

「えっ? い、いやそういうわけには……」

「君が他の誰かと結婚しても、あたしは君が好き。君からは絶対に離れない」


 五貴君ほどの男は他にいない。他の男じゃダメだ。

 五貴君は自分にとって運命の男だと、あたしは信じて疑わなかった。

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