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第91話 朱里夏のもとへ急ぐおにい

「朱里夏さん?」


 通話が切られ、耳から離したスマホを見つめる。


 なにか様子がおかしかった。

 もしかしてなにかあったのかもしれない。


 自室で夏休みの宿題をやっていた俺は、スマホを机に置いて考え込む。


 なにかあったとしても、俺には関係無いだろう。

 ああ見えてあの人も大人だ。いろいろあるのだと思うが……。


 けどなんで俺に電話を……。


 なにか伝えたいことがあったのかもしれない。


「うーん……」


 いつもは感情が見えない抑揚の無い声でしゃべるあの人が、今日はどこか悲し気だった。本当になにか辛いことがあって、俺に相談をしたかったんじゃ……。


「……行ってみるか」


 別に仲が良いわけでもない。

 しかし俺を頼って電話をしてきたのならば、少しくらい力になってあげてもいいだろう。


「とは言え……」


 俺は部屋の扉から顔を出して階段を見つめる。


 兎極は今、1階の居間で昼寝をしている。

 俺が朱里夏さんに会いに行くなんて言えば止めるだろうし、無理にでも行くと言えばついて来るだろう。


 海では少しだけ意気投合することもあったが、基本的には不仲な2人だ。会わせればまた無駄に喧嘩を始めてしまうかもしれない。


「兎極が寝ているあいだにこっそり行って来るか」


 俺は忍び足で1階へと降り、靴を履いてゆっくりと扉の開閉をして出掛けた。



 ……



 自転車に乗り、やがて難波の家へと到着する。


 難波組にはひどい目に遭わされたこともある。

 入るのにあまり気は進まないが、ここは勇気を出して行ってみるしかない。


「なんだお前は?」


 門の前に立っていた怖い顔の人に声をかけられる。


 兎極のパパにくらべればまったく怖くないし、今までもっと怖い顔の人たちと関わってきたおかげか、恐怖は一切無かった。


「自分は朱里夏さんの知り合いです」

「お嬢の? お嬢は今いねーよ」

「えっ? そうなんですか? どこへ行ったかわかりますか?」

「知らねーよ。とっとと帰れ」


 猫でも追い払うように手を振られる。


 家にいないならどこへ行ったんだろう?

 悲し気な声をしていたし、なにか嫌な予感がしてきた。


「大事な用事なんですよ。もし会って用件を伝えることができなかったら、朱里夏さんはものすごく怒るかも……」

「えっ? お、お嬢が怒る……」


 朱里夏が怒ると聞いた男は明らかに動揺する。


 温厚に見えるが、朱里夏には凶暴な面もある。

 組員らはきっと恐れているだろうと思ったが、その通りだったようだ。


「ちょ、ちょっと待ってろ」


 組員の男は門を通って屋敷の中へ入ると、すぐに戻って来た。


「どこへ行ったか知らねーけど、お嬢はこれを見て出掛けてったぜ」


 俺はクシャクシャに丸められた紙を受け取ってそれを広げる。


 それには繁華街にあるホテルの場所が示されていた。


「ありがとうございます。あ、すいませんけど、車でここまで送ってもらえませんか?」

「なんでだよっ! ふざけんなっ!」

「急な用があるときは自分のいるところまで組員の人に送ってもらうよう、朱里夏さんに言われたんですけど……」

「お、お嬢が……。わ、わかったよ……」


 もう少し渋られると思ったが、組員は相当に朱里夏さんを恐れているらしい。

 これは想像以上だったが、まあわからなくもなかった。


 組員が用意した車へと乗り込む。と、


「おいっ! なんでお前がうちの車に乗ってんだよっ!」


 そこへ幸隆が現れ、後部座席に乗った俺を怒鳴りつけてくる。


「朱里夏さんに緊急の用なんだよ。急がないとお前も怒られるぞ」

「ね、姉ちゃんの……。そういえば最近はお前のことをどうこう言ってたな……。ちっ、わかった。好きにしろよ。くそっ」


 そう言って幸隆は屋敷の中へ戻って行く。


 あいつもかなり朱里夏さんを恐れているようだ。

 と言うか、この家で朱里夏さんを恐れていない人はたぶんいないのだろう。悪い人ではないと思うが、確かに怖いのはわかる。


「あの、すいません。できるだけ急いでもらえますか? 早くしないと朱里夏さんが怒るかもしれないので」

「わ、わかったよ。間に合わなくても俺のせいだってお嬢には言うなよ……。あの人、怒るとシャレにならないくらい怖いんだからな」


 組員はそう声を震わせながら車を急発進させた。



 ……



 組員の運転する車で目的地のホテルの側へとやって来る。


「なんか妙に静かな気がする……」

「今日は休みなんだよ。そこに看板が出てるだろ」

「えっ?」


 指差された方向を見ると、そこには電気関連の作業があるため本日は休業と看板が立ててあった。


「それじゃあ俺は行くからな。くれぐれもお嬢には俺のせいで遅れたとかは言うなよ。絶対だぞ。怒らせたらマジで怖いんだからな。あの人を怒らせるくらいなら、何年かムショに入ったほうがマシなくらいだぜ」

「は、はあ……」


 俺を降ろして車は去って行く。


 あんな強面の人をあそこまで恐れさせるとは……。

 怖いのは知っているが、もしかしたら俺はまだあの人の怖さの一旦しか知らないのかもしれない。そう考えると少しだけ身体が震えた。


「けど、どうしてこんなところに……うん?」


 入り口の当たりにガラの悪そう人たちを見つけ、どういう理由で来たかは知らないが朱里夏がここにいることは確かな気がした。


「あれじゃ簡単には入れそうにないな」


 朱里夏はなにか危険なことに巻き込まれている。

 しかしあの人ならばひとりでもどうにかできるかもしれない。俺が行けばむしろ足手まといになってしまう可能性もある。けど……。


「あの人は決死の覚悟でここへ来ているような気がする。そうでなかったら、あんなに悲しげな声をするとは思えない」


 危険な場所へ来る前になぜ俺へ電話なんかしたのかはわからない。

 だがもしも俺なんかに助けを求めるつもりだったなら……。


「行くしかないか……」


 女の子に助けを求められて逃げていたら格好悪い。

 沼倉さん的に言えば男が下がる。


 朱里夏さんが危険な目に遭っているかもしれないと知ってしまった以上、ここは腹を括って行くしかない。


「さて、まずはどうやって入るかだけど……」


 兎極なら正面突破できるだろう。しかし俺じゃ無理だ。なにか考えないと……。


 俺は考え、やがて思いつくと同時にため息が出る。


「しかたないか……」


 物陰に隠れた俺は、腕時計をはずして拳へと巻く。

 これをメリケンサック代わりにして正面突破……ではなく、


 ゴンっ!」


 腕時計を巻いた拳で額を殴りつける。

 それを何度も繰り返していると、やがて額からはダラダラと血が流れて来た。


「これでいい」


 それから俺はその場で激しく足踏みをして身体を疲れさせ、そのままホテルの正面玄関へと駆け込んで行く。


「うわあああっ!!」

「えっ? なっ!?」


 額から血を流して現れた俺を見て、半グレみたいな人たちがぎょっとしたような顔をする。


「な、なんだお前はっ!?」

「はあ……はあ……た、たた、大変だっ! な、難波組が大勢でここへ攻め込んでくるっ!」

「な、なんだってっ!? ほ、本当かっ!?」

「ああっ! 難波朱里夏を助けにくるらしいぜっ! お、俺は難波組の奴に捕まってボコられたんだけどよっ。なんとか逃げ出してきたんだっ。な、難波朱里夏はもう中に入ってるのかっ?」

「ああ。難波朱里夏を名乗ったガキが、風間さんのいる1階のパーティー会場に向かったけど……」

「わかった。俺は風間さんにこのことを伝えて来るぜ」

「あ、ああ」


 やや怪訝そうな男の横を通り抜けて俺はまんまとホテル内へ入り込む。


 ……うまくいった。

 けど、額の傷はやり過ぎたかなと少し後悔した。


「朱里夏さんは1階のパーティー会場か」


 確か風間って金翔会のボスの名前じゃなかったか。


 もしかすれば想像以上にやばいことへ首を突っ込んでしまったかもしれない。

 だが引くわけにはいかないだろう。


 ホテル内には誰もいない。

 このまま一直線に1階のパーティー会場へ向かうおうとしたが、その前にフロント奥にあるバックヤードが目に入る。


「もしかしたら監視カメラのモニターとかがあるかな?」


 1階のパーティー会場が今どんな状況かをカメラで見れるかも。

 そう思った俺はフロントを抜けてバックヤードへと進む。


 幸い中には誰もおらず、思った通り監視カメラのモニターもあった。


「1階のパーティー会場は……」


 モニターを眺めて目的の場所を探す。


「あっ、あれか」


 そこには大勢の人間に銃を向けられて佇む朱里夏の姿があった。


「これはまずいな」


 あんなところへ俺が行ってもできることはない。

 だがこのまま眺めているわけにもいかないだろう。


「どうしようかな……」


 金翔会は警察とも繋がっているらしく、通報しても無駄だろう。いずれにせよ、今からでは間に合わないだろうが……。


「うん?」


 なにか方法はないか?

 考える俺の視界に、ブレーカーが映る。その次に非常ベルを見つけた。


「これは……使えるか」


 意を決した俺はブレーカーを落し、それから非常ベルを鳴らした。

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