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第90話 決死の覚悟で風間を狙う朱里夏

 玄関を出たあたしはバイクに乗ろうとしたが、その前にスマホを手に持つ。

 それから電話番号を押し、スマホを耳に当てた。


「……はい」

「あ、五貴君」


 相手は久我島五貴君だ。

 この電話とこれからすることに関係は無い。ただなんとなく声が聞きたかった。それだけだ。


「どうしたんですか? 朱里夏さん?」

「いや、なんでもないよ。ただ声が聞きたかっただけ」

「そ、そうですか」


 彼は戸惑っている様子だ。当然だろう。男の声が聞きたいなんて、そんな乙女なことをするのはあたしのキャラじゃない。

 けどもしかしたら彼とはもう話すことはできなくなるかもしれない。そう考えたら電話をせずにはいられなかったのだ。


「じゃあそれだけだから」

「えっ? 朱里夏さ……」


 あたしは通話を切ってバイクへと跨る。


 行った先では風間があたしを殺す準備をして待ち構えているだろう。

 かつて左目を抉ってやったときは奴の不意を狙った。しかし今回は準備万端のところへ乗り込むのだ。生きて帰って来れる保証は無い。


「まあ、こんな生き方を選んだ時点で覚悟はしていたことだけどね」


 そう自嘲気味にあたしは呟く。


 せめて風間だけでもとってやる。


 無駄死にはしない。

 風間だけはとる。あとはどうでもいい。


 特攻する気持ちを胸に、あたしはバイクを発進させた。



 ……



 ……やって来たのは多くのビルが立ち並ぶビジネス街にある高級ホテルだ。入り口前の車路へ目を向けるも不思議と客の姿は見えず、代わりにガラの悪い連中がその辺をうろついていた。


「おい」


 バイクを降りたあたしはそこにいた半グレ風な男なに声をかける。


「ああ? なんだクソガキ? ここは今日、貸し切りなんだよ。失せろ」

「あたしは難波朱里夏だ。風間はどこだ?」

「お前が難波朱里夏? 笑わせんなクソガ……んがっ!?」


 手を伸ばして男の顎を掴んで自分の顔へと引き寄せる。


「風間はどこか聞いてるの? お前の顎を砕いてやろうか?」

「んがが……い、1階のパーティー会場だ……」

「ふん」


 男の顎から手を離し、ホテルの中へと入って行く。


 ここは5年前にあたしが風間の左目を取ってやった場所だ。

 同じ場所であのときの恨みを晴らしてやろうとでも言うのだろう。


 ホテルの中には誰もいない。

 客はおろかスタッフもおらず、がらんとしている。

 どうやらあの半グレが行っていた通り、ホテルは貸し切り状態のようだ。


「建物全体を貸し切るなんて、さすがは金翔会か」


 面倒な目撃者は誰もいない。

 殺人をやるにはうってつけの場所であった。


 半グレ男の言っていた1階のパーティー会場へ向かう。やがてたどり着き、そこの扉を開く。と、


「ウェルカム難波朱里夏」


 目の前には大勢の人間たち。誰しもが銃を持っており、こちらに狙いを定めていた。


「風間……っ」


 その中心にいる女が風間だ。隣には両腕を包帯で覆った右目だけを閉じた男が立っている。


「ひさしぶり。5年ぶりですわね」


 あたしが中へ入って近づくと、風間は目を見開いて笑う。5年前に抉り出した左目の穴には、ドクロの義眼が見えた。


「招いてくれて嬉しい。いずれ呼んでくれると思っていたから待っていた。あのときに仕留めそこなったからね」

「仕留めそこなったのはお互い様ですわね。……始める前に、少し昔話でもしましょうか?」

「あんたの目を抉ってやった楽しい思い出話?」

「ああ……そう」


 風間は左目を押さえてクククと低い声で笑う。


「この場所を覚えていますかしら? 5年前にわたくしが政財界の皆さまを招いてパーティを行っていた場所ですわ。そこへあなたがやって来て、わたくしの左目を奪った」

「覚えている。警察が突入してこなければ殺してた」

「そう。あのとき警察が突入して来なければ、わたくしの部下があなたをハチの巣にしていましたわ」

「その前にお前を殺してやったよ」


 こいつの指示で仲間のひとりが殺されたのだ。

 自分が殺されようと、こいつを殺してやるつもりだった。


「あなた程度のチンピラにわたくしという上級の存在が目を奪われた。それがどれほど屈辱的なことか……わかるかしら?」

「わからないね。そもそもあたしに喧嘩を売ってきたのはお前だ。自業自得」

「それは間違いですわ。先にわたくしへ……いえ、金翔会に喧嘩を売ったのはあなた。覚えてるかしら? あなたが通っていた中学の生徒会長さん」

「気に入らない生徒を精神的に追い込んで何人も自殺させてたクズ女か」


 でかい宗教団体のボスをやっている親が、学校や教育委員会にも多額の寄付をしていて、わがまま放題に振舞っていたクズ女だ。


「あの方のお母様は金翔会の上客でしてね。その娘にあなたがなにをしたか……」

「顔面を満遍なく焼いてやった」


 あいつはあたしのダチが宗教の勧誘を断ったことを理由に、散々な嫌がらせをした上、信者を使って家に放火までした。警察はその宗教団体に懐柔されていてほとんど捜査をせず、犯人は不明で終わらせた。だからあたしが代わりにあのクズ女へ制裁を加えてやったのだ。


「そう。それが原因で娘さんは今だ火傷の後遺症に苦しんでいるそうですわ。あなたの心は痛まないのかしら?」

「あの女がやらせた放火でダチのばあさんは逃げ遅れて焼死したんだ。生かせてやっただけ、ありがたいと思うべき」

「下級のババアが死んだくらいで上級の顔に一生モノの傷をつけるなんて、こんな理不尽があってはいけませんわ」

「だから5年前にあたしを襲撃させたのか」

「ええ。娘さんのお母様から依頼を受けましてね」

「その返しで自分の目を抉られることになるなんて想像もしていなかっただろうね」


 そう言ってやると、風間は額に青筋を浮かばせる。


「すぐには殺しませんわ。四肢を切断して、お前の目の前で大事な仲間をひとりずつ惨たらしく殺してあげますから」

「その前にお前を殺す」


 周囲に漂う空気が殺気に溢れてくる。


 奴を殺すとは言ったが、これだけの銃に囲まれては指ひとつでもわずかに動かせば一瞬でハチの巣だろう。いくら頑丈なあたしでもさすが生き残れない。


 だが風間だけは必ず取る。

 例え四肢を失っても、奴の首にかじりついて殺してやる。


 その意思を固めたそのとき、


「えっ?」


 不意にホテル内へ非常ベルが鳴り響く。

 その直後、部屋の照明が落ちて真っ暗となった。

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