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第87話 金翔会に襲われるおにい

 今日のバイトは平和そうだ。

 兎極にはバイト先へ来ないように言っておいたし、朱里夏はバイクでその辺を走って来ると朝早くから出掛けて行った。


 あの2人が一緒にいなければ騒ぎも起こらないだろう。

 夜になってまた2人が同じ場所に集まったらまたひと悶着ありそうだが……。


 とりあえず今はバイトに集中しようと、俺は焼きそばづくりに勤しむ。

 やがて昼休憩となり、俺は自分の作った焼きそばを食べて休んでいると、


「す、すいませんっ!」


 そこへ真夏の砂浜には似つかわしくないスーツ姿の男が声をかけてくる。


「あ、はい。どうかしましたか?」

「は、はい。海を眺めていたら妻が倒れまして……。たぶん熱中症だと思います」

「えっ? そ、それじゃあ救急車を呼ばないと……」

「救急車はもう呼びましたっ。身体を冷やすために氷かなにかもらえませんかっ?」

「わ、わかりましたっ」


 俺は慌てて海の家へ戻り、飲み物と袋に積めた氷を持って男について行った。


 やって来たのは海水浴場の端にある岩礁地帯だ。

 先ほどまでいた砂浜の海岸とは違って人気は無く、波の音だけがしていた。


「あそこですっ!」

「は、はいっ!」


 そこに女性がひとり横たわっていた。


 俺は男性のあとへついて急いでそこへ向かう。


「だ、大丈夫ですか?」


 その場に屈んだ俺は女性にそう問いかける……と、


「……ああ。なにも問題は無いよ」

「えっ?」


 女は勢いよく身体を起こして立ち上がる。


 熱中症による具合の悪さなど微塵も感じさせない。

 健康そのものに見えた。


「だ、大丈夫……なんですか?」

「もちろん」

「なっ!?」


 女は懐からナイフを取り出して俺の首筋へと当てる。

 その手には人差し指が無く、堅気では無いような気がした。


「こ、これは一体……」


 俺は男のほうへ視線を向ける。


「すいませんね。すべて嘘です」


 そう言って男は邪悪な笑みを俺へ向けて来た。


「な、なんでこんなことを……」

「てめえが気に入らねーからだよ」

「えっ?」


 やや離れた場所から声がしてそちらへ目を向けると、


「お前は……国島丈吾」

「下級国民が上級の俺を呼び捨てにしてんじゃねーよ」


 こちらへと歩いて来た国島丈吾は蔑むような視線で俺を見下ろしてくる。


「別に殺しゃしねーよ。ちょっと痛い目に遭ってもらうだけだ」

「ちょっとって……」


 首筋にナイフを当てられているのだ。

 軽く殴られる程度では済まないだろう。


「そうだな。こいつらには安くない金を払ってるんだし、指の1本くらいはもらっといてもいいかもな」

「や、やめ……」

「やめねーよ。俺を怒らせたことを後悔しな。おい、どの指でもいいからやれ」

「はい」


 女が俺の指にナイフを向けてくる。


 このままおとなしく指を落とされてたまるか。

 俺だって弱くはないんだ。3人くらい……。


 俺は逃げ出そうと、女から離れようとする。……が、


「おっと」


 男にに腕を掴まれてしまう。

 振りほどこうにも男はものすごい力で俺の腕を掴んでおり、逃れることができない。


「やめといたほうがいいぜ。こいつらは金翔会から借りたヤクザだ。てめえなんかでどうにかできるような連中じゃねーよ」

「き、金翔会……」


 表向き政治結社のヤクザだったか。

 金持ちを相手に暴力の貸し出しをやっていると朱里夏から聞いたが、まさか自分がその暴力のターゲットにされるとは夢にも思っていなかった。


「諦めて指を落とされるんだな。なに、こいつらはプロだ。痛いのは一瞬だよ。ぎゃははははっ!」


 下品に笑う国島丈吾を背後に、女がナイフの刃を俺の小指に這わせる。


 もうダメだ。


 そう俺が諦めたとき、


 ブオォォォン!!!


 バイクの排気音。

 それが上空から聞こえ……。


 ズガァァン!!!


 大きな音を立ててバイクが落ちてくる。


「な、なんだっ!?」


 驚いた国島丈吾がそちらを振り向く。

 俺やヤクザどももそちらへ振り向くと……。


「やあ」


 バイクに乗っていた小さな女の子、朱里夏が俺の目を見てそう言った。

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