第80話 おにいを海まで追って来た怪物
「うわぁ!?」
驚いた俺はビーチチェアから転げ落ちる。
「しゅ、朱里夏……さん?」
なんで朱里夏がここに?
疑問を浮かべつつ、俺は砂浜の上に座る。
「ひさしぶり」
「そ、そうですね」
とはいえ、例の件があった日からそれほど日にちは経っていないが……。
「それよりもどうして朱里夏さんがここに?」
ここへ来ることは朱里夏に伝えていないが……。
「ここへ来るって話を五貴君の部屋で聞いたから」
「えっ? 俺の部屋で聞いたってどういうことですか?」
「ここへ来るって話を電話で誰かにしてた。それをベッドの下で聞いたの」
「ベ、ベッドの下っ!?」
つまり朱里夏は俺の部屋に忍び込んでいたということか……。
「ひ、人の家に無断で入っちゃダメですよっ!」
「窓が開いてたから」
「ダメですよっ!」
「……ごめん」
屈んだまましょんぼりした様子で俯く朱里夏。
まるで小さい子が叱られて反省しているようにも見えるが、この人は俺より年上の20歳である。
「けどなんで忍び込んで、しかもベッドの下なんかにいたんですか? 用があるなら普通に訪ねて来てくれればいいのに」
「あの女と顔を合わせると、君とまともに話できない」
「ま、まあ……」
兎極と顔を合わせればまたもめることは確実だ。しかしだからと言って家に忍び込んでいいわけではないが。
「あの女、1日中、五貴君の側にいるから話をするチャンスがなかった」
確かに夏休みに入ってうちへ来てから、兎極は俺の側を離れない。家の中はもちろん、外出するときも必ず一緒について来た。
「あ、でも寝るときはさすがひとりなんで、夜中になら……」
「そう考えてベッドの下で夜中まで待ったけど、五貴君が眠ったあとにあの女が来てベッドに潜り込んでた」
「ええっ!?」
まさかそんなこと……。
いや、兎極ならやりそうか。
「で、朝になると先に起きて、五貴君を起こしてた」
「な、なるほど」
というか朝までベッドの下に潜み続けている朱里夏もたいがいである。
「だからここへついて来ればチャンスがあると思ってついて来たってこと」
「は、はあ。けど話だけなら電話でも……」
「電話番号知らない」
「そうでしたね……」
忍び込まれないように電話番号は教えておくか。
「というか話をするのになんで水着に……」
色気もなにもない普通のスクール水着姿であった。
「海に行くなら水着だし」
「まあそうですけど……」
胸のところに4ー1と書いてあるのが気になる……。
「あ、それで話ってなんですか?」
「うん。先日、チンピラどもに社会の怖さを教えてやったじゃん?」
「ええまあ……」
社会は社会でもヤクザ的な社会の怖さだけど……。
「あのとき要求した金さ、もらうのに少し手間取るかも」
「そうなんですか」
まったくあてにはしていないので、特になんとも思わない。
店の修繕費はちゃんと払ってほしいが。
「うん。たぶん金翔会とちょっともめる」
「ああ、あのチンピラが関わってる組織ですか」
金翔会とは表向き政治結社のヤクザ組織だったか。
あのチンピラが政治家の父親に泣きついて金翔会が出てきたら、確かにいろいろと揉め事が起きそうではあった。
「そう。だから休業補償はいつになるかわからない」
「いや別に……俺は大丈夫ですけど」
朱里夏は金翔会と揉めて大丈夫なんだろうか?
そこのボスらしい風間香蓮とは因縁があるらしく、いずれにしろ揉めることにはなるみたいなことは言っていたけど。
「休業補償を渡すのが遅れる代わりにさ、ちょっと楽しませてあげようと思って」
「楽しませるって……えっ? ちょ……」
側に寄って来た朱里夏がふたたび俺の顔をペロペロと舐める。
「な、なんですかっ? ちょっと……」
「親愛の印」
「し、親愛の印って……犬じゃないんですから」
「お姉さんが遊んであげるの」
と、朱里夏の手が俺の股間へ伸びていく。
「いやちょっ!? それは……っ!?」
遊ぶってそういう……。
それはまずいと思った俺が朱里夏の手を掴もうとしたとき、
「なにやってんだこらぁぁぁっ!!!」
ものすごい怒声が背後から聞こえた。




