第79話 海でバイトするおにい
先日の件でバイト先が休業となり、再開はいつになるかわからないということなので俺たちはそのまま退職となった。
朱里夏があのチンピラ男に請求した1億円に関してはどうなったかわからない。とにかく俺は予定していた収入を得られなくなってしまい落ち込んでいた。
……のだが、
「焼きそばひとつください」
「はーい」
注文を受けた俺は砂浜にある海の家で焼きそばを作り始める。
晴天の海水浴日和。
俺は汗だくになりながら調理を続けていた。
なぜこんなことになっているかと言うと、コンビニのバイトをやめることが決まったその日に覇緒ちゃんとネトゲをしていて……。
……
ハオハオ:バイトクビになったんすか?」
ツッキー:いや、クビじゃなくて、コンビニが破壊されて店がしばらく休業することになったの。しばらくは再開できないらしいからやめるってことになってね
ハオハオ;コンビニが破壊ってなんすか?
ツッキー:コンビニに車が突っ込んできたの
ハオハオ:ああ。お年寄りがアクセルとブレーキを踏み間違えたんすね
ツッキー:いや、そういうことじゃなくて、ヤバいチンピラが嫌がらせでコンビニに突っ込んで来たんだよ
ハオハオ:ええっ!
回線の向こうで覇緒ちゃんの驚く顔が想像できる。
まあ、キレたチンピラがコンビニに突っ込んで来るなんてかなりのレアケースだし、そりゃ驚きもするだろう。
ハオハオ:怪我はなかったんすか?
ツッキー:怪我人はまあ……いなかったかな
幸いなことに、店員にも客にも怪我人はいなかった。
いるとしたらその後にボコられたチンピラどもだけだろう。
ハオハオ:それはよかったっす。けどバイトをやめちゃって先輩は大丈夫なんすか?
ツッキー:あてにしてた収入が無くなるのはちょっと困るかな
朱里夏がチンピラに要求した休業補償を本当にもらえると思うのは都合が良いし、なにか他のバイトを見つけたいところだが……。
ハオハオ:あ、じゃあ、うちの別荘の近くにある海の家でバイトしないっすか?
ツッキー:海の家?
ハオハオ:うっす。バイト期間中はうちの別荘に寝泊まりすればいいですし、そこそこお金になると思うっすよ
……
……と、そういうわけで俺は今、海の家でバイトしているわけだ。
「久我島君、そろそろ休憩に入ってもいいよ」
「あ、はい」
店長に言われて俺は一息つく。
店長の清水大作さんは覇緒ちゃんパパと中学校が同じの友人とのことだ。先日に同窓会があって再会し、あてにしていたバイトが急に働けなくなって困っている旨を覇緒ちゃんパパに話していたらしい。
その話を覇緒ちゃんが俺にして、このようなことになっているというわけだ。
「しかし疲れたなぁ」
まさか調理までやらされるとは思っていなかった。
クオリティはそれほど求められていないので気軽ではあるが、慣れないことをしたので気疲れしてしまった。
「それにしてもあっついな……」
ハーフパンツに前開きのTシャツだけという格好でも暑い。
海水浴を楽しんでいる人たちは楽しそうだが、インドアな俺にはただただ暑いだけの場所であった。
「おにい」
「あ、兎極……わおっ!?」
呼ばれて振り返ると、そこには白いビキニ姿の兎極が立っていた。
これはもう刺激的とかそういうレベルではない。
あまりに魅力的で、見た者すべてを昇天させてしまうような破壊力がある。
現に周囲の男たちの視線は兎極に釘付けで放心状態となっていた。
「と、兎極っ、お前、どうしてここにっ? 別荘にいるはずじゃ……」
覇緒ちゃんの紹介で海の家にバイトへ行くという話をすると、予想通り兎極もついて来ると言ったので連れて来た。
しかし今回バイトをするのは俺だけだ。なので兎極は覇緒ちゃんちの別荘でのんびりしているはずだったのだが……。
「そんなわけないじゃん。水着の女におにいがナンパされないように見張っていなきゃいけないしさ」
「えっ? じゃあもしかしてずっと側で見てたのか?」
「もちろん」
「最初から?」
兎極はうんと頷く。
兎極がまだ寝ているはずの早朝に別荘を出た。
しかし最初から見ていたということは、俺が家を出たときからすでについて来ていたってことか……。
「でも不思議。おにい全然ナンパされなかったね」
「そりゃそうだよ」
俺なんかをナンパする女性なんているはずはない。
それよりも……。
「ほら兎極」
俺は自分の着ている前開きのTシャツを兎極へと羽織らせる。
「お前は目立つんだから、そんな恰好でうろうろしちゃダメだよ」
俺なんかよりよっぽど兎極のほうがナンパをされるだろう。
兎極ならナンパなんかされても平気だろうが、こういう格好を他の男に見せるのは嫌だという俺のわがままもあった。
「ふふ、他の男には見せたくない?」
「そ、それは……」
俺の考えを見透かして兎極はいたずらっぽく笑う。
「ごめんね。おにいに水着姿を見てもらいたかったの。嫌なら明日は普通の格好をするから安心してね」
「う、うん」
それを聞いてちょっとホッとした。
「そういえば覇緒ちゃんは?」
兎極がここへ来たのならば、覇緒ちゃんも一緒だと思ったのだが。
「あいつはあそこ」
「えっ?」
なぜか兎極は上空を指差す。
見上げると、そこにはドローンが浮いていた。
「海で遊ぶとか陽キャなことは苦手だから、ドローンを飛ばして遊んでるって」
「そ、そうなんだ」
インドアな覇緒ちゃんらしい遊びであった。
「あ、じゃあわたしお昼ご飯を買って来るから待ってて」
「一緒に行くよ」
「おにいは休憩中なんだからゆっくりしてて」
そう言って兎極は海の家へ向かう。
「なんであんなパッとしない男にあんな美人が……」
「謎過ぎる」
「けど良い身体してるよあの男の子。俺好みだわ」
なんだか様々な思いが込められた視線を感じる……。
しかし俺みたいな普通の男が兎極と一緒にいれば、いろいろ言われてしまうのはしかたないか。
視線は気にしないことにして、俺は海の家で借りたパラソルを立て、そこにビーチチェアを広げて寝転がる。
なんか眠いな。
朝早かったし、少し眠気が湧いてくる。
そして少しのあいだだけと、俺は目を瞑った。
……ペロペロ
不意になにかが頬を舐める感触がした。
誰かが海に犬でも連れて来たのだろうか?
目を開き、頬を舐めているなにかを横目で見る。
そこにいたのは犬ではなくスクール水着を着た小さな女の子。
難波朱里夏であった。




