第78話 朱里夏に気に入られるおにい
「こ、このっ! あぐあっ!?」
拳銃を構えて飛び降りて来た女を朱里夏がぶん殴って気を失わせる。
銃を向けられても平気で対処してしまうところは、やはり普通じゃないなと思った。
それからやや太々しい表情をした男が運転席から降りて来る。
「あんたさ、あたしのバイト先を潰してくれた落とし前どうつけるの?」
「ど、どうって……おごぉっ!?」
朱里夏の拳が男の腹へと沈み込む。
見ただけで顔をしかめてしまうほどにエグイ一撃であった。
「答えを聞いてるんだけど?」
「う……ぐぅ……」
「答えろ」
「ず……ず、すいまぜんっ……。お、お金なら払いますっ……ゆ、許してくださいっ……うぐぅ……」
「うん? お前……」
腹を抱えて蹲る男の顔を朱里夏が覗き込む。
「もしかして牙斗の弟の爪弥じゃないの?」
「牙斗……って」
「竜青団の奴。知ってるんじゃない?」
「ああ」
どうやら朱里夏はあの男と知り合いのようだった。
「え……? あ、兄貴の……知り合いですか?」
「お前ともずいぶん前に会ったことある。難波朱里夏だよ」
「な、難波……朱里夏さんっ!?」
朱里夏の名を聞いたチンピラ男は顔を青くして目を見開き、慌てた様子で土下座をする。
「す、すすすすいませんでしたっ! まさか朱里夏姉さんが働いてる店だったなんて知らなくて……」
「あたしの顔を見て生意気な口を利いてたよね?」
「お、お会いしたのはガキのころですし、気付かなかったんですっ! すいませんっ!」
「気付かなかった。すいませんで済んだら落とし前なんて言葉はいらないよ」
「は、はい……」
コンビニ来たときの威勢はどこへやら。
チンピラ男は犬に睨まれた子猫のようにおとなしくなっていた。
「そこの女が持っていた銃は牙斗からもらったの?」
「い、いやその……」
「出どころがどこか聞いてるんだけど?」
「ひぃっ!? す、すいませんっ! あ、あの……じゅ、銃は金翔会からもらったもので……」
金翔会。
考えなくても、それがヤクザ組織だとわかった。
「ああ、風間のところね」
「知り合いですか?」
「昔にちょっとね」
昔っても朱里夏は20歳だし、もしかして学生のころにヤクザ組織と揉めたことでもあるのだろうか? ……まあ無くはなさそうだけど。
「お前、金翔会に出入りしてるの?」
「え、ええ、少しだけ……」
「父親繋がりか」
「……」
「父親って?」
「牙斗とこいつの父親は偉い政治家でね。表向き政治結社の金翔会とは昔から仲が良いみたいなんだ」
「そ、そうなんですか」
父親が偉い政治家で、反社組織とも繋がりがある。
むちゃくちゃなことができた理由にも納得であった。
「じゃあパパに言って1億円用意して」
「い、1億ですかっ?」
「あたしと彼の休業補償に5000万。店の修理費に3000万。あとは慰謝料に1000万。ここまで追って来たバイクのガソリン代を500万。あとは治療費500万。それで1億」
……むちゃくちゃな内訳であった。
しかし店の修理費や俺の休業補償まで考えてくれるなんて、やさしいんだかなんだか……。
「ち、治療費って……」
「窓ガラスを蹴り割って脚を痛めたの。その治療費」
「い、いや、怪我なんて全然……」
「あ?」
「……すいません。払います」
払うと言うしかないだろう。
払わなければこの場で殺されそうな雰囲気であった。
「とりあえずこの車と女は利子としてもらっていくからね。期日は一週間後。払わなかったらお前の家に殴り込むから」
「は、はい……」
中で気を失っている男を外へ放り出し、ワンボックスにバイクと女を積み込んで出発する。助手席から振り返った先ではまだ土下座をしている男の姿が見えた。
「車はわかりますけど、この人はどうするんですか?」
車は中古として売るんだろう。
チンピラ女まで連れて来る意味がわからなかった。
「風呂屋に売って稼ぎをもらうの」
「風呂屋に売るって……あっ」
意味を理解した俺はそれ以上なにも聞かなかった。
「きっちり調教もしてくれる優良店だからさ。性格も従順になるよきっと。男のほうもバラせば金になるんだけど、そっちはルートが面倒だからね」
「そうですか……」
やっぱりこの人は反社だ。
なりふり構わずに暴れたりはしないが、怖い人には違いなかった。
「まあ金を寄こさなかったら、あいつらバラして売り払ってやるけどね」
「はは……」
冷静な声音で言うのが怖かった。
「なんて言うか、朱里夏さんって怒らせたら怖いんですね……」
店ではおとなしかった朱里夏が、今は鬼のように思えた。
「別に怒ってないよ」
「え? でも……」
「落とし前をつけさせただけ。誰かに不利益を与えたら、それ相応の落とし前をつけるのは当然でしょ。殴られたら殴り返す。仲間が殺されたら殺し返す。あたしは冷静にそれをやってるだけ。まあ、多少はどんぶり勘定だけどね」
確かにさっきの1億円はだいぶどんぶり勘定ではあったけど……。
「あ、それよりもあのチンピラ、金翔会って組織と繋がってるそうですけど、こんなことしたらそこと揉めることになったりしませんか?」
政治家と繋がっているならかなり大きな組織なのだろう。
そんなところを怒らせたら、いくら朱里夏でも無事では済まないと思う。
「まあ金翔会……あそこのボスやってる風間香蓮とはいずれやり合うことになりそうだし」
「なにか因縁でもあるんですか?」
「右目を抉り出してやった」
「ひぇ……」
左手でハンドルを握りながら、右手の人差し指、中指、親指を軽く握って見せてきたのを目にして思わず短い悲鳴を上げてしまう。
金翔会と朱里夏がやり合うことになった理由は知らないが、そこのボスである風間とはかなり深い因縁があるようだった。
「金翔会は金持ち相手に暴力を貸し出してるヤクザだよ。風間香蓮って女がそこの2代目なの」
「暴力の貸し出しですか?」
それってどういうことだろう?
電話ひとつで怖い人を派遣してくれるみたいな、そんなイメージが湧いた。
「うん。金翔会と金翔会が雇った暴走族のチームに喧嘩を売られて、そのとき仲間が殺されてさ。その返しで風間にカチコミかけたときに目玉を抉り取ってやったの」
「そ、そうですか」
ただの怖い人かと思いきや、情に厚いところもあるらしい。
「けど殺人をやってるならその風間って人は警察に捕まったんですよね」
暴対法で使用者責任というのがあるらしいので、組織のボスである風間という人も今ごろは塀の中ではないかと思うのだが。
「金翔会は国とも強い繋がりのある組織だからね。殺人くらいは簡単に隠蔽できるよ。だから風間も平気でシャバにいる」
「さ、殺人くらいは……ですか」
社会の闇という奴だろうか。
なんかものすごく怖い話を聞いてしまったような気がする。
「むしろ捕まって年少に放りこまれたのはあたし」
「少年院に入ってたんですか?」
「5年ね。ついこのあいだ出て来た」
幸隆からそんな話は聞いたこと無い。
まあ姉さんがいることすら聞いてないのだから当然だが。
「それよりも久我島五貴君」
「久我島五貴で……あれ?」
デカチン〇君とは呼ばれず、普通に名前を呼ばれた。
いや、当たり前なのだが……。
「君さ、チン〇でかいだけだと思ってたけど、結構やるね」
「やるって……?」
「車に飛び乗ってあそこまでやってくれるなんて思わなかった。見直したかも」
「ど、どうも」
なんか朱里夏の中で俺の評価が上がったようであった。
「五貴君さ、あたしの男にならない?」
「えっ? いやそれは……」
「チン〇でかいことだけが気に入ってたけど、恋人としてほしくなった。幸ちゃんとはいろいろあるみたいだけど、あいつのことはあたしが黙らせるからさ」
「い、いや俺にはその……」
「あたし、ほしいものは力づくでも手に入れるから」
「は、はあ……」
朱里夏からなにやらものすごい圧を感じ、俺はなにも言えなくなってしまった。




