第77話 度胸がついたおにい
「ど、どっちに行ったかわかりますか?」
「あいつらめちゃくちゃにスピード出して急ブレーキかけて出て行ったから、道路にタイヤ痕が残ってる。だからあっち」
「は、はい。……あの、けどどうして?」
「どうしてって?」
「どうしてあいつらを追おうと思ったのかなって……」
朱里夏はあの連中になにを言われても怒らなかった。仕事中は決して怒らないと思っていたが、さすがにあそこまでされたら我慢ならないということなのか? それとも……。
「もしかして店のためですか?」
そんな気持ちが朱里夏にあるとしたら、俺はこの人の人柄を見直さなければいけなくなってしまうが……。
「違う。あれじゃしばらくバイト先が休みになる。そしたら働けないから給料がもらえない。その分をあいつらからふんだくってやるの」
「あ、ああ、なるほど」
なんかちょっと安心した。
「バイトが休みになってデカチン〇君に会えなくなるのも寂しいし」
「そうですか……」
休みになったら俺の家に押しかけてきたりするんじゃないか? そんなことになれば兎極と大喧嘩をするのが目に見えていた。
「あっ!」
やがて前方に例の黒いワンボックスカーが見えてくる。
「あ、あれですっ! あの車ですっ!」
ナンバーを覚えていたので間違いない。
「わかった」
「けど追いついてどうするんですか?」
「車に飛び移って中の全員をボコる」
「そ、そんなむちゃくちゃな……。てか、バイクに残された俺はどうしたらいいんてすか?」
「運転任せた」
そう言って朱里夏は親指を立てて見せる。
「いや俺バイクの免許なんか持ってないですよっ」
「大丈夫。あたしも持ってないから」
なにも大丈夫ではない。
と言うか俺は今、無免の人が運転するバイクのうしろに乗っているわけで、少しゾッとしてきた。
「あの、事故ったことないんですか?」
「小学生のときに何度か転んで事故ったけど、あたしは無傷だったよ」
そりゃこの人は丈夫だから無傷だろうけど、俺は事故ったら無傷じゃ済まないだろう。
てかこの人、小学生のときからバイクに乗ってたの? 乗れたのかな? いや、今も小学生みたいな身体だし、乗れたんだろうな……。
しかしどうしよう? このままでは朱里夏が飛び移って、俺が運転することになってしまう。
「あ、けど、そのうち赤信号で止まるだろうし、そのときに飛び移つれば……あっ」
しかし連中は赤信号でも止まらず、平気で先へと進んで行く。
「めちゃくちゃな奴らだな……」
対向車線でも気にせず走る。
これならそのうち警察に捕まるだろう。
しかしそう言って朱里夏が止まるとも思えない。
「あ、あの、飛び移るのは俺がやりますよ」
「デカチン〇君が?」
「久我島五貴です。俺、バイクの運転なんてできませんし、俺がやるべきだと思います」
「あぶないよ?」
「わかっていますよ」
あの連中に対しては俺も怒りを感じている。
給料分をふんだくるという朱里夏の考えに協力したいわけではないが、なにか痛い目に遭わせてやらないと気が済まなかった。
「ふーん。じゃあがんばってね」
朱里夏はスピードを上げてワンボックスカーへと追いつく。
そして運転席側へと並んだ。
これ失敗したら死ぬなと思いながら、俺は朱里夏の肩に手を置いて立ち上がる。
少し前の俺ならこんな危険なことはできなかったろう。あの合宿のおかげか、度胸がかなりついていた。
しばらくしてやや減速したところを見計らい、俺はワンボックスカーへと飛び移った。
「ひえー……」
思ったより足腰が鍛えられていたのか、想像よりも高く飛ぶことができた。
車の上にうつ伏せ状態で乗ることができたが、さてこれからどうしようか……。頭の中では警察を題材にした有名な香港映画のBGMが流れていた。
「てめえなにしてやがるっ!」
助手席の窓から男が乗り出して俺へ向かって怒鳴って来る。
「お」
俺はその男の髪の毛を掴み、
「うがっ!!? うごっ!? うげっ!?」
額を何度も窓の上あたりに打ち付けてやった。
やがて気を失ったのか、男は身体をだらりと窓から投げ出すような状態になる。
いくらムカついているとはいえ、そんなことを自分がしている事実に少し驚く。
兎極の影響だなこれは……。
あいつの豪快な仕返しを見ていたせいか、俺もかなり過激なことができるようになってしまったようだった。
「てめえふざけんなこらっ!!」
後部座席のほうから女の大声が聞こえ、直後に股下あたりで銃声が鳴る。
「えっ? ちょ、銃っ!?」
ただのチンピラじゃないのかこいつら?
今のははずれたが、こんなところに張り付いていたら狙い撃ちにされる。
「おらあっ! 死ねやっ!」
「や、やばいっ!」
意を決して車から飛び降りようとしたとき、
「うおっ!?」
朱里夏が車を蹴っ飛ばして車体が大きく揺れる。
「女は銃を落としたよ。運転手を引きずり出して」
「引きずり出してって……」
運転席の窓は閉まっているしどうしたら……。
考える俺の目前で朱里夏は運転席の窓ガラスを蹴っ飛ばして割る。
それを見た俺は運転席のほうへ身を乗り出して割れた窓から腕を突っ込み、チンピラの髪を掴んで引っ張り出す。
「いたたっ!! て、てめえこの……っ」
「車を路肩に止めろ。止めなきゃこのまま外へ放り出すぞ」
「ひぃっ!? わ、わかったよっ」
スピードを緩めた車が路肩へと止まる。
俺はホッとして車から降りた。




