第76話 朱里夏という人物がよくわからないおにい
「すいませんお客様。商品はレジを通して、お食事は店の外でお願いします」
「ああ?」
リーダー風の男が朱里夏を睨み上げる。
「あとで金払うからよぉ。別にいいだろ?」
「店内での飲食はご遠慮いただいておりますので」
「えーなにこのガキ? 本当に店員? うるさいから向こう行ってよー」
チンピラ女は追い払うように朱里夏へ向かって手を振る。
かなり悪質な連中だ。
いよいよ朱里夏がキレて暴れだすのではないか?
俺はハラハラしながらレジを打っていた。
「申し訳ございませんが、他のお客様の迷惑にもなりますので、商品の代金をお支払いただいて退店をお願いします」
「んだとっ!」
もうひとりの男が立ち上がって朱里夏を睨み下ろす。
「出ていけだと? それが客に向かって言うことからコラっ!」
「申し訳ございません。お聞きいただけないようですと、こちらで警察を呼んで話していただくことになりますが」
「このクソガキがっ!」
男が朱里夏の胸ぐらを掴む。
これはまずい。
朱里夏が怒り出す前に止めて、警察を呼ばなければと思ったとき、
「おいやめろ。ちっ、わかったよ、うぜーな」
リーダー風の男が止め、もうひとりの男は朱里夏から手を離す。
それから3人は立ち上がり、店を出て行こうとするが、
「商品の代金をお願いします」
「うるせーな。ほらよ」
くしゃくしゃの千円札を朱里夏へ投げつける。
それを朱里夏から受け取った俺は男へ釣銭を渡す。
「なに見てんだてめえコラ?」
「えっ? いや別に……ありがとうございました」
「けっ、オタク野郎が」
男はレジでお釣りを受け取ると強い足取りで店を出て行った。
「よ、よかった……」
つい安堵の声が漏れる。
朱里夏がキレて3人をその場で殺してしまうんじゃないか?
常にその不安があってひやひやとしていた。
「だ、大丈夫でしたか?」
シレっとした表情でレジへ戻って来た朱里夏へ声をかける。
「うん」
「よく怒りませんでしたね」
「仕事だから」
そう言って朱里夏は連中が置いて行ったゴミを片付けてバックヤードへ持って行く。
どうにもよくわからない人だ。
良い人ではないのだろうが、天菜のような極悪人でもないような……。
朱里夏が危険な女なのは事実だ。しかしすぐにキレて暴力を振るうというような、そういう危険さではないようだった。
「そろそろ脇坂さんも来そうですし、レジを代わりましょう」
「あ、店長」
「久我島さんは昼休みに入ってください」
「わかり……うん? え……?」
なにやらエンジン音が近づいてくるのが聞こえ、店の外を見ると、
ガシャアアアアンッ!!!
黒いワンボックスカーが店の入り口へと突っ込んだ。
驚いた俺が呆然とその車を見ていると、
「ぎゃはははっ! ざまあみろっ!」
運転席からさっきのチンピラ男が顔を出して下品に笑っていた。
「マジうぜーんだよっ! 死ねっ!」
「ガキが偉そうなこと言うとかキモイんだけどー。バーカっ。きゃははっ!」
「今度、舐めた口を利きやがったら、てめえの家に突っ込んでやるからなー。覚悟しとけよクソガキ女がっ!」
男2人と女はそう言い残して車を動かし、走り去って行く。
「な、なんてことを……」
店長が惨状を前に絶句した表情をする。
「と、とりあえず警察に……。ああ、しかし修理はどうしよう? 妻の入院費もあるし、これは困ったな……」
店長の落胆した表情。
ほぼ休みも無く店長が働いているのを知っている俺は、こんなことをしでかしたあの連中に対する怒りが湧き上がってきていた。
「あっ」
そのときバックヤード出て来た朱里夏が店から飛び出して行く。
なにかを察した俺は慌ててそのあとを追った。
「朱里夏さんっ!」
自分のバイクに飛び乗った朱里夏へ声をかける。
「ど、どこに……?」
「連中を追う」
「追うって……じゃ、じゃあ俺もっ!」
朱里夏の返事を聞かずに俺はバイクのうしろへと跨る。
「まあいいけど」
「はい、うおっ!?」
そしてバイクは急発進。
コンビニの駐車場から猛スピードで飛び出す。




