第75話 レジに怪物と2人きりのおにい
3日間の研修が終了し、いよいよ明日から本番勤務という日……。
「ごめんおにいっ!」
夜に風呂へ入って部屋へ戻ると、いきなり兎極が謝ってきた。
「えっ? なに? なにかあったの?」
謝られる心当たりなんてないが……。
「さっきママから電話があってね。ひいおばあちゃんが亡くなって……」
落ち込んだ表情で兎極は言う。
ひいおばあさんにはだいぶかわいがられたらしい。
それを聞いたことのある俺は、兎極の感じている悲しみの深さがどれほどのものか少しだけ理解できた。
「それは……残念だな。大丈夫か?」
「あ、うん。わたしは大丈夫だよ。それで明日、朝からおじいちゃんの実家に行ってお通夜へ出ることになったの。だからバイトも出られなくて……」
「ああ」
明日から2人で本番勤務だったのだが、身内に不幸があったのでは休むのもしかたないだろう。
「それでさっき店長に電話したんだけど……」
なぜか兎極の表情が暗くなる。
身内の不幸だし、まさか休んじゃダメってことはないだろうけど。
「代わりに出るのがあの女らしくて……」
「あ、ああ」
朱里夏は休みの予定だった。
店長が頼んで出勤することになったのだろう。
「出てもらったお礼を言うのが嫌だとか?」
「そうじゃなくて、わたしがいないとあの女がおにいになにかするんじゃないかってそれが不安なの」
「けどそういう日は明日だけじゃないし……」
「わたしがシフトに入ってないときは客として見張るつもりだったの」
そこまでしなくても……。
しかし朱里夏のむちゃくちゃを知っているので心配してくれる気持ちは理解できた。
「やっぱりお通夜に行くのはやめて……」
「ひいおばあちゃんにはお世話になったんだろ? だったらお通夜もちゃんと出てあげなきゃダメだよ」
「けど……」
「俺は大丈夫だから」
朱里夏も話が通じないわけではない。
本気で拒否すれば無理になにかしてくるということはないだろう。
「……わかった。けどなにかされそうな予感がしたらすぐに連絡してね。飛んで行くから」
「うん」
まあ大丈夫だろう。
俺は兎極が心配するほど、朱里夏に関して不安は感じていなかった。
……
…………
……………………
そして翌朝、兎極は通夜へ出るため早朝から出掛ける。
家を出る寸前まで行くことを躊躇していたが、行かなきゃダメだと説得して通夜へと送り出した。
「さて、俺もバイトに行くか」
兎極が出掛けてしばらくして、俺も着替えてバイトへと向かった。
……
「えっ? 脇坂さん今日は遅れるんですか?」
脇坂さんとはパートで入っているおばちゃんである。
「はい。お子さんが急病で病院に連れて行くということで。昼からは来てくださるので、申し訳ありませんがそれまでお店のほうは2人でお願いします。事務作業がひと段落しましたら、私もお店のほうへ出ますので」
「わ、わかりました」
俺の返事を聞いて店長はバックヤードへと引っ込み、店には俺と朱里夏だけになってしまう。
「2人っきりだね」
「はは……そうですね」
2人しかいないので大変……と、そういう意味で朱里夏は言ったのかもしれないが、別の意味にも聞こえて少し不安に思った。
それから2人だけの勤務が始まる。
朱里夏はいつも通り真面目に仕事をこなす。俺は教えてもらったことを思い出しながら必死に仕事をしていた。
特になにも問題は無い。
不安に思うこともなかったなと、俺は安心して仕事をこなしていた。
もうすぐ昼になりそうだ。
脇坂さんが来れば昼休憩に入れるなと思いながらレジを打っていると、
「ぎゃはははっ!」
「マジかよーっ!」
「うそーっ!」
ガラの悪そうなチンピラ風の男女が店内へと入って来る。
別に珍しくはない。
こういった客はちょくちょく見かけた。
「でさー」
「あっ」
そのチンピラはレジを通す前にお菓子の袋を開けて食べ始める。
「ぎゃははっ! いいなーそれ」
別の男はビールの缶を勝手に開けて飲み出し、女は陳列されているおにぎりを手に取って食べていた。
「これは……」
注意しなきゃ。
そう思ってレジを出ようとした俺の腕を朱里夏が掴む。
「あたしが行って来る」
「あ、けど……」
「先輩だから」
そう言って朱里夏はチンピラが座っている場所へと歩いて行く。




