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第74話 真面目に働く朱里夏に戸惑うおにい

 仕事の流れやレジの使い方を一通り教えてもらい、昼頃になって客が増えてきたので、今は朱里夏の側に立って接客を学んでいた。


 兎極はあとから来た従業員のおばさんに教えてもらっており、俺のほうは朱里夏から研修を受けている。兎極は俺と朱里夏が2人になるのを嫌がったが、兎極と朱里夏を2人にするほうが危険なのでこうなった形だ。


 それにしても……。


 普通である。特におかしなことを言うでもするでもなく、朱里夏は真っ当に研修してくれていた。

 無人島でのことがなければ小柄ってところ以外、目立った特徴は無いおとなしめな普通の女性に思えたのだが……。


「デカチン〇君」

「久我島五貴です……」

「なにかわからないことがあったら聞いてね」

「はい……」


 兎極がチラチラとこちらを見て気にしている。


 ちょっとしたきっかけで喧嘩が始まるのではと俺はビクビクしていた。


「お嬢ちゃん、マルサロひとつくれ」


 そこへおっさんがレジにやって来てそんなことを言う。

 マルサロとはタバコだろう。詳しくないのでわからないけど。


「番号でお願いします」


 朱里夏はそう返す。


 敬語を使えているのが驚きであった。


「ああ? マルサロだよ。そこにあんだろ」

「すいません。番号でお願いします」

「ちっ、27番だよ」

「はい。590円になります。年齢確認ためタッチパネルを押してください」

「は? 俺がガキに見えるのかよ?」

「決まりですのでお願いします」

「てめえこそガキじゃねーのか? バイトなんかしていいのかよ?」

「お願いします」

「ちっ」


 不機嫌そうな表情でおっさんは叩くようにタッチパネルに触れる。


「ほらよっ」


 そして投げつけるように小銭をカウンターへバラまくと、ひったくるようにタバコを受け取って店を出て行った。


 ……正直、途中でブチ切れて客を絞め殺してしまうのではと思った。

 しかし意外にも朱里夏は怒ることなく、冷静に対応をしていたので驚いた。


「なに? なんかあたしの顔についてる?」

「あ、いえ、なんかひどいお客さんだったんで怒るんじゃないかと思って……」

「あんなのにいちいち怒ってたらこの仕事は務まらないし」

「そ、そうですか」


 すごい真面目だ。

 俺のモノを凝視して足で触れてきた変態と同一人物とは思えない。


「なにか勘違いしてるみたいだけど、あたしは喧嘩するけどチンピラじゃないの。感情的に暴力を振るうのがチンピラ。冷静に判断して暴力を振るうのがプロ。あたしはプロだから怒りに任せて暴力を振るったりしないの」

「は、はあ」


 ただのヤバい人間だと思ってたが、実はそういうわけでもないらしい。いや、ヤバい人間には違いないのだけど。

 しかし俺が想像ほど感情的のままに行動するような人間ではなく、冷静な面もあるらしかった。


「まあけど、舐められたらやっぱりムカつくし、プライベートなら骨の1本くらいは折ってやってたけどね。骨の1本や2本や3本くらいなら別にいいだろうし。折ったってそのうちくっつくしさ」

「はは……」


 とは言え、やはり普通とは常識がずれている危険な人物ではあるようで、考え方が反社の人らしかった。。


 それからも朱里夏は接客をそつなくこなし、昼は過ぎて夕方となる。


 そろそろ終わりの時間だ。

 朱里夏がいるとわかったときはどうなるかと不安に思っていたが、特に問題はなく仕事は普通に教えてもらえた。


「それじゃあ今日は終わりですね」


 夜勤の人が出勤し、店長が俺たちに勤務の終わりを告げてくる。


「明日も研修になりますのでよろしくお願いしますね」

「あ、はい」

「いやあ、2人が来てくれて本当に助かりましたよ。バイトがひとりやめてしまったのもあるんですけど、一緒にコンビニを始めた妻が先日、病で入院しましてね。本当に人手が足りまなくて困っていたんですよ」

「そ、そうだったんですね。お役に立てたようで嬉しいです」


 こんな話を聞かされてはますますやめづらい。

 これは当分、続けることになりそうだった。


 それから俺たちは着替えて店の外に出る。


 何事もなく順調に終わって、俺はホッとしていた。


「おにい大丈夫だった? あいつになにかされてない?」

「あ、うん。特になにも……」


 びっくりするくらい普通だった。

 むしろ丁寧に教えてもらえてわかりやすかったくらいだ。


「おつかれ」


 と、そこへ同じく退勤した朱里夏が店から出てくる。


「明日もあたしが研修してあげるからよろしくね」

「あ、はい」


 今日の朱里夏しか知らなければ良い人だ。しかし兎極や沼倉さんを殺そうとしていたことを考えると、気を許すのはやはり危険に思えた。


 とは言えバイト中は普通だ。

 クビになるのは嫌なようだし、バイト中は平穏に過ごせるような気がした。


「デカチン〇君」

「久我島五貴です……」

「あたしはかなり熱心に研修をしてあげたと思う」

「そ、そうですね。ありがとうございます。」

「だからご褒美ちょうだい」

「えっ? ご、ご褒美って……うおっ!?」


 不意に近づいて来た朱里夏にズボンをずり下げられる。


「デカチン〇踏ませてちょーだいっ!」

「ひええっ!!」

「なにしてんだこの淫売女っ!」


 パンツまで脱がそうとしてきた朱里夏を兎極が蹴飛ばす。

 コンビニの駐車場を転がった朱里夏だが、何事もなかったように速攻で立ち上がる。


「やっぱりお前は邪魔。お前だけやめていなくなれ」

「てめえがこの世からいなくなったらやめてやるよ」


 強い眼差しで睨み合う2人。


 やっぱり平穏に過ごせるのはバイト中だけのようであった。

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