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第72話 バイトを始めるおにい

 ……地獄の合宿から帰って来てしばらく経つ。


「うーん……」


 日課のトレーニングを終えた俺は家で夏休みの宿題をしていた。


「どうしたのおにい? どっかわからないところあった?」


 一緒に宿題をしている兎極が俺の手元を覗き込む。


「ああいや、せっかく夏休みなんだし、バイトでもしようかと考えててね」

「バイト? なんか買いたい物でもあるの?」

「そうじゃないけど、お金が必要なことも今後あるかもしれないしさ」

「そっか。そうだねー」

「うん」


 自分が欲しいものを買うだけなら小遣いだけでも足りる。

 しかし兎極の誕生日がきたらできる限り盛大に祝ってあげたい。俺の誕生日を祝ってくれたお返しもしたいし、そのためにもお金は必要だった。


「どんなバイトしたいの? また新聞配達?」

「いや、新聞配達はもういいかな。コンビニとかいいかも」

「じゃあわたしも一緒にやる」

「えっ? 兎極も?」

「うん。おにいがバイト先のおねえさんとかに誘惑されないように見張っとかなきゃいけないしね」

「そんな、誘惑なんてされないよ」


 俺は別にイケメンでもなんでもない。

 少なくとも外見だけなら至って普通なので、バイト先に女性がいたとしても興味なんて持たれないだろう。


「わからないよ。おにいは素敵だから」

「そんな風に俺を言ってくれるのはお前だけだよ」


 素敵だなんて言われるとむず痒い。


 そういえば覇緒ちゃんや野々原さんも俺には好意的だ。2人もそれなりに俺を良く思ってくれているのだろうか……。


 そこで俺はふと、合宿で会った幸隆の姉を思い出す。あの人もやたら好意的というか、キラキラした視線で俺を見てきた。主に下半身をだが……。


 天菜と一緒に埋めたままにしたが、あれからどうなったのだろう?

 普通ならあのまま死んでいそうだけど……。


「どうしたの? なんかぼんやりしちゃって?」

「あ、いや……なんでもないよ」

「そう? とにかくバイトは一緒にするからね。バイトしたいコンビニが決まったら教えて」

「うん」


 兎極と一緒にバイト。

 なんだか楽しいことになりそうだなと、少しわくわくしてきた。



 ……


 …………


 ……………………



 それから何日か経ち、バイトに受かった俺たちは研修として近所のコンビニへと赴く。


「バイト受かってよかったね」

「うん」


 面接は2人同時に受けてあっさり採用された。


 直近に大学生のバイトがやめたてしまったらしく、人が足りなくて困っていたらしい。店長のおじいさんは良い人そうなので、安心して働けそうな気がした。


「研修してくれる人が良い人だといいな」


 店長とは別に研修をしてくれる従業員の人がいるらしい。俺は結構、人見知りするほうなので少し緊張していた。


「うん。けどなんかいじわるしてきたらわたしが注意してあげるからね」

「ちゅ、注意ね……」


 もちろん言葉で言うだけだろう。……たぶん。


 バイト先であるコンビニに到着した俺たちはロッカーで着替え、バックヤードで待っていた店長から話を聞くことに。


「今日は研修初日ですので、一通りの業務説明をします。なにか質問があれば私か先輩従業員の方に聞いてくださいね」

「わかりました」


 俺たちは返事をし、そして店内へ。

 レジカウンターの内側では、こちらに背を向けた先輩従業員の人が背伸びしながら中華まんの補充をしていた。


 先輩は女性だ。しかしずいぶんと小さい。小学生くらいに見えた。


「難波さん。今日から研修で入る久我島五貴さんと獅子真兎極さんです。よろしくお願いしますね」


 難波?


 その名字を聞いて俺の頭にものすごく嫌な予感が走る。


 しかしまさか……。


 そんな思いで立っている俺の前で先輩従業員が振り返る。


「あ……」


 その先輩従業員は俺たちを見て目を丸くする。

 それは俺たちも同じだ。


 難波朱里夏。

 無人島に埋めてきたはずのあの怪物が目の前にいたのだ。

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