第67話 島に潜む鉄砲玉を探すおにい
……島へ到着した次の日。
炎天下の中、早朝から俺たちは20キロの重りを背負って島を走り回らされていた。
「ひー……はー……」
日が落ちるまで走れと言われて数時間。まだ太陽は真上で燦々と輝いている。
日が落ちる前に命を落としてしまうのではないか?
そんな絶望した気分で俺は走っていた。
と言うかもう走っていない。
暑いし重いしで、歩くのが精一杯だった。
他の参加者も同じようで、皆が疲れ切った表情でだらだらと歩いている。
「お前ら全然、走ってねーじゃねーかっ! ちゃんと走れコラーっ!」
沼倉さんから激が飛び、俺を含めた他の参加者たちが一瞬だけ走り出す。……しかしやっぱりダメで、俺はとうとうその場に倒れた。
「も、もうダメ……」
俺以外も皆が倒れている。
根性が無いとか気合が足りないとかではなく、もう常人ができる運動の限界を超えていた。
「し、死ぬ……」
食料は自分でなんとかしなければいけないが、水だけはもらっているので俺は腰にぶら下げている水筒を開けてがぶ飲みする。
「こんなのを2週間も続けてたら死んじゃうよ……」
男らしく鍛え上がる前に死体と化してしまう。
もうギブアップしてしまおうか。
ここまで頑張ったんだ。
これくらいで終わりにしたって……。
「おにい」
「あ……」
日傘を差した白いワンピース姿の兎極が仰向けの俺を上から覗き込む。
「大丈夫?」
「えっ? あ……まあ」
「そう。けどもうやめたほうがいいよ。おにいすごいしんどそうだし……」
……俺は今どんな顔をしているのだろう?
げっそりと疲れ切った顔。そんな情けない自分の顔を想像し、それを兎極の前に晒しているだろうことが恥ずかしくなる。
「い、いや……」
俺は自分の顔を兎極から逸らして身体を起こす。
「まだやめないよ。俺……強くならなきゃいけないから」
「けど……」
「大丈夫。心配いらないから」
俺は立ち上がってふたたび走り出す。
兎極と並んでも恥ずかしくない男になる。
そのためには、この程度でへばってはいられないんだ。
倒れている他の参加者を避けて俺は走る。
やがて日は沈み、ようやく終わったと俺は砂浜に倒れた。
「うう……」
疲れてもう一歩も動きたくはない。
しかし腹は減った。なにか食べるため、森へ探しに行かなくては……。
俺は重りを外して立ち上がる。と、
「五貴さん」
そこへ沼倉さんが近づいて来る。
「さすがおやっさんが目をかけた男ですね。正直、自分は最初のボートでギブアップすると思っていましたよ。ここまで残るなんてたいしたものです」
「は、はい。ありがとうございます」
「あ、それで、ちょっとお話しておきたいことがありまして」
「えっ?」
話ってなんだろう。
沼倉さんの暗い表情からして、あまり良い話ではないことが想像できた。
「実はこの島に俺たち以外の人間がいるようでしてね」
「自分たち以外の……? もしかして住んでいる人がいたんですか?」
「いや、港に置いてきた残りのボートが別の浜辺に見つかりましてね。どうやら何者かが俺たちを追って来たみたいなんですよ」
「な、何者かって……」
「俺を狙って他の組が鉄砲玉を送り込んできたのかもしれません」
それを聞いて俺はゾッとする。
ヤクザに詳しくない俺でも知っている。
鉄砲玉とは、ヤクザの幹部を狙う殺人者だ。つまり今この島には、沼倉さんを狙った何者かが武器を持って潜んでいるということである。
「煙が上がっているのを発見したんで部下のひとりに様子を探らせに行かせたんですけど、戻って来なかったんですよ。それでさっき俺が何人か連れて見に行ったら、焚火の跡を見つけただけで人は誰もいなくて」
「ど、どうするんですか? 合宿は中止して帰りますか?」
「あのボート1つで来たなら、敵は多くても3人でしょう。逃げ帰るよりも見つけて始末したほうがいいです」
なんともヤクザ的な思考である。
しかしこっちは沼倉さんに加えて沼倉組の組員数人。それと合宿の参加者もギブアップしたのを含めて十数人はいるのだ。多くても3人くらいの敵に怯えて逃げるのも確かに変であった。
「それで、朝になったら3人1組で島の中を探そうと思います。無線を持って来たので、見つけたら報告だけして全員が集まるまで手は出さないってことで」
「わかりました」
なんだかとんでもないことになってしまった。
しかし相手は少数でこちらは多数だ。それほど恐れることもないだろうと、俺は今日も変な木の実だけを食べて眠った。
……
翌朝になり、俺、兎極、沼倉さんの3人で島の中にある森へと入って鉄砲玉とやらを探しに行く。組員や合宿の参加者も3人1組となって他の場所を探しに向かい、余った組員2人はクルーザーに残っての見張りとなった、
「沼倉さんを殺しに来たってことは、やっぱり拳銃とか持ってるんですかね……?」
「この人数に対してドスだけで来るとは思えませんね。チャカは持って来てると考えたほうがいいでしょう」
「や、やっぱり……」
こっちが先に見つけられればいいが、もしも向こうが先にこっちを見つけたら撃たれるかもしれない。それを考えたら身が震えた。
「チャカは俺も持ってますし、他の奴らにも渡してます。そんなに怖がることはないですよ。五貴さんもひとつ持っておきますか?」
「い、いやいいですっ」
渡されてもたぶんいざというときに撃てないだろうし……。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。おにいのことはわたしが守るから」
「い、いや、兎極に俺を守らせるわけにはいかないよっ」
むしろ俺が兎極を守らなければ。
自分も危険だが、兎極も危険に晒されている状況なのだ。
自分が撃たれても兎極だけは守らなければと、俺は気合を入れるつもりで自分の顔を両手で叩いた。
「俺が兎極を守るんだ。絶対に」
そう言って兎極の手をギュッと握る。
「おにい……」
その手を兎極は握り返してくれた。
「その意気ですよ五貴さん。お嬢にもしものことがあったら、俺たち全員、おやっさんに殺されますからね」
「そ、そうですか……」
冗談のように沼倉さんは言ったが、あのお父さんならありえなくはなかった。
それからしばらく森の中を歩いていると、
「く、組長、田辺ですっ! 今、怪しい女を……えっ? あ、ぎゃあっ!」
不意に無線からそんな声が流れてくる。
「田辺っ! おい田辺どうしたっ!?」
沼倉さんが無線へ向かって叫ぶも応答は無い。
どうやら鉄砲玉に襲われたようだった。




