第65話 地獄の無人島生活に早くも不安だらけのおにい
「よ、ようやく……」
俺の見間違いではなかった。
ボートを漕いで近づくとより鮮明に島の姿が目に映る。
そして最後のひと漕ぎと島の砂浜へボートを乗り上げさせ、俺は大きく息を吐いた。
「つ、ついたーっ!」
ものすごい達成感とともに疲労がドッと吹き出す。
今日はもうなにもしたくない。
そんな心地だった。
「残ったのは半分くらいか」
クルーザーから降りて来た沼倉さんが砂浜に倒れる俺たちを見渡して言う。
「よーしお前らよくがんばったな。飯にするぞ」
飯。それを聞いて腹が減っていることを思い出す。
多少の食糧は積んであったが、体力を使いまくったのでまったく足りない。
疲れた上に腹が減って死にそうなのでたらふく食べたかった。
「それじゃあこれ使って食料を獲って来い」
「えっ?」
と、沼倉さんは先端に刃物を括りつけた棒……槍みたいなものをバラまく。
「海には魚。島の中には海鳥が生息している。それを使って獲って食え」
「……」
冗談では無いだろう。
その証拠に沼倉さんの表情は真剣そのものだった。
「や、槍で鳥なんて獲れないっすよ。原始人じゃないんですから」
参加者のひとりが嘆くように言う。
それはそうだ。
魚はともかく、こんなのを使って鳥を獲るなど原始人である。
「そうか? お嬢」
「ん? うん」
兎極は沼倉さんさんから槍のひとつを受け取る。……と、
ビュンっ!
ややあって投げられた槍が一本の線みたいにまっすぐ飛んで行く。瞬間、なにかが砂花へと落下してきた。
「えっ? こ、これは……」
コウモリだ。
槍に貫かれたコウモリが砂浜に転がっていた。
「夜に鳥なんてそんなに飛んでないでしょ」
「それもそうですね」
はははと沼倉さんは笑う。
鳥よりも的は小さいだろう。
それにこの夜闇でよくコウモリの姿なんて捉えられたものだ。
改めて兎極の身体能力には驚かされる。
「マ、マジかよ……」
「やっぱり会長のお嬢さんだな……。人間じゃない」
他の参加者はゾッとしたような表情で兎極とコウモリを交互に見ていた。
「パパだったら雄叫びでコウモリ落とすんじゃないかな」
「そうですね。おやっさんなら雄叫びでセスナ機も落とせますよ」
音波兵器かなにかかな?
さすがに冗談だろうけど、しかしあの人ならやれるような気がするので怖い。
「てかコウモリって食えるのか?」
「知らん……」
俺と同じで限界なほど空腹なのだろう。
げっそりとした表情で参加者の男たちはコウモリの死体を見下ろしていた。
「脱落しても構わないぞ。クルーザーの中にがたんまり食料があるからな。合宿が終わるまでのんびり過ごしてりゃいい。しかし男が下がることを忘れるな」
それを聞いて参加者たちはなにも思ったか、皆、ピクリとも動こうとしなかった。
俺も疲れて動きたくはない。しかし腹は減った。けれど脱落は嫌だ。
しばらく動かず考えた結果、俺は槍を掴んだ。
……兎極のように投げて獲物を落とすのは現実的じゃない。
海に潜って魚を仕留めるほうができそうな気がした俺は、槍を持って暗い海へと向かおうとするが……。
「いやでも……」
潜ってそのまま沖にでも流されたら確実に死ぬ。泳ぎだって別に得意なわけじゃないし、魚を獲れるとは到底、思えなかった。
「しかし鳥も……ううん」
と、そこで俺は思う。
別に槍を使って獲物を捕まえる必要は無い。
なにかしら木の実でもあるかもしれないと、俺は島にある森へと向かった。
……そして森へ入って2時間ほど。
俺は木の実やら変なキノコを持って浜辺に戻って来る。
他の参加者は海へ潜ったり、俺と同じように島の森へ入ったりしたようだが、誰もあまり成果を得られていないようだった。
「これ食べられるのかなぁ」
紫色のイチゴみたいな木の実を食べる。
……すっぱいだけでまずい。けれど食べられなくは無さそうだ。
「こっちのキノコは……」
髭の配管工が食べているみたいな色のキノコだ。
「こんなの食べて大丈夫かぁ?」
しかし木の実だけでは足りない。
……とは言え、毒キノコだったら死ぬ。
しばらく逡巡した結果、キノコは捨てることにした。
こんな無人島でキノコに当たったら死亡確定だ。
食べるにはあまりにリスクが高い……。
「お、いらないんだったら俺が食うぜ」
「あ……」
俺が捨てたキノコを合宿参加者の男が拾って食べてしまう。……と、
「うおおっ!?」
「えっ?」
キノコを食べた男はなにやら雄叫びを上げ、なぜか股間がムクムクと盛り上がり始めた。
「な、なんかすげームラムラしてきて我慢できねぇっ! お前でもいいっ! やらせろぉぉぉっ!!!」
「ふぁっ!?」
襲い掛かって来る男を前に俺は脱兎の如く逃げ出す。
……それから一晩中、男から逃げ回り、気が付けば朝になっていた。
男のほうは追い疲れたのか途中で倒れてそのまま眠り出し、俺も疲れてその場で倒れる。
自分を鍛えて男を磨く前に、危うく女にされるところだった。
「も、もう帰りたい……」
しかしはたして生きてここから帰れるのか?
もう不安しかなかった。




