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第64話 自分を鍛えたいおにい

 シャワーを浴び終えた兎極は、朝食の用意をしてくれる。

 それを2人で食べながら、今日はなにをしようか俺は考える。


 特に予定は無い。

 とりあえず夏休みの宿題でもしようかと思った。


「そういえばおにい、あの強化合宿はどうするの?」

「あの強化合宿って……ああ」


 兎極の言う強化合宿とは、北極会若頭である沼倉さんの組で行われる夏の強化合宿である。なんでも沼倉組では部屋住みの組員を鍛えるために毎年、夏にどこかへ行って2週間の強化合宿をするらしいのだが、それに俺も参加するようにと兎極のパパに言われているのだ。


 ヤクザの強化合宿なんてまともであるはずはない。

 行きたくはないが、兎極のパパに断るのも怖いし……。


「行きたくないならわたしがパパに言って断ってあげるよ」

「ん……ううん……」


 しかしその強化合宿ではだいぶ男が鍛えられるらしい。

 俺が弱いままだとまた兎極を危険な目に遭わせてしまう。そうならないためにも、この強化合宿で少しは自分を鍛えたほうがいいような気もする。


 あのときに俺が出したらしいものすごい力がいつでも使えれば……。

 しかしどうやればそれができるのかはわからないし、あれは自分の身体にもダメージを与える諸刃の剣だ。強くなって兎極を守るには、やはり自分自信を鍛え上げるべきだろうと思う。


「毎年20人くらいは参加させられるそうなんだけどね。ほとんど逃げるか途中でギブアップしちゃって、いつも1人か2人しか残らないんだって。なにをするのかは知らないけど、かなりきついいらしいからやめといたほうがいいんじゃない?」

「そ、そうなんだ。でも……」


 それくらい厳しいほうが自分を鍛えられる。

 兎極を守れる強い男に少しでも近づけるなら、参加するべきだと思う。


「参加するよ。俺、自分を鍛えたいしさ」

「そう? おにいがそう言うなら止めないけど……」


 そう言う兎極の顔は不安そうだった。



 ……


 …………


 ……………………



 それから2日後、沼倉組の強化合宿へと出発する。

 心配だからとついて来てくれた兎極と一緒に最寄りの駅へと向かい、そこへ来た迎えのマイクロバスへ乗り込んだ。


「わ、わあ……」


 バスにはガラの悪い人たちがズラリと乗っている。

 知らない人が見たら護送車と勘違いしそうだ。


「ああん? なんだこの野郎?」

「女連れとか舐めてやがんのか?」

「遠足のバスと間違えてんじゃねーのかコラ」

「あ、あの……」


 怖い人たちに吼えられ、俺が口をパクパクさせていると……。


「黙れてめえらっ!」


 一番うしろの席から怒声が響き、車内が一瞬で静まる。

 それからその声の主がこちらへとやって来た。


「どうも五貴さん。おひさしぶりです」

「あ、ぬ、沼倉さん。おひさしぶりです」


 沼倉組組長で、北極会の若頭を務める沼倉克己さん。

 見た目は普通のサラリーマンみたいで、あんまりヤクザっぽくはないが、喧嘩の強さは兎極のパパも認めるほどで、頭のほうもだいぶ切れる人とのことだ。


「お嬢さんもおひさしぶりで」

「うん。ひさしぶり。あの料亭以来だね」

「はい。ああ、すいません。本来なら五貴さんのご自宅までお迎えに行くべきだったのですけど、俺らみたいのが家まで行くとご迷惑になるんじゃないかと思いまして」

「うん。わかってるよ。気を使ってくれてありがとうね」


 と、朗らかにあいさつをしたり話をする俺たちをガラの悪そうな人たちは不思議そうに見ていた。


「こちらは会長のお嬢さん、獅子真兎極さんだ。失礼の無いようにな」

「か、かか会長のお嬢さんっ!?」


 会長のお嬢さんと聞いた男たちがどよめく。


「た、確かに髪の色と目の色は同じだ」

「でもあの怖い顔の会長にこんな美人の娘がいたなんて……」

「髪の色と目の色以外は似てない……」


 ……それは俺も思う。


 外見で兎極がセルゲイさんに似ているのは髪と瞳の色。あとは白人っぽい顔立ちくらいで、あの怖い顔とは似ても似つかない。


「喧嘩はお前らよりずっと強いぞ。手を出したら会長に殺されるまでもなくお嬢さんの手ですぐに殺されるから気をつけろよー」

「け、喧嘩が強いって……」

「沼倉さんも冗談を言うんだなー。いくら会長の娘だからって、あんなにかわいい子が喧嘩強いわけないじゃん」


 男たちは誰も沼倉さんの言葉を信じていない。

 外見だけ見れば兎極はただのかわいい女の子だから、喧嘩が強いなんて信じられなくて当然だけど。


「そうだよ沼倉さん。わたしみたいな、か弱いJKがこんなにたくましい男の人たちより喧嘩が強いわけないでしょー。もー」

「ははは、そうですねー」


 はっはっはと車内は和やかムード。

 その中で俺はひとり苦笑いをしていた。


「それでこちらはお嬢さんの許嫁の久我島五貴さんだ」

「お、お嬢さんの許嫁っ!」


 ふたたび男たちがどよめくが、


「ぬ、沼倉さん、許嫁じゃないですよ」


 少なくとも今はまだそういう関係ではない。


「わたしは許嫁だって思ってるし、間違いじゃないよ」

「と、兎極……」

「はは、まあ会長のほうは許嫁候補とは言ってましたがね」

「は、ははは……」


 そっちのほうが正確だと思う。


「しかし特別扱いはしませんよ。特別扱いをしたら強化合宿になりませんからね」

「わ、わかりました。よろしくお願いします」


 特別扱いにされたら意味がない。

 それはもちろんのことで、他の人と一緒に厳しく鍛えてもらいたかった。


「あ、そういえば強化合宿ってどこに行くですか?」


 それを聞いていなかった。


 山とか海にでもある合宿所とかに行くのだろうかと、ぼんやり想像する。


「無人島です」

「ああ、無人島。えっ? 無人島?」

「そう無人島です」


 ニッコリ笑って沼倉さんは答える。


 無人島。

 これは思ったよりも過酷な合宿かもしれないと俺は参加を少し後悔した。

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